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借金聖女と腹黒御用商人  作者: 大沢 雅紀
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借金で身を守る

アーカス領

子爵とフロッグが、上機嫌で向かい合っていた。

「ふふふ。早くヴァルハラ領にいきたいなぁ」

「焦るでない。あまり早急に婚約をおしつけたら悪評が広まる。一ヶ月ほど待って、どうにもならないと理解させてからお前を送り込むのだ」

子爵はぐふふと笑った。

「ふふふ……これで借金が払えるぞ。小賢しい小僧のせいで今まで安値で巻き上げていた麦が手にいれられ無くなった時はどうしょうと思ったが。婚約が成立したら、ヴァルハラ領の今年の年貢もすべて巻き上げてやる。これでわが領も安泰だ」

「僕が婿になったら、領内は好きにしていいんだよね」

フロッグがそう聞くと、子爵は頷いた。

「ああ。一定の貢物を我が家に払うなら、好きにしてよい」

「やったぁ。これで領内の可愛い子は全部僕のものだ。ハーレムをつくって、一生遊んで暮らそう」

女のことしか考えていない様子に子爵は内心呆れてしまうが、彼は息子を徹底的に使い倒すつもりだった。

(ぐふふ……魔法学院を素行不良で退学してもどってきて以来、馬鹿すぎて婿入り先も見つからなかったこいつを今までやしなってきた甲斐があったわい。息子を婿の名目で送りこみ、搾取する。同時にアーカス家の借金を少しずつヴァルハラ家におしつけて、いざとなったら切り捨てるのだ)

父親のそんな思惑にも気づかず、フロッグは喜んでいる。

そんな時、使用人から訪問客が来たと伝えられた。

「誰が来たのだ?」

「ヴァルハラ領御用商人、サクセス・ゴールドマンと名乗っております」

その名を聞いて、フロッグは不快そうに顔をしかめた。

「エリスちゃんに纏わりついている商人か。会いたくない。追い返してよ」

「それが、贈り物を持ってきたと申し上げておりまして」

贈り物と聞いて、子爵はニヤリと笑った。

「ふふふ。さすがに小賢しい小僧だけはあるな。我々が新しい領主となると見て、擦り寄ってきたか。会おう」

執務室に通そうとするので、フロッグは反対した。

「父上、なんであんな奴に」

「ふふ、ああいう平民には使い道があるのだ。奴を実務の担当者としてヴァルハラ領から徹底的に搾取させる。領民の不満がたまった頃に生贄として民に差し出せばよい」

そう諭して、執務室に向かう。フロッグはあわてて父親についていった。


執務室に入った子爵とフロッグは、土下座しているサクセスに迎えられた。

「子爵閣下においては、ご機嫌うるわしゅう。本日は贈り物を持ってまいりました」

うやうやしく王都で流行中のお菓子を差し出してくる。それを見て、子爵はフンっと鼻でわらった。

「ゴールドマンとかいう小僧か。何をしにきたのだ」

「は、ははっ。ヴァルハラ領の新たな支配者になるアーカス子爵様に、よしみを通じにきました」

家宰であるサクセスに持ち上げられ、子爵はいい気分になった。

フロッグはそんな彼を見て、馬鹿にしたように笑う。

「ふっ。さすが卑しい商人だね。今までヴァルハラ家に散々世話になった恩を忘れ、僕たちに媚びへつらうのか」

「これはお厳しいお言葉。フロッグ様からのご信頼が得られるように、今後は忠誠を尽くしていきたいと思います」

馬鹿にされても反抗しないサクセスを見て、子爵も少し表情を緩めた。

「フロッグよ。そこまでにしておけ。我々に忠誠を尽くすというなら、早急に領に帰ってあの小娘を説得するがよい」

そういって追い払おうとするが、サクセスは出て行かなかった。

「ははっ。さっそく取り掛かろうと思います。ですが、その前にこの書類にサインをお願いします」

サクセスはヴァルハラ家がゴールドマン商会から借りている借金の証明書を見せ、連帯保証人の欄にサインをせまる。そこには金貨10万枚の金額が書かれていた。

「馬鹿な。当家ヴァルハラ家とは縁戚になるとはいえ、あくまで別の家だ。なぜ我々まで借金をかぶらなければならぬ」

顔を真っ赤にして拒否する子爵に、サクセスはもう一枚の書類を差し出す。

そこには「ヴァルハラ家債権の保全証書」と書かれていて、女王の印璽が押されていた。

「こ、これはなんだ?」

「要するに、あまりにもヴァルハラ家の借金が多いので、婚姻合併による債務の踏み倒しを防ぐためのものでございます」

サクセスはうやうやしく説明する。

そこには、今後ヴァルハラ家に婿入りをする者の実家には、領地相続権と同時に債務の引継ぎ義務まで負わさせることが書かれていた。

つまり、フロッグとエリザベスが婚約した瞬間、アーカス家は金貨10万枚の借金を背負うことになるのである。しかも、女王のお墨付きがついているので、どうやっても踏み倒せなかった。

「連帯保証人の欄にサインをいただければ、誠心誠意エリザベスお嬢様を説得させていただきます。ぐふふ、アーカス領はヴァルハラ領より大きいので、借金の取立ても容易でしょうな」

先ほどの卑屈な態度とは打って変わって、サクセスは邪悪な笑みを浮かべる。

「き、貴様。こんなことをしてどうなるか分かっているのか。王都に通じる街道を封鎖して!」

脅しをかける伯爵に、サクセスは次の書類を見せる。

それは女王からの通達書だった。

『近年、王家に属するべき街道に勝手に関所を作ったり、行商人から税を取り立てる諸侯がいると聞く。もしそのような犯罪を犯すものがいたら、王家の名にかけて厳しい罰を下す』

その書類には、諸侯による街道の不法占拠を厳しく取り締まる旨が書かれていた。

言葉をうしなう子爵に、サクセスは畳み掛ける。

「では、子爵様。その書類にサインを」

「……破談だ」

子爵は吐き捨てる。

「え?」

「だから、この婚姻話は断る!」

それを聞いたフロッグが叫び声をあげる。

「そんな!もうエリスちゃんのメイド服もエレルちゃんの拘束具も取り寄せたのに!」

「やかましい。この馬鹿息子め!」

子爵はフロッグを殴りつけると、サクセスをにらみ付ける。

「貴様の顔を見るだけで不愉快になる。さっさと失せろ」

サクセスはそれを聞くと、一礼して去っていくのだった。


ヴァルハラ領

「アーカス子爵家から、正式に婚姻の断り書がきたわ」

執務室では、エリザベスがうれしそうにしている。それに対して、エレルは複雑な表情を浮かべていた。

「まさか、借金に身を守られるとは……」

「あははっ。サクセスに助けられちゃった」

自分が借金まみれであることを、女王に公認されてしまったというのに、エリザベスの顔は明るい。

「でも、これでお嬢様に悪い評判が広まってしまいます。借金を持っていることが貴族に広まったら、婿が来なくなって……」

「大丈夫よ。あてはあるもん」

エリザベスは、余裕たっぷりに隣で黙々と書類仕事をしているサクセスに視線を向ける。

「借金金貨10万枚がもれなくついて来る聖女様を、引き取ってくれる金持ちは王国にも数少ないだろうな。心あたりを探してみるか」

「またまたそんなことを言って。ま、そんな奇特な人が出るまで、よろしくね」

「ああ。しっかり借金は返してもらうぞ」

ヴァルハラ領の聖女と御用商人は、金貨10万枚の借金という強固な絆で結ばれるのだった。



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