国王の身代金
「しかし傭兵侯」
と、レリックが口を挟んだ。
「なんだ、レリック。君の発言を許可する」
「王様のことを褒めていますがね、現に王様は捕虜になっている。そんな大した人物ですか?」
「お前は何も分かっていない」
シュタインボルトはレリックの考えを一蹴した。
「一時の敗戦など取るに足りない。ここぞという大一番で、真の人物は力を発揮するのだ。そう、この余のようにな」
「何だ、結局は自分の自慢かよ」
レリックは不服そうだ。
「まあいい、ところで少年王、君に対する身代金だが……君の身につけている物を何かもらえないか?君と出会った記念として」
「いきなり言われても……」
アステルは言葉を濁した。
「それでは考える時間をあげよう。その間に余の話を聞いてくれ。……十年ほど前になるか、余は人生について、大いなる悩みを持っていた。騎士として、戦場で経験を積みそれなりの地位に就くこともできた。だが、上級貴族共の言いなりなのは変わらなかった。余は旅に出た。何かキッカケが欲しかった。今の余と同じだ」
シュタインボルトは遠い目をした。
「とある北方の国に行った時のことだ。人界と神界が接する、小さな国だった。人が暮らせる土地が余りにも狭く、よくこんな所に暮らすものだと不思議に思ったものだ。住民はさぞ暗い気持ちで暮らしているだろう……そう思って彼の国に足を運ぶと、違ったのだ」
「……」
「民は絶望などしていなかった。それどころか希望に満ち溢れていたのだ」
アステルは黙って聞いている。
「民の希望、それは一人の幼子だったのだ。幼子は早くに国王夫妻である両親に死なれ、国を継ぐという重責を担っていた。王の最も大事な仕事は、ルドラと呼ばれる神竜と戦って人間の暮らせる土地を広げることだったのだ。そして私はこの目で見た。幼子が魔法を駆使して、神竜と戦っているところを」
「それで、その幼子はどうなったのです?」
アステルは下を向いたまま、シュタインボルトに聞いた。
「負けたよ、ボロ負けだ。まさに完膚なきまでに叩き潰された。しかしその子は諦めなかった。次の日も、また次の日も神竜に挑みかかり、そしてとうとう……勝ちはしなかったが、神竜に認められ、人域を広げることに成功したのだ。そして、それを、その後も続けている。余はその姿に痛く感激し、そして決めたのだ。己の生き方を……決めたのだ。そして余の人生において、重大な決定を下した。その結果、今日の余はある」
「へえー、その重大な決定ってのをオレにも聞かせてもらいたいものだね」
横からレリックが口を挟もうとする。
「まてレリック、君の発言は許可しない」
シュタインボルトがレリックの発言を封じた。
レリックは不機嫌そうに押し黙る。
そんなレリックは放っておいて、
「どうだろう、自国を離れ遠征中の身では現金での支払いは辛かろう。何か身につけているもので良い、貰えないかな。それが身代金の代わりだ」
「……わかった。それではこれを」
少年王は自分の首につけていた首飾りを外し、シュタインボルトの表情を伺いながら渡した。
「……いいのか。自分で言っておいて何だが、君に取って大切な物では……」
シュタインボルトが言うと、
「いいのです、一刻も早く我が軍に戻らなければいけないですから」
と、アステルはあっさりと言った。
シュタインボルトは無言で首飾りを見つめると、静かに首を横に振った。
「いや、やめておこう。君にとって大事な物だろうからな。その代わりに、その短刀をもらっていいかな」
シュタインボルトはアステルの腰に装着されている、王家の紋章が刻まれている短剣を指さした。
アステルはうなずくと首飾りを受け取り、短剣をシュタインボルトに渡した。
「シュタインボルト、お別れです。貴方とは戦場以外で会いたいものです」
「少年王、Beyond the Emperor (皇帝を超えろ)!」
シュタインボルトはそう言うと、アステルに背を向けた。
アステルは馬に乗り、遺跡に向かってゆっくりと歩みを進めていた。王家の紋章入りの短剣と引き換えに、長剣や鎧兜・盾などの装備品、またアステルの愛馬など、持ち物は全て返されていた。
「少年王、Beyond the Emperor (皇帝を超えろ)!」
アステルは、シュタインボルトの言葉を思い出していた。力強いその言葉は、アステルの心をやる気で満たし、さらに使命感を新たにするのだった。
また一方、シュタインボルトの言葉にアステルは戸惑いを覚えていた。シュタインボルトが数年前に北方の国を旅したという話……ちょうどその頃、アステル自身もたった一人で国を背負う覚悟を決め、その幼い胸に孤独の影を落とした時期と重なっていたからだ。
「まさかね」
アステルは一人つぶやいた。
思考が過去と現在を行ったり来たりする。
考えがまとまらないまま、馬の足に任せて遺跡に向かっていると、前方から三騎の騎兵が駆けてくるのが見えた。
「アステル様!」
先頭を駆ける騎兵が声をかけてきた。
三騎ともアステルの目の前で馬を止め、兜のフェイスガードをあげる。
「お前たち!」
フロド、マリン、イブン。
幼い頃から自分に寄り添ってくれた親衛隊の面々だ。
「アステル様、ご無事でなりより」
親衛隊長のフロドが声をかけてきた。
「アステル様、心配したんですよ」
マリンが珍しく真剣な表情で言う。
「陛下、お疲れでしょう。さあ、水をお飲みください」
イブンが水筒をアステルに差し出した。アステルはそれを受け取ると、グゥー、と水を喉に流し込んだ。
水と一緒にグシャグシャした記憶が一気に体内に押し流されて行くのを感じた。
「みんなありがとう。もうゴチャゴチャと考えるのはやめた」
それを聞いて三人はキョトンとした。
「スマン、気にしないでくれ。独り言だ。フロド、次に我らが向かうべき場所はどこだ」
「は、次の目的地は……」
「まあまあ、隊長。アステル様も疲れてるんだから、細かい話は陣地に着いてからでもいいでしょう」
いつもの軽口に戻ったマリンが、生真面目に説明しようとするフロドを止めた。
「ささ、アステル様。急いでもしょうがない。ここはのんびり帰りましょう。ところで……身代金はいくら取られちゃったんですか?」
「おい、マリン。そんなこと聞いてどうする。アステル様が無事ならどうでもいいじゃないか」
アステルに気を使ってか、マリンを止めるフロド。
「いやいや。いやいやいや。隊長、ここは聞くべきですよ。なんたって我ら下っぱ騎士と違って、一国の王様が捕らわれたんですから」
「いや、そんなことは聞くべきではない。王家の威信に関わる問題だ」
マリンとフロドは、アステルそっちのけで言い合いを続ける。
イブンはやれやれと呆れ顔だ。
アステルはそんな三人を見て、自然に笑みがこぼれた。
「さあ行くぞ三人とも。私は疲れてなどいない。ここからは競争だ」
アステルは馬を走らせる。
「アステル様!」
「待ってくださいよ〜」
「ああっ、私を置いていかないでぇ」
四人は陣地に向かって駆けて行った。
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