激突!騎兵VS歩兵
「……イブン」
アステルが、イブンのそばに寄ってきた。
「はい?何でしょう陛下」
「お前、何かやれ」
「えっ、私ですか?よりによって私?」
「意外な奴がやるから、盛り上がるんじゃないか。ここでマリンが景気付けをしたら、当たり前すぎだろ。フロドでも駄目だ。まして、この私も駄目」
「そっ、そんな」
イブンは困ってしまい、フロドに助けを求めようとするが、フロドはそれを無視した。
それならばと、イブンはマリンに声をかけようとするが、マリンは後ろの隊列に隠れてしまった。
「早くしろ!ラドガッド兵の気合い入れも、いつまで続くかわからない。いざとなれば私が何とかするから」
アステルが目配せをして催促する。
何とかするとは、先程の戦いでの弓矢の飛距離が異様に長いこと……風の魔法を使い、矢の飛距離を伸ばしていたことをいうのだろう。さらに、魔法の力で威力も倍増できる。
イブンに決断の時が来た。
「わかりました。この私、錬金術士のイブン=ルシュド。親衛隊の名にかけて、これより敵の旗を撃ち落としてみせます」
イブンは馬を進め、隊列の前に出た。
すると、それまで無視していたフロドが角笛を取り出し、フィンデガルド軍の勇壮な行進曲を吹き始めた。それに合わせ、親衛隊が歌い出す。
~我らフィンデガルドの勇敢な戦士~
~我ら仲間のために戦おう~
~我らに勝利と栄光を~
「隊長……ありがとうございます。見ていてください」
歌が終わると、イブンは弓に矢をつがえた。
こちらが何をしようとしているのかわかったのだろう。ラドガッド兵たちも静かになる。
――辺りが静寂に包まれた――
イブンは狙いを定め、矢を放った。
放物線を描きながら、吸い込まれるように片耳の大シカの旗めがけて飛んでゆく。見事、矢は旗を根元から撃ち落とした。
「やったー」
「イブン、よくやった」
フィンデガルド軍から歓声が上がる一方、ラドガッド兵たちからはため息が漏れる。
「イブン、頑張ったな」
アステルがイブンの肩を叩いた。
「陛下のおかげですよ。陛下の魔法がなければ今頃は……」
「えっ、私は何もしてないよ」
「でも、私が何とかするから、と言いましたが」
「ああー、あれね」
アステルは困ったように苦笑いをした。
「あれはイブンが失敗しても、私が何かしらの技を見せて場を盛り上げるから気楽にやれっ、てことを言いたかったのだ」
「陛下、それでは今のは!」
「そうだ、イブンの実力だ」
「そうか……これで私も本当の騎士になれた気がします」
アステルの差し出した手を、イブンは堅く握りしめた。
戦いの前に妙に盛り上がった両軍だったが、先にラドガッド軍が動いた。六メートルもある長槍を構えると、横五十列縦四列の横隊で突進してきた。
「フォーメーションYだ」
アステルが叫ぶと、自身が先頭になってラドガッド軍に向かって進撃する。アステルが手を挙げると、フィンデガルド軍は二手に分かれた。一方はアステルが、一方はフロドが率いて、圧倒的なスピードをもってラドガッド軍の側面に回り込む。
フィンデガルド騎兵は、先程の戦いと同様矢を射かける。しかし敵兵は、コモデが率いていた先程の守備隊とは違った。隊列を乱さず、二列目以降の歩兵隊が長槍を高く掲げ、飛んでくる矢を撃ち落としていく。中には矢が体に突き刺さる者もいたが、それでも隊列を崩さない。二手に分かれたフィンデガルド騎兵は合流し、再びラドガッド兵に側面から矢を射かけようと馬を走らせる。
この時、ラドガッド兵は自ら隊列を解き、バラバラに動き始めた。
「これはチャンスだ!」
アステルが手を挙げるのを見て、
「アステル様、これは罠では……」
と、フロドが止めようとしたが間に合わない。
全軍突撃の命令が、フィンデガルト騎兵に伝えられた。
槍を構え、騎兵が突撃を開始する。騎兵対歩兵。隊列が崩れた歩兵相手には、騎兵は絶対有利だ。
もちろん最初の突撃部隊の中に、アステルは入っていた。
猛スピードでラドガッド兵に向かって行くアステルに、ラドガッド兵は腰にぶら下げた丸いボール状の物を取り外すと、アステルに向かって投げつけた。ボールはアステルに当たると、放射状に広がり、手や足を包み込む。体を動かすことができないアステルは、馬から投げ出されてしまった。
地面の上でもがくアステルだが、粘着物質は完全に固まってしまい、もうどうすることも出来ない。
顔面も粘着物質に覆われ息が苦しい。かろうじて右目部分だけは空いている。
先程アステルに向かってボールを投げた兵が来て、アステルを覗き込んだ。
「まさかと思ったが、やっぱり少年王だ。なーに、殺しはしない。身代金と交換するまでの人質だ」
「くそっ、取れない」
アステルは必死に体を動かすが、どうにも動かない。
敵をろくに観察もせずに攻撃した事を、アステルは悔やんだ。
顔が動かない今のアステルには、青い空しか見えない。馬のいななき。人間や馬の大地を駆ける足音、槍と斧槍がぶつかり合う音、そして味方が捕まり引きずられる音が聞こえる。
「このままではいけない。できるか!」
両腕は動かない。
今まで手をかざしたり、突き出したりして魔法を操った。今はイメージのみで、魔法をコントロールしなければいけない。
だが、やるしかない。
アステルは意識を集中させ、風の刃をイメージした。風の刃で、この体についた固まりを切り刻み、剥ぎ取る。刃が、アステルの体についた固形物を切り刻んでいく。
(いいぞ、その調子だ)
アステルがさらに切り裂こうとした。
「うっ、痛い」
刃を深く入れすぎて自分自身の肉を切ってしまい、アステルは刃を引っ込めた。顔を切ってしまい血がにじむ。
(くっ、顔は後回しだ)
口元の固まりは取れた。呼吸は苦しかったが、まだ我慢できる。
アステルは鎧の上の固まりを中心に、風の刃で切り裂いた。刃が鎧にあたり、嫌な金属音がする。
「よし、取れた」
コツを掴んだアステルは、まず手を自由にすると、続いて足を、そして顔の物質を取り除いた。
「ここから逆転だ!」
アステルは立ち上がった。
目の前には先ほどのラドガッド兵がいた。
あっと思う間もなく、アステルは側頭部を殴られ気絶した。
薄ぼんやりとした情景に見覚えがあった。
あれは確か一年前、フィンデガルトの宮殿に二人の客が訪れた時のこと。
一人は初老の神父、もう一人はどこにでもいそうな普通の少女だった。
「今、皇帝は神になろうとしている!」
神父はそう力説した。
「人の心に土足で押し入り、従わせようとしているのです。今まで我らが信じていた神々を否定した。そして……」
そこまで言って、間を置き、周囲の視線を自分に集中させる。
「そして、自らを神として崇めよと強制した」
神父は女の子を傍らに招き寄せた。
「彼女は大陸のヌーベル村に住んでいました。両親と一緒に幸せに暮らしていたのです。ある日、皇帝軍は村に侵攻し、村は占領されました。彼女は我々に庇護を求めてきたのです」
少女は悲しげに顔を伏せている。
まだ何か言おうとしているレンスキー神父を、アステルは止めた。
「それで、私は何をすれば良いのだ」
「陛下、いけません」
レンスキー神父の話に乗り気のアステルを、アステルの乳母であり、この国の宰相でもあるエルザが止めた。
「これはあくまでも他国の問題です。我らには関係ありません」
「しかし、皇帝の力はやがてこの北の大地まで伸びることになる」
「その時に戦えばよいではありませんか」
すっと手を上げ、アステルが話を止めた。
「虐げられた民を助ける。それが王の務めだ」
アステルはそう言うと、少女をチラッと見た。
少女は相変わらず悲しげな顔でうつむいていた。
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