奇襲攻撃
明くる日の早朝、海岸で見張りをしている守備兵は、遠く沖に浮かぶ軍船を見つけた。剣に二匹の狼、フィンデガルド王家の旗だ。
「敵襲、海岸から敵襲だー」
知らせを聞いて、トリスデンの守備隊が海岸に集まる。
「さあ来い、上陸する奴の足止めをしろ」
兵たちは防塁に陣取り声を上げる。
城壁の上では、魔導士が魔法力増幅装置の前で、敵が魔法の射程に入るのを、今か今かと待っている。
「さあ、敵の船が燃え上がるのを一緒に見ていましょう」
コモデはシュタインボルトと一緒に、城壁の上から敵船を眺めた。
「来るわよ、来るわよ、もう少しで射程よ」
コモデは子供のようにはしゃぎ、シュタインボルトはつまらなそうに船を見つめている。
その時、
「敵襲だー」
またもや見張りの声が響き渡る。
「そんなこと言われなくてもわかっている。敵は目の前よ!」
コモデは怒鳴り声をあげた。
「待て、怒鳴る前に報告をよく聞くのだ」
シュタインボルトがコモデを諭した。
「陸側より、敵兵による攻撃です」
「なっ、何ですと!」
想定外の事態に、コモデはうろたえた。
「陸からも海からも……これでは挟み撃ちだわ」
だが、シュタインボルトは冷静だった。
「おそらく敵の攻撃は陸側がメインだ。海上の船からは、攻撃を仕掛けてくる気配はない」
「そ、そうですね。私はこれから陸上の敵を迎え撃ちます」
コモデは魔導士部隊と歩兵部隊を連れて出て行った。
「フィンデガルド軍は陸側にどうやって渡ったのだ?周りは高い崖、港はここのみ。他に上陸できる地点はない。だとすると、もしや『王の道』か?……これは面白くなってきた」
シュタインボルトもまた、敵の姿を求めて出て行った。
一方トリスデンの町では、どこからともなく現れた騎兵によって大混乱に陥っていた。
陸側から敵は来ないと油断していたため、城門の見張りが気づいた時には、敵騎兵がすぐそこに迫っていた。
守備隊は慌てて城門を閉じようとするも、騎兵が放った矢に貫かれ、見張り台から転落する者多数。異変に気づいて、他の見張り兵がすぐさま城門を閉めた。
「ふうー、助かったー」
城門を閉めてほっと胸をなでおろす守備兵であったが、背後に気配を感じた。
ブルル……
気配どころか、馬のいななきが聞こえる。
「な、何で」
おそるおそる兵が後ろを振り向くと、そこには馬がいた。ただの馬ではない。全身に銀色のプレートメイルを装着している。
「あ、あ……」
視線を上に移すと、これも白銀のプレートメイルに身を包んだ騎士がこちらを見下ろしていた。
兜にはフェイスガードがついているため、表情はうかがい知れない。
「城門を開けろ。今すぐだ」
「えっ、子供の声?」
兵は驚いた。
馬上の騎士から発せられた声は歳若い少年のもの。鎧を着ているとはいえ、体つきも小ぶりに見える。
「早く門を開けろ!」
「……」
騎士に催促されるも兵士は動かない。
いや、わざと時間稼ぎをしているのだ。
グレイブ(鈎のついた長刀)を持った兵士が、騎士を馬から引きずり降ろそうと、後ろから近づいて
来る。
異変に気付いた騎士は、背後からのグレイブの一撃を剣で受け止める。しかし、グレイブの鈎の部分に剣を絡め取られてしまう。
キーン、という音とともに、空中に投げ出される剣。
続いてのグレイブの第二撃は、騎士の兜を弾き飛ばした。
……兜が取れ、あらわになったその顔は、まだあどけなさの残る少年のものであった。
瞬間、猛烈な突風が吹き、二人の守備兵は十数メートルも吹き飛ばされてしまった。
突風を巻き起こしたのは、馬上の騎士だった。
フィンデガルド軍には、魔法を使える者は一人しかいない。
彼こそはフィンデガルド国王アステル。
別名――少年王――
少年王は風の刃で、城門の閂を切断した。
城門の扉は勢いよく開き、フィンデガルド騎兵が次々とトリスデンの町に侵入した。
……フィンデガルド騎兵が、なぜ突然陸側から現れたのか。
時をさかのぼること数刻前、トリスデンの南の遺跡……一千年前、巨大な貿易都市が存在した、今は何もないその場所。
その忘れられた遺物から光の渦が発生した。渦が収まると、どこからか騎兵の一団が現れた。その数、五十騎。
「あのレンスキーっていう、ヒゲおやじの言ったことは本当だったね」
遠足に来たみたいにはしゃぐこの少年、名前はマリン、十六歳。親衛隊の一員。
「ええ……無事到着して何より。ま、魔法技術は昔の方がむしろ進んでいましたから、大丈夫とは思っていましたが」
知ったかぶりのこの少年、名前はイブン、十五歳。こちらも親衛隊員。
「オレは気分が悪いよ。魔法の瞬間移動なんて、やるものじゃないね」
親衛隊で一番年長なこの少年、名前はフロド、十八歳。もちろん親衛隊長。
「無駄口を叩くな。……気分が良くなったら行くぞ」
そして、この御方、名前はアステル。十六歳にしてフィンデガルドの国王。そう、少年王だ。
トリスデンの陸側を守る砦から、守備隊が出撃してきた。フィンデガルドの騎士たちは馬から降り、遺跡の柱や壁の陰に隠れる。
「あれ?何でバレちゃったのかな」
マリンが軽口をたたくと、
「あれだけピカッと光りましたからね。不審に思ってもしかたないでしょう」
と、イブン。
守備隊は歩兵で構成され、集団で行動しているが、皆バラバラに走って来る。
「敵は小規模。おそらく偵察隊ではないかと。本格的な兵は繰り出していないようです」
フロドがアステルに報告した。
「よし、フォーメーションZだ」
アステルが命令すると、騎士たちは馬に乗り、兜のフェイスガードをおろし、縦一列の縦隊になった。
先頭はアステルが務める。
アステルは敵に向かって一直線に駆け出した。
「き、騎兵隊だ~」
トリスデンの偵察隊は騎兵隊に気づき、慌てて隊列を整える。
だが、騎兵たちのスピードは想像以上だった。あっという間に距離を詰められる。
アステルは守備隊を取り囲むように、騎兵隊を左に旋回させた。
そして、折りたたまれた弓を取り出し、その弦を引っ張った。たちまち弓は、折りたたまれた状態から、矢を発射できる状態になった。
フィンデガルド騎兵は、敵歩兵を囲みながら矢を次々と放つ。
敵歩兵からも反撃の矢が放たれるが、騎兵には届かない。
「何であんな距離から矢が届くんだ」
敵守備隊から、悲鳴にも似た声が上がる。
たまらず敵歩兵は隊列を崩し、散り散りになってしまう。
アステルはその機を逃さず、さっと手を振り、風を使ってアステルの意思を皆に伝えた。それは「突撃」の命令であった。
騎兵たちは剣を抜くと、敵歩兵に向かって突撃を開始した。圧倒的スピードの一糸乱れぬ連続攻撃に、隊列を乱していた敵歩兵は次々に打ち取られ、幸運にも攻撃を受けなかった兵士は、町とは反対の方向に逃げ出した。
アステルはフェイスガードを上げ、皆に号令する。
「逃げる敵は放っておけ。このままトリスデンにいる守備隊を倒し、この『王の道』の安全を確保する」
アステルの命令に、フロドが待ったをかけた。
「アステル様、我らはたった五十騎。あまりにも数が少なすぎます。ここはフィンデガルド本軍が来るのを待った方が……」
「いや、ここは即、攻撃で行く。敵の不意を突けば我らの有利。戦っているうちに本軍も来るだろう。今、風通信で本軍に連絡する」
アステルが右手をさっと北の方角に振ると、風が吹き抜けていった。
「この風、便利なんだけど一方通行なんだよね。もし本軍にトラブルがあったら、どーするの」
マリンがぽつりと言った。
それを聞いてアステルは、
「大丈夫だ、例え五十騎でも負けはしない」
と、自信に満ちた表情で言い切った。
「と、いうことでございます、親衛隊長殿」
マリンがおどけて言った。
「わかった。我らは命がけでアステル様を守る。いいな、マリン」
「もとより承知!さあ、行きましょう」
フロドとマリンが駆け出そうとする。
「待て、フロド、マリン。私が行く、お前たちはここで待機。私が行って、敵をここにおびき寄せる。イブン、行くぞ」
アステルはイブン他数名を率いて、トリスデンの町に向かった。
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