乱れ(2)
出陣の準備をしていたアステルに、エルザが近寄ってきた。
「陛下……いえ、アステル様、お話が……」
「……」
マリンの死から、エルザとはまともに話していない。アステルは正直戸惑っていた。
場所を移し、話を聞く。
「アステル様、今回の出陣はおやめくださいませ」
「なぜだ」
「一体今回の戦いに、どんな意味があるのですか。我が国にメリットはなにもありません」
「この国の人々が圧政で苦しんでいるのに、何がいけない」
「要するにこの国の問題です。この国の人々が解決することです」
「いや、それは違う。私は自分だけが安全な場所にいて、安穏と暮らしていようとは思わない」
「それではなぜ、セルリア王国は兵をよこさないのですか。明らかに傍観しています。彼らの考えは、我々を利用して、帝国の力を弱らせようとしているのです」
「確かにそうかもしれない。だが、こちらにもメリットは有る。セルリアから軍資金を出してもらい、その金で出兵できた。帝国の拠点を叩き潰し、フィンデガルドに対する脅威を取り除いたではないか」
「そうです。それ故、これ以上の進軍は意味が無いのです」
「いや違う。帝都を占領しなければこの戦いは終わらない」
それまで冷静に議論を続けていたエルザが、だんだんと感情的になっていく。
「アステル様、死ぬのはマリンだけでいいのです。こんな戦いで兵士たちに死んで欲しくない」
「それは承知している。だから私が先頭に立って戦っているのだ」
「アステル様にも死んでほしくないのです。あなたが死んでしまったら、フィンデガルドはどうなるのですか」
「……私は死なない」
アステルは議論を打ち切り、その場を離れた。
ミンツブルク城において、反皇帝軍の出陣の準備が行われているとの報は、帝都にも届いた。
多少の混乱はあったが(と、シュタインボルトに教えてくれる人がいた)、皇帝の使者がミッドラン城へ下向してきた。
シュタインボルトは上座を開け、自らは下座にひざまずき、使者を迎えた。
使者は皇帝からの親書だと言って、それを読み上げた。
「汝シュタインボルト、兵を率いて反乱の諸侯たちを討ち滅ぼすべし」
シュタインボルトはうやうやしく聞いていたが、おもむろに顔を上げ、使者に向かい合った。
「恐れながら辞退申し上げます」
シュタインボルトの言葉に使者が慌てて、
「これは皇帝陛下のたっての願いなのだ。周りには貴殿に対し反対意見を言う者もいたが、それを押し切ったのが陛下だ」
と、言った。
シュタインボルトはすかさず、
「そこが問題なのです」
と、続けて、
「周りが反対、陛下が賛成。まことにありがたいこと。だが、それ故恨み、妬み、そういった負の感情が私に集中します。これでは大命を受けても、誰も協力しない。あまつさえ後ろから弓引く者も出るでしょう」
「そんなことはない、陛下の命令は絶対だ。そのような裏切り者はいない」
皇帝の使者は、声を上ずらせて言った。
「そうでしょうか。私は下級貴族の出身で無位無官の身。陛下の大命をもってしても、協力してくれるかどうか……」
「それではどうするのだ。陛下の願いを無にするのか」
「そんな恐れ多い!」
と、シュタインボルトは大袈裟に言うと、
「私は、本当に信頼できる兵たちと一緒に戦いたい、と言っているだけです」
「ほう、つまり貴殿は自分自身で兵を集めたいと……」
「そうです、そのために一つ二つお願いがあります。兵の募集と通行の自由、そしてクロトの完全な自由をお約束願いたい」
「クロトの完全な自由?それは何のことだ?」
「陛下にそうお伝え願えれば、分かるかと」
「分かった。この件、陛下に奏上してみよう」
皇帝の使者は大急ぎで帝都へ帰っていった。
ミリアがいないとの知らせに、アステルはピンときた。
(エルザの仕業に違いない)
アステルはエルザの部屋に怒鳴り込んだ。
「エルザ、ミリアはどこだ」
普段のアステルとは違う表情に、エルザは驚いているようだった。
「ミリアはどこだと聞いている」
「ミリアのことは知りません」
「お前がミリアを激しく責めているところを、見ている者がいるぞ」
一方的に言い立てるアステルに対し、エルザの表情が険しくなる。
「アステル様、それは誤解です。私はミリアにその役割を諭したまでです」
「諭しただと。綺麗事を言うな」
「アステル様!」
それまで我慢していたであろうエルザの苛立ちは、頂点に達した。
「アステル様は、ミリア、ミリアと、ミリアがそんなに大切ですか。あやつめは、フィンデガルドをこの戦いに巻き込んだ張本人。本来ならアステル様に話すこともままならない者ですよ」
アステルの方も、エルザの言い方にカチンときた。
「弱きを助けることがそんなに悪いことなのか。ミリアは故郷を失った。彼女の居場所が見つかるまで、ここに居させてもいいだろう」
エルザの激情も止まらない。
「故郷を失う?それがどうしたのです。私は、アステル様、私は息子を失ったのですよ。実の息子を、ミリアのせいで失ったのです。分かりますか」
「それは分かっている。マリンにはすまないことをした。悔やんでも悔やみきれない。だが、マリンはミリアを守って死んだのだ。彼こそ騎士の鏡だ」
「アステル様、私はアステル様の乳母です。亡くなった女王様の代わりに、アステル様を育ててきました。私は、マリンのことは自分の息子として接していません。アステル様の親衛隊員の一人として接してきました。私はアステル様に、人生のすべてを捧げてきました」
「……エルザには感謝している。ここまで私を育ててくれた」
話が違う方向にそれてきたのだが、アステルはエルザの話に付き合ってやる。
「アステル様は、それではなぜ、私を一番に心配してくれないのですか。なぜ、ミリアを優先して、私を後回しにするのですか。なぜ……」
エルザは泣き出してしまった。
(結局はそれが言いたかったのか)
アステルはミリアの行方が気になったが、今はエルザの気持ちを鎮めることを優先した。
「すまなかった、エルザ。許してくれ。マリンを失ったお前の気持ちを分かってやらず、ミリアのことばかり聞いてしまって本当にすまない」
エルザはそれには答えなかった。顔を背け、アステルの方を見ようともしない。
先程とは打って変わって、部屋に沈黙が流れる。
アステルは辛抱強く待ったが、場の空気に我慢できなくなり、
「それで、ミリアのことだが……」
と、聞いてしまった。
場の空気はさらに悪くなり、アステルはその場を逃げるように後にした。
結局、ミリアの行方はわからなかった。
エルンスト城政めは、なかなかはかどらなかった。敵は城の守りを固めるばかリ。
野戦では圧倒的な強さを誇るフィンデガルド軍であったが、城攻めは不得手であった。
「これでは政める手だてがない」
アステルは苛立っていた。
一週間前の戦闘では、城の間際まで攻め入ったものの、高くそびえる城壁に遮られた。
また、強固な魔法シールドの前では、アステル個人の魔法力など、到底及ばなかった。
「ティリーは雪の女王の力を得てあの氷の壁を作っていたが、くそっ、私にはそこまでの力はない」
アステルがくやしがっているのを見て、イブンが言った。
「アステル様、それはしょうがありません。ティリー公は魔導器を持っていて、それで雪の女王から魔法力を集めていたのです」
「そうなのか。それではティリーを倒したとき、魔導器を回収すればよかった」
「実は……」
と、イブンがふところから指輪を取りだした。
「まさか、これが?」
「はい、そのとおりです」
「ではこれを使えば、ティリー公のような大魔法力を使えるのか」
「残念ながらそれはできません」
イブンは申しわけなさそうに言った。
「アステル様、我が軍に魔導士は一人しかいません。そのたった一人がアステル様なのです」
「そうか……そうだな。これでは宝の持ち腐れだ」
アステルは落胆したが、何かを思い出してパッと顔を輝かせた。
「そうだ!リコだ。リコなら協力してくれる。リコはどこだ!」
「リコ様は国に帰られました」
「何?なぜだ」
「お父上の命令です。……言いたくはないのですが、バジルバーン候は今回のエルンスト攻めには反対の立場でしたから、軍を引いたのでは?」
「……この城は我らだけで落とす」
イブンの心配をよそに、アステルは気持ちを新たにした。
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