乱れ(1)
アステルの必死の呼びかけに、マリンが目を開けた。
「マリン、しっかりしろ!」「マリン様!」
アステルとミリアが声をかける。
「アステル様……ミリア……怪我はないですか」
「私は大丈夫だ。ミリアにも怪我はない」
「そうですか……よかった……最後の最後で、好きな女の子に見守られて死ぬなんて最高じゃないですか……ハハ、フロド隊長……オレ、やりましたよ……」
それっきり、だった。
「その少年は亡くなったのか?」
アステルたちを助けてくれた、褐色の肌の少女が聞いてきた。
アステルはそれには答えず、いや答えられず、無言だった。
「そのように黙っていては、分からないではないか。しょうがない、こちらで確かめるか」
少女が杖を振ると、杖から暖かい光が照射され皆を包みこむ。
「生体反応ゼロ。その魂は天に召されたか」
暖かい光が消えてゆく。それでもアステルは反応せず、まだマリンの遺体の上で涙を流していた。
「少年王……噂には聞いていたが、存外普通の少年だな。もっと猛々しいイメージを持っていたのだが」
アステルはそれには答えない。
「少年王、ここはまだ敵地と言ってよい場所。お主には、まだその女を守るという使命があるはず。いつまでもここでメソメソ泣いているわけにもいくまい。さあ立つんだ」
褐色の少女は無表情に、しかも冷静に言ってくる。
アステルはようやく腰を上げた。そして、やや感情的に少女を見た。
「これは少年王、我のせいで少々気分を害してしまったようだ。申し訳ない」
顔は相変わらず無表情のままだが、少女の目が一瞬泳いだ。
「こちらこそ。あなたの言うことはもっともです。私も王として適切な判断を下せなかったようだ。さあ、ミリア行こう」
アステルはミリアに立ち上がろう、とうながす。
ミリアも涙を拭いて立ち上がった。
「うむ、それで良い。まだ悲しみが残るのは当然だが、その悲しみを乗り越えていかねばならん。やはり男子は凛々しくあるべきだ」
少女から男の子扱いされ、アステルは思わず、
「あなたのような子どもに、何が分かるのですか!」
と言った。
「心配するな、精神年齢はお主より上だ」
少女がさらりと言ったので、たまらず七人の楯兵士が二人の間に割って入った。
「ごめんなさい!」「我々はドラビタ王国の者」「そして、このお方がドラビタ王国の王女である、キリカ様!」「大人びたことばかり言うけど、まだまだ子ども!」「大目に見てね」✖3。
七人の盾兵士……いや、七人の小人が一斉に喋りだした。
これにはアステルも呆気にとられる。
小人たちの身長はキリカと同じくらい。
だがその体は立派な大人そのもので、ガッシリとした体躯をしている。
「何だ、その言いぐさは!それではまるで、背伸びをしているただの幼子のようではないか」
少女が七人の小人に文句を言った。
「キリカ様!そういうところ!」「少年王、ゴメンね!」「また会おうね」「さあ、キリカ様!」「シュタインボルトの所へ行くぞ!」「行くぞ」✖2
甲高い声で口々に騒ぎ出す七人の小人たち。
「あっ、こらお主ら!……言ってしまったな。そうだ、我はシュタインボルトの願いで、少年王、お主を助けに来たのだ。それでは少年王。今度会う時は戦場かもな」
そう言って、ドラビタ王国の一団は去って行った。
マリンが死んだ、という現実。
アステルはキリカによって、否が応でも認めざるを得なかった。
アステルは逃げていた馬を探してくると、マリンの遺体を馬の背に乗せた。もう一頭の馬にはミリアを乗せ、自らは馬の口を取り歩き出した。
「マリン、すまない……私はマリンから母親を取ったばかりでなく、命までも……本当にすまない」
アステルはマリンの亡骸に向かって、涙ながらに言った。
ミンツブルク城までは、まだしばらくかかりそうだった。
異国の地ということもあり、マリンの葬儀は簡素に執り行われた。
皆、戦に身を捧げた騎士である。仲間が死ぬことには慣れているとはいえ、マリンの死は一同の胸に暗い影を落とした。
アステルはマリンの死をエルザに告げたが最後、エルザとは一切口を利いていない。
エルザの方も、事務仕事を淡々とこなしている。
ミリアはどうしたらいいか分からなかった。
「ミリア、聞いてくれ。私はマリンを殺してしまった。自分の浅はかな行動のせいだ。いや、マリンだけじゃない。今まで私が信じて行ってきたことで、何人の騎士たちが亡くなったことか」
部屋の片付けを終えたミリアは、いつものようにアステルの話し相手になっていた。
いつになく弱気なアステル。
ミリアはそっとアステルの横に腰掛けた。
「アステル様は、どうしてみんなの先頭に立って戦うのですか?まだ大人ではないのですから、みんなの意見を聞いて、後ろに下がってもいいではありませんか」
それを聞いて、アステルはフフッ、と笑った。
「なんでかな……それはクライン先生の影響かもしれない」
「クライン先生?」
ミリアには初めて聞く名だった。
「私の両親が早くに亡くなったことは、知っていると思う。そのこととも関係あるが、騎士団の主だったメンバーも亡くなってしまったんだ。そんな時、クライン先生はフィンデガルドにやってきた。ちょうど私が六歳の時だ。先生は、私たちに騎士として大事なことを色々と教えてくれた。一年間だけだったけどね」
ミリアは静かに聞いている。
「クライン先生は私に言った。『君が魔法を使って、みんなを守るんだ』って。でもクライン先生はどのようにみんなを守るのか、はっきりしたことは言わなかった。私がまだ幼かったこともあると思う。だけど、おそらくそれは自分で考えろ、ということだと思う」
「それでアステル様は、みんなの前に立って戦っているのですね」
「だけど果たしてそれが正しかったのかどうか……」
「私には何が正しくて、何が間違っているかわかりません。ただこうしてアステル様の心の内を聞くことで、アステル様の心が休まればと思っています」
「ありがとう、ミリア。こんなつまらない話を何回も聞いてくれて。ミリアには感謝している」
「いえ、そんなこと……私はアステル様の側にいられるだけでいいんです。でも、私もみなさんの力になりたいと思っています……」
最後の言葉を、ミリアはグッと飲み込んだ。
その日は何度目かの諸侯会議があった。
議論はいつまでたってもまとまらず、平行線をたどっていた。
「これでは埒が明きません。どうですかみなさん、ここらで決をとってみては」
このミンツブルク候の提案に、アステル以外皆賛成した。
「……結果は、これ以上我々は進軍せず、エルン川の線で守りに入るということに決まりました」
ミンツブルク候が結果を読み上げると、アステルは異議を唱えた。
「私が先頭になって進軍する。目標は帝都占領だ」
「それは無茶だ。自殺行為だ」
「それなら侯爵は留守番でもしてもらおう。先の戦いのように城にこもっているがいい」
「何っ、無礼な!若造に何がわかる」
言い争う二人を諸侯たちが止める。
いつもならアステルをサポートするはずのエルザだが、なぜか押し黙ったままだ。
会議は妥協の産物として、南の都市エルンストまで進軍することに決まった。
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