キリカ、シュタインボルトと会う
その日、ミッドラン城に珍客が訪れた。
その人物が城門に来ると、門番はポカンと口を開けて、その人物の頭の先からつま先までジロジロと見た。
「えー、四十代以上の女性は通すなとの、領主様の命令だから、通してよいのか……しかし、世の中には見た目は幼くても、実は年増なこともあるからな……」
門番のハッキリしない言いぶりに、その女性は後ろを振り返り、
「笑え」
と、言った。
女性の後ろに控えていた七人の小人は、
「キリカ様、オバサン!」「ホントは、十歳!」「でも精神年齢はお婆さん」「ハハハッ」✖4
と、一斉に笑った。
「己ら!笑うところが違うわ!」
その女性――ドラビタ王国王女キリカ――は、七人の小人を怒鳴りつけた。
七人の小人は、シュンとして、押し黙る。
キリカは改めて息をいっぱい吸い込み、「ハ、ハ、ハ」と、大声で笑った。
「これが笑わずに入られようか。我をよく見ろ」
そう言われて、門番は困った顔をした。
「見るまでもない。でも、しょうがないだろう。あなたみたいな子どもだって、女性には変わりない」
「噂には聞いていたが、ミッドラン城の女主は、よほどの女性嫌いらしいな。しかもなに?四十歳以上はダメ?これは相当なものだな」
その後も「通せ」「通さない」の押し問答が続く。
均衡を破ったのは、いつの間にか現れたクロトだった。
「この方は閣下の客人だ」
「クロト様。しかしこの城の主はマギー様です。いくらシュタインボルト様の命令であっても通せません」
「貴様!閣下よりマギー様を取るとは、閣下を愚弄するか!」
クロトは剣の柄に手をかけた。
門番は青ざめ、泣きそうになる。
「わ、分かりましたよ。おそらく何かの手違いで、命令が届かなかったのでしょう。ささ、お通りください」
キリカ一行はクロトに先導されてミッドラン城に入った。
しばしの間、無言で城内を歩く。
突然、キリカが「あっ」と、声をあげた。
「お主、彼の地で少年王を襲った刺客だな?まさかシュタインボルトの関係者だったとは!これは少々驚いた」
クロトは相変わらず前を向いている。
「まあいい、我はシュタインボルトの願いで少年王を助けに行ったのだが……シュタインボルトも、部下を完全に掌握していないようだな」
「閣下は何も悪くありません」
クロトが振り向いて言った。
「これはボクの一存でやったこと。ですが閣下はボクの動きを読み、キリカ様を遣わされた。ボクの浅はかな行為など、閣下には手に取るように分かっていたのでしょう」
クロトは力なく言った。
「クロト、お主の目的が少年王の暗殺にあるのなら、やめたほうが良い。少年王は時代を動かす時代の寵児だ。その流れをお主ごときが止めることは出来ん」
「……お言葉、心に止め置いておきます」
クロトはキリカをシュタインボルトの部屋まで案内すると、自らは去っていった。
「キリカ様、よく来られた」
シュタインボルトがキリカを部屋に迎え入れた。
「少々行き違いがあってすまなかった」
「シュタインボルトは愛されているのだな」
キリカが皮肉っぽく言うと、
「いやいや、そうなのだ。我々二人は年が離れているでしょう。心配することはないのにマギーときたら、女性を城中に入れたがらないのです。これも愛の強さ!ということでご容赦ください」
と、ハハハと笑った。
「だめだな、これは」
キリカは呆れ顔だ。
「ところで、少年王のことだが……済まなかった、礼を言います」
シュタインボルトは深々と頭を下げた。
「ああ、それは大丈夫だ。それにしてもシュタインボルト。あなたの情報網は大したものだ。刺客が少年王を襲うことも、少年王が襲われる場所もしっかりと把握していた」
「私の情報網は至る所にあります。ミンツブルクにも、もちろん手は回しています」
「あとは、そなたのお気に入りのことだが……」
「お気に入りとはクロトのことですか?」
シュタインボルトの言葉に、キリカがうなずく。
「クロトは少年王の命を狙っておった。あやつの意思か?誰かの命令か?」
「クロトは皇帝陛下直々の暗殺部隊――邪忍――にいたのです。私は、とある事件でクロトと知り合い、陛下に頼んで私の部下にもらい受けました。……私の後継者にと期待したからです。しかし、陛下とは完全に切れていなかったようですな」
「それで皇帝の命令で、少年王を襲った、と」
「おそらくは」
シュタインボルトは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「陛下の命で少年王を襲ったのであれば、私が表立ってそれを防ぐことはできません。そこで、あなた様にお願いした次第」
「なるほどの。しかし我が外遊中でちょうど良かった」
シュタインボルトは窓を離れ、椅子に腰掛けた。
「ハハハ。私の情報網も大したものでしょう」
ハハハと、シュタインボルトとキリカはお互いに笑いあった。
一通り笑い終えたところで、
「キリカ様、少年王に会っていかがでしたか」
と、シュタインボルトが聞いてきた。
「ウム、甘ちゃんなところもあるが、お主が見込んだだけのことはある。彼奴の魔法力、フィンデガルド軍の強さ、そしてここが一番重要だが……あの強固な意思と行動力。少年王の存在は、時代を変えるきっかけになる」
「私もそう思います。そして、クロトのことは放っておきましょう。おそらく暗殺という手段はもう取らない。しかし、クロトには少年王に対してある種の思いがあるらしく、今回のことも皇帝陛下の命令だけで動いているとは思えません」
「そうは言っても、クロトは凄腕の暗殺者。魔法は使えないにしろ、その腕前は少年王も上回るかもしれん。少年王の命が危ないのではないか?」
キリカの言葉を聞いて、シュタインボルトはハーッ、とため息をついた。
「少年王が死ぬようだったら、それも致し方ありません。所詮はそこまでの人物だったということ。私と戦うには、まだ及ばなかった、ということですな」
ちょうど話が一段落した頃、部屋にマギーが入ってきた。
「あらあら、キリカ様!お久しぶりでございますわ。すっかり大きくなられて」
「いや久しぶりと言っても……そうだな、一年ぶりでそなたと会うことになる」
「そうですわね。一年も経ってすっかり大人になられましたわ」
「大人と言っても、まだ十歳だがな」
「嫌だわ、そうやって堂々と年齢が言えるなんて、羨ましいですわ。もっとも年齢があと一歳上だったら、この城には入れませんことよ。だって旦那様の心は少年のように若々しいのに、キリカ様の精神年齢ときたら、四十歳より高いのですからね、ホホホ」
マギーが冗談っぽく笑う。
「マギー、余のことを心配してくれるのはいいが、キリカ様は大丈夫だ。心配することはないぞ」
「あら、あなた。そうね、キリカ様だったら何も心配することはないのでしょうけど。あなたに変な虫がつかないか心配で心配で」
「マギー、そんなに余のことを……」
そう言ってシュタインボルトは立ち上がり、マギーの手を取る。
「マギー、誤解しないでくれ。余はマギーとの歳の差なんか、これっぽっちも気にしたことはないんだ。余の愛はいつもマギーにだけ向かっている。なぜそれを分かってくれない」
シュタインボルトはマギーの目を見つめながら言った。
「そうね、あなたの事は信じているわ。だけど心配で、心配でしょうがないのよ」
マギーの方もシュタインボルトを見つめて話す。
「やれやれ、そういうお熱いことは、我のいないところでやってくれないか」
「ああ、これはすまない。マギー、挨拶は済んだだろう。下がるように。ところで明日、観兵式があるんだ。お前もどうだ」
シュタインボルトはマギーに言った。
「わらわはそういったことには興味ないのよ。ダンスパーティーの準備もしなきゃいけないし、遠慮させていただくわ」
マギーは部屋から出ようとしたが、何かを思い出し、顔だけこちらに向ける。
「ところでクロトは最近見ないようだけど」
「ウム、あいつは余の命で少年王の探りに行っている」
「あらそうなの。少年王の……でも気をつけておくことね。クロトは恋する乙女のように情緒不安定だから、少年王に対して何をするか分からないわよ。そうすると、少年王と戦場で雌雄を決するという、あなたのプランが台無しになってしまうわ。お気をつけ遊ばせ」
言いたいことだけ言って、マギーは部屋から出て行った。シュタインボルトとキリカは、お互い顔を見合わせた。
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