マリンの事情
ここはミンツブルク城。フィンデガルド親衛隊の三人組は、暇そうに街をぶらついていた。
「今日もアステル様は会議かー」
そうマリンが言うと、
「そうだ。これからの方針を決めるために、連日諸侯と話し合っているが、どうやら何も決まらないらしい」
と、フロドが言った。
「無理もありませんね。先の戦いでの、あの諸侯たちの腰が引けた態度が全てです。表立って皇帝軍と戦いたくないという意思が、はっきり見て取れますし……」
イブンがため息をついた。
「ところでフロド隊長、そろそろ結婚相手を決めなきゃいけない年ですよね。どうするんです」
マリンが話題を変えてきた。
「そうだな……オレとしては素敵なレディと恋愛の一つや二つして結婚したいものだが、まあそれはないな。きっと親たちと同じように、同じぐらいの家柄の娘とお見合して、結婚するんだろうな」
「なんかそれ、つまんないですよね」
マリンがボソッと言った。
「見合して、親の望むような相手と結婚するなんてごめんですよ」
「マリンさん、一体どうしたんですか」
イブンが聞いてくる。
「別に……何となくそう思っただけさ。ところで、お前はどうなんだ?誰かいい娘でも見つけたか?」
「いや、私はそんな……気になった娘なんて……」
途端にイブンの顔がみるみる赤くなる。
「気になる娘がいるのか?誰だ、教えろよ」
珍しくフロドが話題に食いついてきた。
「フロド隊長、それは……恐れ多いです」
「恐れ多いって誰だよ。面白いことを言うなぁ」
フロドが聞くも、イブンは黙って下を向いてしまった。
「こいつ、アステル様のことで、リコ様にえらくいじめられたじゃないですか。それでこいつ、リコ様のことが好きになっちゃったみたいなんです」
マリンが嬉しそうに言うと、
「えー、そうなの?お前、そういう体質だったのか」
と、フロドが妙に感心した。
「フロド隊長、やめてくださいよ。だから恐れ多いって言ったのです」
「まあそうだよな。これは最初から身分違いの恋だ。諦めろ」
フロドが冷たく言うのを、イブンは黙って聞いていた。
「そういうマリンはどうなんだ?お前は誰か気になった娘がいるのか?」
フロドがマリンに聞くと、
「ええ、いますよ」
と、マリンはニヤリと笑った。
「ほおー、どんな娘だ?」
「それはミリアですよ」
「ミリアだって?いや、ミリアはアステル様のお気に入りだろう」
フロドがそう言うと、
「嫌だなぁ、フロド隊長。さっきの話でもあったじゃないですか。アステル様とミリアは身分違いですよ。それに多分、アステル様はミリアのことを、そういう目では見てないんじゃないかな。だから俺にもチャンスがあるってわけです。実はこれからミリアと出かける予定があるんですよ」
と、驚くフロドとイブンを尻目に、マリンは小さくガッツポーズをした。
マリンはあっけにとられる二人と別れ、意気揚々とミリアとの待ち合わせ場所に向かった。鎧を脱ぎ捨て普段着になり、身も心も軽やかだ。
と思ったら、前方から来る、心が重くなる人物と目が合ってしまった。
「あらマリン、今日は一人なの?」
「……エルザ様、アステル様と一緒に諸侯会議に参加していたのでは?」
「ええ、そうだったのだけど、会議は終わりました。アステル様も一人で街を散策したいということなので、私だけ帰ってきたの。そうだマリン。どう?たまには私と一緒に出かけない?」
突然のエルザの提案だったが、マリンに迷いはなかった。
「せっかくですが、私も用事があるのでお断りします」
「そうなの?私と一緒に出かけるなんて滅多にない機会よ。私より優先するような用事なの?」
「いえ、それほど大事な用事ではないんですが……」
口ごもるマリン。
「だったら私と一緒に、久しぶりにご飯でも食べに行きましょうよ」
エルザがマリンに近寄ってくる。
「やめろ!」
マリンは、自分でも驚くくらい強い口調でそれを拒否した。
エルザは、ビクッとして歩みを止めた。
「あ……すいません。ですが、今更母親顔するのはやめてもらえませんか。今の私はアステル様の親衛隊。あなたはフィンデガルドの宰相。それだけですから」
「……そう。悪かったわね、お邪魔しちゃって」
「……すいません。先程は言い過ぎました。用事が済んだら時間を作ります。その時は一緒に食事にでも行きましょう」
「そうね、ありがとう。その時を楽しみにしているわ」
そうして、二人は別々の方角に向かって歩き出した。
「よう、マリン!」
マリンが声のする方を振り向くと、そこにはアステルがいた。
「アステル様……ハハッ、正直、今はアステル様に会いたくなかったです」
「なんだ?会うなりひどいな。でも大丈夫。私も用事があるんだ」
「アステル様もですか?実は私もなんです」
「どこに行くんだ?私はお城の西門まで行くのだけど」
「奇遇ですね。私もなんです」
二人は西門まで一緒に歩いていくことになった。
「アステル様、いかがでしたか」
マリンが城の中で行われた会議について聞くと、
「うん、このまま守りを固めて様子を見ようというのが、諸侯たちの意見だ。まだ最終判断ではないけどね」
と、アステルが言った。
それを聞いて、
「あの~母はなんと」
と、マリンが恐る恐る聞くと、アステルは苦笑いをしてから、
「お前の母上は、諸手を挙げて大賛成だったよ」
と、オーバーに両手を広げてみせた。
「あちゃー、だから……」
マリンは腕組みをして、困った困ったと首を振った。
「母は今回の出陣を快く思っていないですからね。アステル様のことが心配なんでしょう」
「それもあるけど、マリンのことも心配しているよ」
「えっ、そんなことないでしょう。我が家になんか全然戻っても来ない母でしたから」
「そのことに関しては、マリンには本当にすまないと思っている。エルザは宰相として国にすべてを捧げてくれた。でも、いつもマリンのことを気にかけていたよ」
「……それはよく分かっています。実は先程、母から食事に誘われたのです。でも断りました。だって……今更ですよね、そういうことは。子供の時にしてほしかった」
「……」
アステルとマリンはしばらく無言で歩いた。
「ところでアステル様、西門に何のようですか」
「ああ、ミリアと待ち合わせなんだ」
「ミリアですって!」
マリンはおもわず声を上げた。
二人は西門の側の馬小屋に寄った。
そこには馬だけではなく、ミリアが待っていた。
「申しわけありません、私のために……」
ミリアがペコリと頭を下げた。
「いや、いいんだ。そもそもこの戦いに参戦したのも、元はといえば、ミリアの故郷を助けるためだから」
アステルがさも当然のように言った。
「あの……ミリアさん、ミリアさん」
マリンはミリアを呼ぶと、アステルから少し離れた場所に移動した。
「故郷を見たいっていう話、あれ、アステル様にも話したの?」
「ええ、そうですけど。私が相談できそうな方はマリン様とアステル様しかいませんから、お二人に声をかけたのです」
「あーそうなのね。ハハハ、いいよいいよ」
ミリアのニコニコしている顔を見て、
「これが天性の無邪気さか……」
と、つぶやかずにはいられないマリンだった。
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