デキる男、シュタインボルト
「ほう、ティリーが死んだか……そうか……」
あわせてミンツブルク城の解放を聞いたシュタインボルトは、深くうなずいた。
ここはシュタインボルトの妻、マギーの居城、その名もミッドラン城。ミッドラン侯国の領主はマギーが務めており、シュタインボルトは未亡人であったマギーと結婚し、領主の夫となった。マギーが侯爵であるのに対し、シュタインボルトは無位無官である。それでは収まりが悪いので、人々は言う。
傭兵侯シュタインボルト、と。
シュタインボルトは、妻のマギーと共に夕食の時間を過ごしていた。
「ティリー公が亡くなられて、皇帝陛下もさぞ落胆しているでしょうね」
と、マギーが言った。
「ティリー公は陛下の弟君でしたもの、まさか負けるなんてね……」
マギーがしゃべるのを、ウンウンとうなずきながら、食事を続けるシュタインボルト。
「でも、フィンデガルドの少年王ってどういう方かしら。話によると、まだ十六歳の紅顔の美少年っていうじゃありませんか。実は宮廷内でも人気が出ているのですよ」
マギーがそう言うと、シュタインボルトは口をへの字に曲げて、
「……それでは私は四十歳の哀れな男だ」
と、ため息をついた。
「あらいやだ、あなたに対して当てこすりをしているわけじゃないのよ。ティリーが死んでチャンスよ。あなたは帝国一の名将、不敗のシュタインボルトよ」
マギーがそう励ましたので、シュタインボルトはフフッと笑った。
そして、
「マギー、よくお聞き」
と、シュタインボルトは静かに言った。
「マギーがいっぱいしゃべりたいことがあるのはよく分かる。私も城を空けることが多いしね。貴婦人仲間とおしゃべりすれば、それは盛り上がることだろう。皆の予想通り、私は才能ある将軍だ。だけど、今回は出陣する気はないよ。マギーもよく覚えておいて」
「なぜ出陣しないの。あなたは名将よ。絶対に子供なんかに負けないわ、戦うべきよ」
「それはわからない。少年王は強敵だよ。それに……私は皇帝に信頼されていない」
シュタインボルトはさみしげに言った。
「このことは黙っていなさい。私はここで静かに暮らしたいのだ。お前とね」
シュタインボルトの言葉に、マギーは黙ってうなずくしかなかった。
「ところであなた、確かフィンデガルドに行ったことが有ったわよね」
場が湿っぽっくなったので、マギーは話題を変えた。
「ああ、もう十年ほど前になるか……マギーと結婚する前の話だ」
「フィンデガルドってどういう所なの?教えてくださいな」
「うん、そうだな……」
シュタインボルトはしばし思案すると、
「フィンデガルドには一年ほどいたかな……国土はほぼ平らで牧畜が盛んだ。良い馬がたくさんいて驚いたよ。春と夏は天候もよく、この大陸とたいして違わない気温なのだが、冬はいかん。雪で国全体が閉ざされてしまう。そして冬の間、出るんだよ、あれが」
と、マギーの方に近づく。
「出るって……何が?」
「知りたいか?」
「知りたいわ!」
マギーが話に食いついてきたので、シュタインボルトは笑みを浮かべた。
「国の奥地にいる神竜が、神域を広げようと攻めてくるのだ。それを防ごうと小さな男の子が戦い、その勝ち負けで神域と人間界の境界が決まる。そんなことを毎年繰り返しているそうなんだ」
「その少年が、噂の少年王だったのね。あなた、そんな昔から少年王とお知り合いだったの?」
マギーの声が興奮してうわずっている。
「そうだね、その地で少年王は毎年、神竜と境界線を定めるための戦いをしていた。それもかなり幼い時からやっていたらしい。私が見た時は、少年王は六歳くらいだったはずだ。その幼き身で戦う姿を見て、私も人生における一大決心をする気持ちが固まったのだ」
「その人生における一大決心ってなんなの?」
ここまで話を聞いたマギーは、当然聞いてくる。
「ま、まあその話はまたの機会に、ということで」
「もう、あなた!はぐらかさないで」
「アハハ、そろそろ時間だ。私は出かけてくるよ」
そう言ってドアを開け、部屋から出ようとするシュタインボルトを、マギーが慌てて止めた。
「実はクロトのことなのだけど……あなたはクロトに甘くありませんこと。いくらクロトが皇帝陛下から譲り受けた家臣だとしても、あなたの側に置きすぎだわ。可愛がり過ぎよ」
「クロトには将としての才能がある。私の側に置いて、いろいろと学ばせているだけのこと。それを可愛がり過ぎと言われても困るな」
「いいこと、ものには分別があるわ。クロトは取り扱い注意よ。将としての才能があるですって?残念だけと、それ、あなたの見込み違いよ」
「分かった分かった。今日のマギーはずいぶんと機嫌が悪いらしい。マギーの言葉はちゃんとこの胸にとどめておく。私は急いでいるので、それでは」
「あっ、あなた……」
マギーがなにか言いかけたが、シュタインボルトは構わずドアを締めた。
(戦場に一回も出たことのないくせに、あれこれと口出しする。マギーにも困ったものだ。クロトは余の役に立ちたいと自ら申し出て、情報収集に出かけているというのに……)
フー、とため息を付くシュタインボルト。
気を取り直して、シュタインボルトは騎士見習いたちがいる部屋へ向かう。部屋には数人の若者がいた。年の頃は十四歳から二十歳。武具の管理や戦いの訓練をしている。
シュタインボルトは部屋に入らず、側にある柱の陰に隠れた。そして、部屋の内部の会話に聞き耳を立てた。
下級貴族出身のシュタインボルトがここまでのし上がってこれたのは、常に情報を収集し、有利な側に立ち回ってきたからだ。デキる男、シュタインボルトは情報収集を怠らない。それが自分に仕える騎士見習いだとしても、だ。
「おい、聞いたか、フィンデガルドの少年王の話」
「ああ、聞いたよ。なんでも俺たちと同じくらいの年齢っていうじゃないか」
「すごいよな。それに、常に軍の先頭に立って戦っているんだから」
「そして、あのティリー公を倒してしまったってんだからな」
騎士見習いAと騎士見習いBは、先日のミンツブルクの戦いの噂で夢中になっている。
そこに騎士見習いCも加わった。
「おい、皇帝陛下がティリー公に与えた指輪の話、知っているか」
「確か魔力を集めるっていう指輪だろう」
と、騎士見習いAが答えた。
「その指輪が少年王に奪われたらしいよ」
と、騎士見習いC。
「何っ」
「本当か。それってまずくないか」
騎士見習いAとBは驚いて言った。
「ああ、皇帝陛下秘蔵の魔導器だから、ものすごい力を秘めているんじゃないか。しかし、これで少年王を倒せる者は、やはりシュタインボルト様しかいなくなったな」
と、騎士見習いC。
「でも、シュタインボルト様は陛下に嫌われているからな」
と、騎士見習いBが言った。
「ところでシュタインボルト様お気に入りのクロトだけど、アイツのところに陛下からの使者が来たんだ」
と、騎士見習いAが言った。
「本当か!クロトの奴、皇帝陛下とまだ関係が切れていなかったのか」
と、騎士見習いB。
「それもコソコソと隠れて会っていたんだぜ。あれは絶対良からぬことを企んでいるな」
と、騎士見習いA。
「オレ、ちょっとクロトに探りを入れてみようか?」
と、騎士見習いCが言うと、
「やめとけよ、それだけは」
と、それまで黙っていた騎士見習いDが言った。
「クロトは見ての通りあの美形ぶりだろ。アイツに興味を持って色々調べた奴がいたんだよ。で、その調べていた奴はどうなったと思う」
「どうなったって、……まさか」
と、騎士見習いC。
「そう、そのまさかだ。そいつは死んだよ。館の池にプカプカと浮いていたのさ」
騎士見習いDの言葉に、ゴクリと唾を飲み込む騎士見習いC。
「それにクロトはここにはいないぜ。朝から姿が見えない。俺たちも余計なことに首を突っ込まないで、仕事しようぜ」
騎士見習いたちは無言になった。シュタインボルトはその場を離れた……
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