英雄の凱旋
「アステル、目を開けて、アステル」
リコが必死になってアステルに呼びかけている所に、フィンデガルドの三人が駆け寄る。
「リコ様、失礼します」
フロドがリコに断りを入れ、マリンと一緒にその体をアステルから引き離した。
「ちょっと何するの、離して」
リコがそれを振りほどこうと抵抗する。
「リコ様、落ち着いてください」
イブンがアステルの様子を見ながら言った。
「これは氷の魔法。心の臓が凍っていますね。ですが……大丈夫。陛下は生きています」
おおっ、とフロドとマリンは歓声をあげる。
「え……生きてるの?ホント?」
リコはまだ半信半疑だ。
「氷の魔法を唱えた術者、つまりティリーは死んでいます。ということは、この魔法も徐々に消えていきますよ。それにリコ様がアステル様に注いだ風の魔法力。そのおかげで落下の物理ダメージも最小限に抑えられています。出血はしていますが、致命傷ではないでしょう」
淡々と説明するイブンに、リコはなんだか腹がたってきた。
「適当なことを言っているんじゃないでしょうね。アステルにもしものことがあったら、承知しないわよ」
「いやはや、まいりましたね。リコ様に落ち着いてほしくて説明しているのに……でも大丈夫です、陛下は助かります」
「そう、分かったわよ」
完全に納得したわけでは無さそうだが、イブンの説明ですっかり落ち着いたリコは、いまだに自分の腕を掴んでいるフロドとマリンをジロリとにらみつけた。
フロドとマリンは慌てて手を離し、
「失礼しました!」
と言って、直立不動の姿勢を取った。
指揮官を失ったティリー軍は完全に戦意を無くし降伏した。
ついにミンツブルク城は解放された!
「さあ、英雄の凱旋だ!」
集まってきた諸侯軍の騎士たちは、まだ意識が朦朧としているアステルを担ぎ上げると、ミンツブルク城に入城して行く。
「ケガ人にあんなことしていいわけ?」
「……たぶん、いや、あれはいけないでしょう……」
リコに言われ、イブンは笑うしかなかった。
「今日は戦場での、魔導士との戦い方を教えてやる」
目の前で先生が喋り出した。
「魔法は強いぞ!例えば炎の魔法をいきなり見せつけられたら、みんな怖いよな?怖くなって、みんな逃げちゃうよな?そうだろ?」
生徒たちはみんな、そうだそうだ、と口々に言う。
「魔法は防ぎようがないんですか?」
生徒の中にいた賢そうな男の子が言った。あれはイブンか。イブンのやつ、騎士見習いでもないくせに、よくこの集まりに参加してたっけ。
「魔法は防げるよ」
先生がサラリと言うと、えーどんな方法?と、子供たちから声が上がる。
「魔法は魔法で防ぐんだ。『魔法シールド』っていう。シールドを張れば、魔法はその威力を発揮しないんだ」
「じゃあ、俺たちダメじゃん」
お、あれはマリンか。
「そうだな、君たちのほとんどは魔法を使えない。そもそも魔法を使える者は一握りの位の高い者たちだ。数はそんなに多くないんだ。だが、戦場ではその一握りの魔導士が一方的に攻撃する権利を持っている」
ここで先生はみんなを見た。みんなポカンとしている。それはそうだ。権利だって?みんなは分からないよな。
先生も気づいたみたいだ。
「権利って言葉は難しかったかな。うーん、ジャンケンで言うとチョキだな。魔法を使える者はチョキ。魔法を使えない者はパー。だからパーはチョキに勝てない」
「オレたちは一生パーのままですか?」
生徒の中で一番年長の男の子が言った。フロドだな。騎士見習いの中で最年長だったよな。
「残念ながら、パーのままだ。君たちは一生パーだ」
先生はためらいもせず言った。余計な気遣いがないところが、先生の良いところだ。
当然、みんながっかりした。そりゃそうだ。魔法を使えない者は一生勝てないんだから。……ボクは違うけど。
「まあまあ、そんなにがっかりすることもない。君たちはパーのままだが、チョキをグーに変えればいいんだ」
先生の言葉に、えっどう言うこと?と、声があがる。
「チョキをグーに変える……それは上手く隙をついて攻撃したり、動き回って攻撃を避けたり、そういった技を使って魔導士を慌てさせる。それは簡単なことではない。でも不可能ではない。……そこで必要になるのは君だ」
先生はボクを指さした。
「チョキをグーに変えるのは簡単ではない……魔法が使えない、いわば丸腰の人間が魔導士に立ち向かうのは難しい。だからこそ、君の魔法で皆を助け、悪い魔導士に立ち向かうんだ。君の魔法は魔導士をやっつけるのに使うんじゃない。みんなを守るために使うんだ。そして、みんなで協力して敵を倒すんだ。いいね」
みんながボクを見る。当然だ。ボクがこの中で一番エライからな。
みんなをボクが守る。当然だ。ボクがこの中で一番エライからな。
ボクはハイ!と大きな返事をした。
「ところで先生は魔法が使えるの?」
ボクは二番目に聞きたいことを先生に聞いた。
「あはは、それ、ここで言わなきゃダメ?」
教えて教えて、とみんなが言う。あー、先生の困った顔。
「先生も魔法はちょっと使えるんだ。だけど全然役に立たない弱っちい魔法さ。だから魔導士ランキングでいうと、下っ端。それも底辺だ。だから日々考えているんだ。どうやったら魔導士を打ち破れるのか。その方法をね」
先生……あれはシュタインボルト?そして、オレの……父親?
アステルは目が覚めた。
「また夢を見ていたのか……」
痛む頭を押さえながら、アステルは周りを見た。
「また見覚えのない所に来たな」
「気づかれました?」
「おっ、ミリア」
こちらは見覚えのある顔だ。
アステルはホッとした。
「先程からリコ様と、イブン様がいらしてますよ」
「何、これは妙な組み合わせだ」
アステルは二人を呼んだ。
リコはなぜか怒っている様子。イブンはなぜかバツが悪そうな顔をしている。
「私はこれで……」
リコを避けるように、ミリアが部屋を出ていった。
ミリアのことも気になるが、二人のことも放っておけない。
アステルは二人に声をかけた。
「どうした、二人共」
「どうしたもこうしたもないわ。このイブンっていうあなたの親衛隊員、すごく適当なのよ」
「適当……?それはどういうことだ」
アステルが聞くと、イブンは慌てて否定した。
「あわわ、適当ではありません。確かにちょっと知ったかぶりをして、リコ様には申し訳ないと思います。でも、ほらこの通り、陛下はピンピンしているではありませんか」
「どーだかねー」
と、リコは意地悪そうに言った。
「さっきから心配そうに、アステルの病室を覗きこんでいたでしょうが」
「それは臣下として当然のことをしたまで。心配はしていましたが、絶対に良くなると信じていました」
「どーだかねー」
そんなリコに、アステルはきっぱりと言った。
「イブンは私の最も信頼する部下の一人だ。彼の言うことは常に真実に近い。と、私は思っている」
「陛下、ありがとうございます」
イブンは深々と頭を下げた。
「それと、リコ」
「何?」
「あの話……」
「えっ」
「心に留めておいてくれないか。私は……いや、オレはいつ死ぬか分からない。オレは一人。兄弟もいない。オレが死んだら、あとを託す人はリコ、君しかいない」
「……やめてよ、そんな話」
「いや、やめない」
「そんなに心配なら、後ろに下がって戦えばいいでしょ」
「それはできない。オレだけ安全な場所にいて戦うなんてできない」
「も~、勝手にして!」
リコは怒って部屋から出ていってしまった。
「陛下……」
横で聞いていたイブンが、心配顔で立っている。
「大丈夫だ。別に死に急いでいるわけじゃない」
アステルはギュッと拳を握りしめた。
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