落ちてきた少年王
「フロド隊長!あれを!」
イブンが前方を指さした。
フロドとイブンが、アステルと別れた地点まで戻ろうと馬を走らせる。
氷の壁の大部分が崩れ去り、その間隙から諸侯軍が攻め込み、壁の中にいたティリー軍と戦いを繰り広げていた。
さらにイブンが興奮して叫んだ。
「あれはフィンデガルドの旗です!」
その旗を掲げて戦っているのはマリンだ。
「あいつ、無事だったんだな」
フロドとイブンは敵を蹴散らしながら、マリンの元に駆け寄る。
「マリン!大丈夫か」
「フロド隊長!それにイブンも。不肖このマリン!元気いっぱいでございます!」
「戦況はどうなっている」
フロドが聞くと、
「氷の壁が崩れ落ちたことで、ティリー軍の戦意はかなり落ちちゃってます。それに、あれを見てださい」
と、マリンは崩れ落ちた壁を指差した。
そこには、砕け散って何基にも折り重なった壺があった。フロドとイブンを追いかけ、また必死に戻っていったあの壺だ。
「さすがに間に合わなかったのですね」
イブンは胸に手を当て、しばしの祈りを捧げた。
「もういいだろ、敵のために祈ったってしょうがないぞ。俺たちはアステル様を探さなきゃいけない」
マリンが文句を言った。
「よし、ここの戦いは皆に任せて、オレたちはアステル様の元に向かうぞ」
フロドの号令のもと、マリンとイブンはアステルと別れた地点まで戻り、さらに中心部へ向かった。
そこには、一人空を見上げているリコが立っていた。
「リコ様!無事でなにより」
フロドが呼びかけるも、リコは振り向きもしない。
「どうしたのだリコ様は。マリン、イブン、様子を見てこい。オレは周囲を警戒する」
マリンとイブンはリコの元に駆け寄る。
「リコ様、どうかしましたか」
マリンが呼びかけるも、リコは相変わらず空を見つめたままだ。
マリンは首を傾げ、イブンも首を横に振った。
「もしもーし、リコ様!聞いていますかー」
マリンが声をかけ続けると、それまで空を見ていたリコが、二人に向き直った。
明らかな怒りの顔だ。
「うるさいわね、アンタたち!こっちが集中してアステルを探しているんだから、邪魔しないでよね!」
そう言うと、リコは再び空を見上げた。
「陛下が空の上に?」「お空を飛んでいるとか?」
イブンとマリンも空を見上げる。
「アステル様が空の上だって?」
周囲を警戒していたフロドも、リコの元へ駆け寄ってくる。
「アステルは空の上にいるわ」
リコが言った。
「それは……アステル様が死んでしまった、ということですか?」
フロドが確かめるように聞くと、
「勘違いしないで。アステルは死んでいないわ。私には分かるの。かすかだけど、アステルの気配がする。今、私の風魔法でアステルの居場所を探しているの。アステルほど魔法力が強くないから上手くいかないけど、でも、だんだんと近づいてくるのを感じる」
「陛下はこちらに向かって落下している、ということでしょうか」
イブンがリコの発言を引き取った。
「それが本当なら、いかにアステル様でも地面に突っ込んでぺちゃんこだぞ!」
マリンが言うと、
「落ちてくる陛下を我々が受け止めるなんてことは無理ですし、そうすると……」
と、イブンはリコを見た。
フロドとマリンもリコを見つめる。
「そうね、私が魔法でアステルを受け止めるしかないわ。まず落下地点がどこかだけど……ダメね、全く分からないわ。近づいてきているのは、感じているのだけど……」
リコが悔しそうに言った。
「ヤバいぜ、どーするんだよ」
マリンが言うも、フロドは思案顔。リコは悔しそうに空を見ている。
「……陛下のことは正直分かりませんが、ティリーも一緒だとすれば、そこにヒントがあるかもしれません」
「どういうこと?」
リコがイブンに質問する。
「もし陛下とティリーがこの空の上で戦っていたとして、このまま地面に落下すれば無事ではすみません。ですので、何らかの対策を取るのではないか、と」
イブンは続けて、
「ティリーの魔法力は強力です。リコ様、陛下の気配を探るのではなくて、ティリーの魔法力を探すことはできませんか?」
と、リコに言った。
「それは……ちょっと嫌かも」
リコは瞬間、嫌そうな顔をした。
「でも手掛かりはないし、分かったわ。あなたの助言に従います」
リコは改めて集中した。
「氷の魔法を感じたわ。こっちよ」
リコが駆け出した。続いて三人も後を追う。
そこは、先ほどの場所からさほど離れていない場所だった。
「あれを見て」
リコが言う方向を見ると、空中を氷の塊が浮いている。
「あの氷で受けとめようっていうのか。それは無茶だろう」
マリンが言うと、それを聞いていたかのように空中に浮かんでいた氷が、サーッと雪のように細かくなった。そして幾重にも積み重なり、厚みを帯びていく。
「確かにあの雪みたいな状態なら、受け止められるかもしれないな」
マリンはびっくりしながら言った。
「ティリーがここに落ちてくるとして、果たしてアステル様が一緒なのか……」
フロドが心配そうに言う。
リコたちはアステルが落ちてくるのを待った。それはひどく長い時間のように感じられた。
フロドは、
「アステル様ー。ここですよー」
と、さかんに空に呼びかけ続けた。
マリンはフィンデガルドの旗を振り続ける。
イブンは黙って空を見つめる。
リコは……その時に備え集中している。
「来ました!」
イブンが叫んだ。
猛スピードで何かが落ちてくる!
「あれは三下ね」
リコが言った。その言葉に三人はリコを見る。
「ティリーのことよ!でも、いけない!アステルが下で、ティリーが上だわ。このままじゃ、アステルが下敷きになっちゃう」
「リコ様、陛下に力を!」
イブンの言葉に、リコはハッとした。急いで風の力をアステルに送る。
組み合ったアステルとティリーは、空中に浮かぶ雪のシールドを突き破り地面に激突した!
土砂が噴き上げ、土煙が舞い、その場にいた四人は衝撃で吹き飛ばされる。
何とか立ち上がりアステルの元に駆け寄った四人は見た。
落下した二人を中心に地面がえぐれ、そして円型に凹んでいた。
四人はすぐに駆け寄れなかった。
アステルがティリーの下敷きになり、押しつぶされていたからだ。
アステルもティリーも立ち上がってこなかった。リコは意を決してアステルに駆け寄った。
と、リコの足が止まった。
二人の体の下から血が流れてきたのだ。
二人は重なって倒れていた。上がティリーだ。
リコはティリーの体をアステルの上から退かそうと、力を入れた。だが、ティリーは重くてリコの力では動かない。
フィンデガルドの三人が、何とかティリーの体をアステルから引き離した。
ティリーはすでに息をしていなかった。
アステルの鎧は血で染まっていた。
「アステル、アステル」
リコがアステルの体をいくら揺すっても、アステルは目を開けない。返事もない。
「死んじゃ嫌、アステル。せっかく会えたっていうのに、死んじゃイヤだよ」
その時、リコの涙で霞んだ目に、アステルの手がかすかに動くのが見えた。
「あ……まだ生きてる」
リコがアステルの手を握りしめると、アステルのまぶたが、かすかに開けられた。
「リコ……頼みがある……」
「なにっ、なんて言っているの?」
か細い声を聞き逃さないように、リコはアステルの口元に耳をよせた。
「オレが死んだら……フィンデガルドに行って……国を治めて欲しい……民のために……頼む」
「何を……言っているの?アステルはまだ死なない!」
リコはアステルの手を思いっきり握りしめた。
「……ハンカチ……大事にしてくれ……」
それだけ言うと、アステルは喋らなくなった。




