イブン、大いに焦る
「ここです」
イブンが壁の前で止まった。フロドが辺りを見回す。そこは何の変哲もない、ありきたりの普通の氷の壁であった。
「詳しい話は後です。今は時間がありません」
「よし!分かった。やるぞ!」
イブンとフロドはかけ声と共に、氷の壁に向かって槍を繰り出した。
ガキッという音とともに、長槍が氷の壁に突き刺さる。
二人が攻撃した場所が青く輝くと、目も開けられないほど光り輝いた。
思わず目をつむるフロドとイブン。
光が収まり、なんとか目を開ける二人。攻撃した氷の壁は、そこだけ何もなく、ガランとした空洞がそこにあった。
「これは……確かに手応えはあったはず」
フロドがイブンの方を向くと、
「ええ確かに。しかし何もいませんね」
と、イブンも困惑顔だ。
その瞬間、ガラガラ!と氷の壁に亀裂が入ったかと思うと、二人の立っている場所から氷の壁が崩れだした。
ウワ~、という悲鳴にも似た叫びが頭上から聞こえてきたので、二人は上を向いた。
五基の壺がこちらに向かってきているも、壁の崩落の前に急いでブレーキをかけているようだった。ガチャガチャと、お互いがぶつかりながら止まる壺。そして、慌てたように元の方向へ猛スピードで帰っていく。その壺を追うように、壁が崩落していった。
その様子をフロドとイブンはただただ見ていた。
「あれは時間の問題だな」
フロドがポツリと言うと、
「このままほっとけばいい」
と、イブンもポツリと言った……と思ったら、言ったのはイブンではなかった。
「えっ、誰?」
イブンがキョロキョロと辺りを見る。
しかしそこには、イブンとフロドしかいない。
「ああっ!」
と、フロドが叫んだ。
「フロド隊長、どうしましたか?」
イブンが聞くと、フロドはイブンの方を指さす。
「どうかしましたか?」
イブンが訪ねてもフロドはただ指さすばかりだ。
イブンが自分の体を触っても、特におかしなところはない。
「肩だよ。お前の右肩だ」
やっと言葉を発したフロド。
「肩ですか?」
イブンが己の右肩を見ると、先ほど触った時には何も感じなかったのに、今は右肩に、ちょこんと女の子の人形が乗っていた。
人形は可愛らしい青い頭巾をかぶった、青い目をした人形だった。
その人形が喋りだした。
「私は雪の女王よ」
「雪の女王?」「雪の女王!」
フロドとイブンは同時に声を上げた。より驚いていたのはイブンの方だった。
「雪の女王様、私なんぞの肩にお座りにならなくてもよいのです。ああ、どこかにお座りになられる腰掛けがないものか……そうだ、この上にお座りください」
イブンは己の兜を取り外すと、地面に置き、その上に座るように雪の女王にうながした。
「そう?この肩もなかなか座り心地が良かったのよ。だけど、せっかくだから座らせてもらうね」
雪の女王はピョン!とイブンの肩から飛び降りると、地面に置かれた兜に向かってスタスタと歩き出した。そしてまた、ちょこんと兜の上に座った。
「雪の女王様、先ほどは攻撃をしてしまいご無礼をいたしました」
イブンはハハーと、地面に頭をこすりつけて平伏する。
「た、隊長も早く謝りなさい!」
ポカンと突っ立っているフロドに向かってイブンが怒鳴る。
「え、ああ、申し訳ございません、雪の女王様」
イブンの勢いに押されてフロドも膝をつき、地面に頭をつけない程度に頭を下げた。
「コラッ、フロド!頭が高い!」
イブンはフロドの頭を地面に押し付けた!
「痛!クソッ、イブンの奴……」
不服そうな顔をしたフロドだったが、イブンの尋常ならざる態度にそのまま平伏し続けた。
「無礼ってことはないよ。おかげであの三下から逃れることができたんだから」
雪の女王は不快そうに言った。
「あの~、三下から逃れた……と言われますと?」
イブンが聞くと、
「うん、三下とは、敵に見つかるまでは私の魔法力を分け与える、という契約を取り交わしたの。だから、あなた達に攻撃された、それを持って三下との契約は終わったの」
「そうだったのですか。三下とは、もしかしてティリー公爵のことでしょうか」
「あんな奴が公爵ですって?笑っちゃうわね。あんな奴、どこまでいっても三下よ」
そこまで言うと、雪の女王は兜からピョン!と地面に飛び降りた。
「さて、私も行かなくちゃ。しばらく壁の中にいたから、退屈でしょうがなかったよ」
歩き出した雪の女王だったが、ピタッと足を止めると、二人の方を振り向いた。
「言っておくけど、私の力がなくても、あの三下は強いわよ。あのルドラの加護を受けている王様は大丈夫かな?」
そう意地悪そうに笑うと、またスタスタと歩いて、そして消えてしまった。
雪の女王が見えなくなったのを確認すると、イブンはその場に崩れ落ちた。
「た、助かった……」
その様子を見てフロドは思わず吹き出した。
「イブン、さっきから何を焦っているんだ。あんなちっちゃい妖精?相手にさ」
イブンは冷ややかな目でフロドを見た。
「もう、これだから無知は嫌ですね。いいですか、だいたい我々みたいな魔法力のない人間が、あれ程までにハッキリとその姿形が見られて、なおかつ意思疎通もできるってことは、あの氷の女王の魔法力はとんでもないものです。ちょっとでも怒らそうものなら、我々は凍らされて氷漬けにされてましたよ。よかった~無事で」
「そ、そうか。馬鹿らしいとは思いつつも、お前の真似をしてかしこまっていて正解だったよ。ではこれからアステル様を助けに行こう」
「我々が行ってどれだけ手助けになるか分かりませんが、行きましょう」
フロドとイブンは馬を走らせた。
「さて、立派な氷の彫像が出来上がったわ。題名は……さしずめ『少年王と王女の悲しき別れ』といったところね」
ティリーは氷の塊の前でご満悦だ。
「お城のどこに置きましょうか。玄関に置いて客を驚かせるのも良いし、寝室に置いてこの像を独り占めするのも良いわね。ああ、楽しみは広がるわー」
(客をもてなすのに使うのだったら、大広間に置いてくれ。そうすればあなたの城に訪れた方々に、皇帝の非道を訴えることができる)
「何!この声はまさか!少年王?」
ティリーはハッとして氷の像から後ずさった。
「まさか、頭に直接響くこの声は……」
(そうだ、そのまさかさ)
ティリーの目の前で、氷の像にヒビが入り始める。
「そんな……まさか雪の女王を?」
溶け始めた氷の像から大量の水蒸気が立ち昇り、辺りは何も見えない。
水蒸気が消えたその場には、リコを両手に抱えたアステルの姿があった。
「そんな馬鹿な。まさか雪の女王の力を打ち破ったとでもいうのですか」
「ああ、そうさ」
アステルはリコを安全な場所にそっと横たえた。
「信頼する親衛隊が、雪の女王とお前の繋がりを断った!もうあなたは雪の女王から魔法力をもらうことはできない」
アステルは剣を抜くと、ティリーに向けた。
「さあ、ティリー!決闘だ!」
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