リコ様突撃
空が暗くなってきた時分に、親衛隊の三人はアステルに呼ばれてテントの外に出た。
月明かりに照らされたアステルとエルザは、馬にまたがり出かけようとしていた。
「アステル様、エルザ様。これからどちらへ?」
フロドが怪訝そうに尋ねた。
「明日以降の戦いに備えるため、これから諸侯のところに行ってくる」
アステルがそう言うと、
「私は陛下が無茶をしないように、お目付け役で同行します」
と、エルザは淡々と言った。
「明日じゃいけないんですか?お偉いさんたちは、もう寝ちゃってますよ」
マリンがおどけて言うが、エルザに睨まれて慌てて口をつぐんだ。
「まあ、とにかく、だ。お前たち、何かあったらよろしく頼む」
「お任せください!」
三人は威勢よく答えた。
「さて、アステル様たちも行ってしまいましたし、ひと眠りしますか」
イブンがあくびを噛み殺しながらテントに戻ろうとする。
「ちょっと待ってイブン。これから長くなるぞ」
フロドに呼び止められたイブンは、えっ、と怪訝そうな顔をした。
「長くなるってどういうことでしょう?」
イブンが尋ねるとフロドがそれに答えた。
「お前は新米騎士だから分からないかもしれないが、戦場に着いたばかりの夜はあるんだな、これが」
「思った通り、諸侯たちは進んで戦う気はないようですね。あの氷の壁を見れば致し方ないことでしょうが」
諸侯たちと顔合わせを終えたばかりのエルザが言った。
「諸侯たちが乗り気じゃないのは、今に始まったことじゃない」
アステルとエルザは、馬をゆっくりと進ませながら話す。
「ここは我らが先陣を切るしかないな」
「やはりそう来ますか」
予想通りのアステルの言葉に、苦笑するエルザ。
「陛下、少しは外交というものを学んでください。我々が先陣を切ればいいというものではありません。自分たちの戦力を温存しながら、味方を巻き込む。そのような戦略が必要です。そもそも共同で戦う時は……」
「はいはい、わかってますよ」
アステルは慌ててエルザの言葉をさえぎった。
「陛下、ちゃんと私の言うことを聞いてください」
「聞いているさ。私だってちゃんと考えて発言しているんだ。夜が明けたらちゃんと諸侯会議を開いて話すから」
「本当ですか。会議の場に私が同行できるとは限りません。これに関しては陛下にかかっていますよ」
「わかったから。さ、もういいだろう」
アステルはうんざりした表情で言った。
辺りが月の光に照らされ、闇が少し明けてきた。
アステルが空を見上げると、今まで月を隠していた雲が流れて、月の光が辺りを照らしている。
「よく見れば今日は満月だったのか。……夜襲にはもってこいだな」
アステルがボソッと言うのを、エルザは聞き逃さなかった。
「陛下、私の言うことを聞いていましたか!絶対!諸侯たちと共同で攻めてください」
「わかったわかった」
アステルは話を切り上げて馬の歩みを進めた。しかし、パタッと馬の足が止まった。
「お、どうした」
アステルは馬の様子を見て、さらに周りを見た。
……前方に、居た。
月明かりに照らされ、仁王立ちでこちらを待ち受けている。
「あいつは……リコ?!」
「待ってたわよ、アステル」
リコは不敵な笑みを浮かペている。
「あなたとは、話したいことがいっぱいあるんだから」
「おいおい、私の方は特に話すことなどない」
「私の方にはあるの!それに何、その喋り方。私の前なんだから、そんなかしこまった言い方はしないでよね」
「そうは言ってもな……」
困った顔をするアステル。
「だいたいアステルは……あっ、エルザ!」
アステルの後方から姿を現したエルザを見て、リコは思わず叫んだ。
「エルザ……私……」
さっきまでの威勢はどこにいったのか、口ごもるリコ。
「……リコ様、先ほどは長時間失礼しました。お詫びと言っては何ですが、いいですよ」
「えっ!」
リコは聞き返す。
「だからいいですよ。私は向こうに行っておりますから、アステル様と存分にお話しください」
「エルザ、いいの?」
驚いたように聞き返すリコ。
「ええ、良いですとも。さあ陛下」
アステルをうながすと、エルザはその場を離れた。
「おい、エルザ。……仕方ないな」
アステルがリコの方を見ると、リコは満面の笑みを浮かべていた。
「アステルは何で私からいつも逃げるの?」
「えっ」
と、アステルはリコの方を見た。
「逃げてなんかいないさ」
アステルはリコから顔をそらして言った。
「逃げているわよ。さっきだって、そう。私が何か言いかけると、すぐに逃げちゃう」
「そんなことないさ。ほら、今だってちゃんと聞く姿勢になっているだろ」
「それは私がちゃんと聞いてって言ったからでしょ。いつもはそうじゃない」
「そんなことない。そうやってお前がいつも口やかましいから、話すのが面倒くさくなるんじゃないか。それに……」
言いかけて、アステルは口をつぐんだ。
「それに、なに?」
リコは聞き逃しはしない。
アステルは黙っている。
「アステル、言って。それに、なに?」
リコはアステルに圧をかける。
アステルはリコを見て、また横を向いてしまった。
リコはじっと何も言わず、アステルの言葉を待っている。ただし、アステルに対して圧をかけ続けている。
ハー、とアステルは軽くため息をついた。
「わかった。言うよ」
アステルはリコの方を向いた。
「言われたんだよ、リコが似てるって」
「似てるって誰に似てるって?」
「誰に言われたか忘れたけど、リコが母上によく似てるって言うんだ」
「アステルのお母様に、私が?」
リコは目をまるくした。
「まあ、確かに、ね。アステルのお母様は、私の母上のお姉様。つまり私の叔母様だから、そりゃ、似てるかもしれないわね。でも、そんなことこれまで一回も言われたことはないわ」
リコは右手の人差し指をあごに当てて、うーん、と考えている。
「もし私がアステルのお母様と似てるとして、それの何が問題なの?」
「だって嫌だろ」
「何が?」
リコが不思議そうに聞いてくる。
「だって嫌だろ。母親に似てるから、お前に話しかけていると分かったら」
「うーん」
と、首を傾げるリコ。
だんだんとアステルの表情がいら立ってくる。
「別に。そんなこと思わないよ」
「オレは嫌だよ。周りからマザコンだって思われるのは嫌だよ」
「あ、今オレって言った」
指を差しながらニコニコ笑うリコ。
ムスッとするアステルと、そんなアステルを可笑しそうに見ているリコ。
「誰もマザコンなんて思わないし、もし思われたっていいじゃない」
アステルはプイッと横を向いてしまった。
「大変です、陛下!」
アステルがムスッと、リコがニコニコしているところにエルザが飛び込んできた。
「おや、これはどういう……」
二人の表情を見て、何かを感じ取るエルザ。
「あー、エルザ。いいんだ。で、どうした」
アステルがエルザに聞く。
「あ、はい。我が軍の野営地に、ティリー軍が襲撃とのことです。陛下、ここは早く戻られた方が……」
「そうだな。悪いな、リコ。また今度な」
このチャンスを逃してなるものか、とばかりに、アステルは素早く馬に乗るとさっさと行ってしまった。
リコは特に止めようとはしなかった。
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