お騒がせリコ様&おじいちゃん子イブン
アステルはその女騎士に見覚えがあった。彼女の母はアステルの母の妹、バジルバーン侯爵夫人だ。つまりアステルは、彼女とはいとこ同士にあたる。名前はリコ。
「アステル、やっぱり来てくれたのね。ありがとう」
「リコ、大丈夫か?まさかバジルバーンが参戦しているとは思わなかった」
「うん、ミンツブルクの危機に周辺諸侯が駆けつけたんだけと、敵の力が強すぎて、ただ遠巻きに城を眺めているだけだったの。でもそれじゃあ悔しいじゃない。それで、私と何人かの騎士で城を偵察に来たんだけと……あの雪の精に襲われてしまって……」
そこまで言うと、リコは何も言えなくなってしまった。言葉の代わりに、嗚咽が止まらなくなる。
普段のリコはその美しいブロンドの髪をなびかせて、お嬢様育ちらしく喜怒哀楽のはっきりとした性格で周りを翻弄していた。だが今は、その整った顔を伏せ、目に涙をためている。
アステルはリコに近づくとハンカチを取り出した。
「……涙」
「えっ」
「涙、出ているよ」
アステルはリコにハンカチを差し出すと、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「ありがとう」
リコは涙を拭くと、涙でクシャクシャになったハンカチを見た。
「キレイなハンカチね……、洗ってからちゃんと返すね」
「いいよ、返さないでも」
「でもこれって、アステルのお母様のものじゃ……」
「いいさ、リコにあげるよ」
「ちゃんと返すからね」
「好きにしろっ」
アステルは行ってしまった。
「あっ、待って」
アステルの後を追おうとしたリコだったが、エルザに呼び止められた。
「リコ様、少し?」
「うっ……エルザか……しょうがないわね」
幼いころより口うるさいエルザは苦手だったが、今は非常時だ。しかたなくリコはエルザと話をすることにした。
「リコ様、敵の数・物量・配置など、知っていることは全て教えてください。我らには情報が少なすぎます」
「私も詳しいことはわからないわ。詳しく聞きたいなら、バジルバーン軍まで来て、将軍たちと話してちょうだい」
「そうはいきません。少しでも早く敵の情報を知り、対策を立てなければ」
「でも、私はアステルに用事があるの!」
「後でゆっくり時間を作りますから」
リコは強引にエルザに連れて行かれた。
……イブンは隊を離れ、一人氷の壁の調査をしていた。だが、氷の壁に近づきすぎると雪の精の攻撃を受ける可能性がある。イブンは遠くから氷の壁を見つめると、付近にある民家に聞き込みを開始した。そして、最後にとある建物を訪れた。ミンツブルクに住んでいる、錬金術師の家だ。
イブンは家の扉を、トントンとノックした。だが、返事はない。再びノックする。相変わらず、中から返事はない。
「おじいちゃん、いるんでしょ!開けて!おじいちゃん」
イブンはドンドンと扉を叩く。
「いないのかな〜」
イブンが扉から離れ、辺りをキョロキョロすると、バンッ、と扉が開け放たれ、背の低い白髪の偏屈そうな爺さんが一人現れた。
「おじいちゃん、やっぱり居たじゃないか」
イブンが笑顔で駆け寄ると、
「待て!」
と、老人が手を前に出して、イブンをストップさせる。
「なんでだよ、おじいちゃん。せっかく可愛い孫が訪ねて来たのに、そんな風に照れることないじゃないか」
相変わらず親しげに話すイブン。それとは対照的に表情が険しい老人。
「確かにイブン、お主はワシの孫じゃ。だがお主の父親は我がバトゥーダ家を捨てて、ルシュド家に婿入りした親不孝ものじゃ。だからお主の父親とは縁を切ったのだ。と言うことは、すなわち孫であるお主とも、ワシの縁は切れておる。それに……」
老人はジロジロとイブンの格好を見る。
イブンは全身に鎧こそ着ていなかったが、金属製の胸当てを装着している。
「錬金術師を辞めて騎士になったお主とは、やはり相容れぬわ」
しかしイブンはあっけらかんとして、
「やだな、おじいちゃん。騎士になったって、今でも錬金術の研究は続けているんだよ。ほら見てよ、この鎧。ボクが作ったんだよ。今までの鎧より軽くて丈夫で、しかも魔法に対する耐性まであるんだ。すごいだろ」
それを聞いて、さらに老人の表情が険しくなる。
「そんな自慢話をするために、ここに来たのか」
「あーごめん、おじいちゃん。ここに来た理由は氷の壁のことについて聞きたいんだ」
「氷の壁?あのミンツブルク城を囲む壁のことか」
「おじいちゃんのことだから、あの氷の壁も定点観測しているでしょ。何か新しい事象があると、何でも定点観測するのがおじいちゃんだからね」
「まあ確かに。定点観測はしているぞ」
「あの氷の壁は、魔法で作られたと思うのだけど、今でも氷の壁は大きくなっている?それとも、もう大きくならないの?」
「そうじゃな、一度、城を三重に囲むまでは大きくなった。だがその後は縮む一方で、その後は増えたり縮んだりした。しかし増えても、最初の三重の長さを超えることはないな」
「やはり有限な魔法力で作られている、ということか……もう一つおじいちゃん、あの氷の壁がどの場所から生まれたか分かる?」
「氷の壁のスタート地点ということか?大体の場所なら分かるが……ワシも気づいた時には、だいぶ氷の壁は完成しとったからな。……お主に教えてやれるのは、それくらいかの」
老人はイブンに、氷の壁の生まれた場所を説明した。
「ありがとう、おじいちゃん。じゃあ、また遊びに来るからね」
イブンが帰ろうとするのを、
「待て」
と、老人は止めた。
「イブン。お主はルシュド家の一員ではあるが、このゲリ=バトゥーダの血も引いておる。その誇りを忘れずにな」
「ありがとう、おじいちゃん」
イブンは何度も振り返り、手を振りながら去っていった。
「気に食わぬ息子の子供だが、やはり孫は可愛いものじゃ。だがこのままルシュド家が名声を博すのも癪だ。今に見ておれ!このバトゥーダ家が、錬金術師の中で最高の家だということを証明してやるわ!」
……リコが解放されたのは、三時間後だった。
「さすがに疲れた……」
がっくりとうなだれるリコ。
だがすぐ気を取り直し、アステルを捜し始める。
時刻は夕暮れ時、辺りにはフィンデガルド騎兵がいて、騎士たちが休息を取ったり、馬の世話をしていたり、皆思い思いの時間を過ごしている。
ハンザから進軍し、ミンツブルク城を囲む氷の壁が見える位置に、陣地を設営したのだ。
アステルはフィンデガルド軍の総司令官。そのテントにはフィンデガルド王家の、剣に二匹の狼の旗が掲げられている。どこからでも良く見える位置に、そのテントはあった。
「アステル、入るわよ」
返事も聞かず、勝手にテントの中に入るリコ。
中にはアステルの姿はなかった……が、そこには一人の少女がいた。
「……あなた、誰?」
「えっ、わ、私……」
リコの強い口調に、あたふたする少女。
「わっ、私はアステル様の……」
「何っ、聞こえない!」
「……」
答えられない少女に対し、リコは大きくため息をついた。
「どこの誰だか知らないけれど、早く出て行って!」
「う……はい」
リコの迫力に押され、少女はテントから出て行こうとする。
と、ちょうどアステルがテントに入ってきた。
「何だ、どうした」
「あっ、アステル。聞いて!この女、いったい何者?」
「ああ、名前はミリア。ヌーベル村の出身で、今はフィンデガルド軍で保護している。彼女を生まれ故郷に届けるのも、今回の任務の一つだ」
続けてアステルが言う。
「彼女もやることがないというので、時々片付けを手伝ってもらっている」
「あなたの身の回りの?」
「まあ、そうだな」
「ふーん、そう」
リコはそう言うと、ミリアに向き直って、
「偉いわね、ミリアは」
と、冷たく言った。
それに対し、どう答えたものかとアステルとミリアが考えていると、
「私は行きます。それではね」
と、リコは出て行ってしまった。
「何なんだ、あいつ」
「……」
アステルは呆れ、ミリアはただ黙っていた。
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