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第30話 氷竜を砕く蒼き閃光


「──来るぞっ……!!」


 凱様の野性的な直感が、怒号となって私たちの耳を打ち抜いた。


 その言葉を待つまでもなく、霊峰の山頂を我が物顔で支配していた『氷室の暴竜』の巨体は、すでに尋常ならざる異変を纏っていた。


 顎を大きく開いたその巨大な口腔の奥底。そこには、周囲のすべての光や熱、さらには空間の存在そのものを根こそぎ吸い込み続けるかのように、不気味に、そして狂おしく明滅する光球が渦巻いていた。


 その光球が膨れ上がるたびに、周囲の気温は一瞬にして数度ずつ急降下していく。


 あれはおそらく、『氷室の暴竜』が放つ、最大威力の冷気ブレスの極限の溜め動作。


「くっ……!  あの規模のブレスをまともに食らったら、この霊峰の山頂ごと、俺たちも一瞬で跡形もなく凍りつきちまうぞ……!」


 凱様がその強靭な拳をぎりぎりと握りしめながら、凄まじいプレッシャーに身構える。


 圧倒的で理不尽なまでの死の気配が、私たちの全身を容赦なく締め上げた。


「……皆さん、下がって……!」


 私は必死で恐怖を抑え込み、一歩も引かない強い決意を宿しながら、前へと踏み出した。


「──『店舗顕現』っ!!」


 私が空間に向けて右手を大きく掲げ、魂のすべてを込めて叫んだ瞬間。


 凍てつく吹雪と殺気に満ちた霊峰の山頂の空間が、ふっと微睡んだように優しく歪んだ。


 パチパチとまるで温かな薪が爆ぜるような、聞き慣れた心地よい音が雪山の大気に響き渡る。


 次の瞬間、暴竜の放とうとする極寒の光球の前に、古風で温かな木造建築の居酒屋──『やどりぎ』が、実体を持って姿を現した。


 店の軒先では、どんな吹雪をも拒絶するかのように、あたたかなオレンジ色の光を放つ赤提灯がふわりと力強く揺れ、藍色の暖簾も、凍てつく風の中でパタパタとはためいていた。


「お嬢ちゃん、まさか……!?」


 凱様が目を見開き、私の意図を察して声を漏らす。


「はい、あのブレスを防ぎきるために、 全力で展開しますっ!」


 私は間髪入れず、手にしていた神恵堂のシステムから引き出した莫大な神恵のエネルギーを一気に注ぎ込み、呪文を紡いだ。


「──結界、最大展開っ!!!」


 私のその宣言と同時に、『やどりぎ』の店舗を中心とした周囲の空間を包み込むように、目に見えないほど高密度に圧縮された黄金色の霊的障壁が、眩い光のドームとなって一気に広がりを見せた。


「日鞠ちゃんも、そこにいたら巻き込まれるからこの中へ!」


「う、うんっ!」


 私に呼び掛けられて、慌てて日鞠ちゃんが岩陰を出て『やどりぎ』の障壁内に避難する。


 その直後だった。


「グルァァァァァァァ――ッ!!!!!」


 氷室の暴竜が、喉を引き裂かんばかりの狂乱の咆哮とともに、そのすべてを凍てつかせる最大威力の冷気の極限ブレスを、いよいよ解き放った。


 ズウゥゥゥン……ッ!!!


 暴竜の口から放たれたのは、直径十数メートルにも及ぶ、すべてを白色の光に変える圧倒的な冷気の奔流だった。それは空間そのものを凍結させながら、私たちのいる場所へとすさまじい勢いで突進してくる。


 バシィィィィン……ッ!!!


 激突。


 暴竜の放つ冷気のブレスが、『やどりぎ』の展開した黄金色の絶対障壁に直撃した瞬間、霊峰の山頂全体が激しい地鳴りと眩い光の爆発に包まれた。


 すさまじい衝撃波が周囲の巨大な氷柱を粉々に砕き散らし、視界のすべてが白銀の粉雪と冷気の嵐で完全に塗りつぶされる。


「う、うわぁぁ……ッ!」


 障壁の外側は、まるで地獄の底のような冷気の暴風が吹き荒れ、すべてを凍りつかせようと狂ったように暴れ回っている。


 けれど──。


「……っ……見てください……!」


 私が震える声を絞り出しながら指をさす。 


 私たちをすっぽりと包み込んでいる黄金色の霊的障壁は、あのごうごうと猛威を振るう暴竜の極限ブレスを前にして、一歩も引かず、わずかな亀裂すら入れることなく、そのすべてを弾き返し、完全に防ぎきっていたのだ。


「嘘だろ……あんな至近距離からの、山をも凍らせる最大威力のブレスを……この店と結界が、完全に無効化しちまった……っ!?」


 凱様は我が目を疑うように目を大きく見開き、その黄金色のドームを見上げていた。


 外側でどれほど暴竜が狂ったように冷気を吐き出し続けようとも、障壁の内側にある『やどりぎ』の軒先の赤提灯は、相変わらずあたたかなオレンジ色の光をぽかぽかと優しく灯し続けている。


「ふふ、素晴らしいね。千歳の店が築き上げたこの絶対の要塞が、私たちをこれ以上ないほど力強く守ってくれている」


 すぐ傍らで、蒼さんが、誇らしげで美しい笑みを浮かべながら呟いた。


「さあ……暴竜よ。散々西の領地を凍てつかせ、多くの民たちを苦しめてくれたその罪、そろそろ綺麗に清算させてもらうとしようか」


 蒼さんは静かに一歩、絶対障壁の縁へと歩み寄った。


 彼の纏う蒼き正装の裾が、まるで意志を持つかのように優しく、かつ厳かに翻る。


「全霊を込め、我が竜神の血統に誓う。我が怒涛の顕現を見よ」


 蒼さんのその低く響く凛とした声音が、静まり返った障壁の内側に響き渡った。


 瞬間──。


 悠然と構えた蒼さんの周囲の空間が、激しく波打つように歪み始めた。


 パァァァンッ……!  と乾いた美しい音が響き、彼の背後と両脇の虚空から、次々と姿を現したのは、眩い青色の光を放つ、無数の巨大な竜の鱗のような光の刃だった。


 その数は数十枚、いや、百枚以上にも及ぶだろうか。


 一枚一枚がまるで本物の竜神の身体の一部であるかのように神聖な圧力を放ち、それぞれが意思を持っているかのように、蒼さんの周囲の空間で青色の軌跡を描きながらふわり、ふわりと浮遊し続けている。


「──『天翔蒼破弾』」


 蒼さんのその静かな呟きとともに、彼の指先が前方へと優雅に振るわれた。


 シュシュシュシュシュッ……!!!


 次の瞬間、彼の周囲に浮かんでいた無数の巨大な蒼き光の刃が、まるで意思を持った無数の流星群のごとく、一斉に敵陣へと撃ち出された。


 ドォォォンッ、ドォォォンッ、ドォォォンッ……!!!


 無数の光の刃は、まるで生き物のように自在に軌道を鋭く曲げ、絶対零度のブレスを吐き終えて息を荒げていた氷室の暴竜の巨体を、あらゆる死角から一斉に取り囲むように襲いかかった。


「グオッ!?  ギガァァァァッ……!?」


 暴竜はあまりの物量で全方位から飛来する光の刃に完全に翻弄され、巨体を大きくのたうち回らせた。


 バキバキバキッ……!!!


 無数の蒼き光の刃が、暴竜の全身を覆っていた強固な氷の鱗を次々と粉々に粉砕していく。


 暴竜の巨体から、まるで冷気の血飛沫のように青白い魔力の粒子が激しく四散し、古の暴竜の巨体はもはや防戦一方へと追い詰められていった。


「す……すごい……!  綺麗で、そして……圧倒的すぎる……!」


 私は、絶対障壁の安全な内側から、その息を呑むような大迫力の戦闘光景をただ見つめ、感嘆の声を漏らすことしかできなかった。


 凱様もまた、自分の両腕を組み直し、感心したように深くうなずきながら笑みを浮かべている。


「ははっ、流石だな蒼琳の野郎……!  あの暴竜に、反撃の隙すら一切与えねぇ。これじゃあ、俺の出番がすっかりなくなっちまうじゃねぇか!」


 凱様のその言葉を証明するかのように、蒼さんはさらに優雅に、鋭い眼光を光らせながら両手を軽く合わせ、最後の一撃のためのトドメの構えをとった。


「──終わりだ、古の暴竜よ。我が友の地を傷つけ、西の民を飢えさせたその罪、この一撃で消し去ってやろう」


 蒼さんのその凛とした宣言とともに、彼の周囲に残っていたすべての巨大な蒼き光の刃が、一つの巨大な光へと猛烈な勢いで収束していった。


 ブォォォン……ッ!!!


 空間全体が、まるで一つの巨大な竜の眼のように眩い青色の光で満たされる。


「いっけえええええ――っ!!!」


 蒼さんのその力強い号令とともに、収束したすべてのエネルギーが、一本の巨大で神聖な光の竜の牙と化し、動けなくなっていた氷室の暴竜の胸の中心部へと直撃した。


 ズチュゥゥン……ッ!!!!!!


 世界が、真っ青な光に包まれた。


 遅れて地響きのような大爆発が霊峰の山頂全体を激しく揺り動かす。


 ピシッ……ピシピシピシッ……!!!


 氷室の暴竜の全身を覆っていた硬質な氷の鱗に、あまりにも致命的で巨大な亀裂が無数に走り抜けた。


 暴竜の口から、最後のあがきのような冷気の気泡がポコポコと漏れ出たあと、その巨大な巨体は、支えを失ったかのように、ドシン、と重苦しい音を立てて白銀の雪面へと崩れ落ちたのだった。


 周囲に立ち込めていたあの不気味で凍てつくような冷気は、まるで最初から存在しなかったかのように、嘘のようにスッと霧散していった。


 頭上の漆黒の暗雲も、ゆっくりと左右へと割れ始め、眩い黄金色の太陽の光が、久しぶりに霊峰の山頂全体を温かく包み込み始めたのだった。


「やった……!  やったぁぁぁーーーっ……!!!」


 私は、絶対障壁のなかで思わず両手を握りしめ、歓声を上げてその場で飛び跳ねた。


 西の地に食糧難をもたらしていた元凶、『氷室の暴竜』との激闘は、こうして私たちの勝利をもって、ついに幕を閉じたのである。




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