第21話 四神集結、開宴の鐘
蒼龍城の最奥に位置する、城内最大にして最も格式高い『星辰の間』。
普段は国家の最高機密に関わる重大な儀式や、神聖な神事の時にしか開かれないというその巨大な大広間は、今宵、世界中から集まった要人や貴賓たちの熱気と、どこかぴりついた緊張感に包まれていた。
天井からは無数の星々を模した妖光石が眩い輝きを放ち、磨き上げられた漆黒の大理石の床には、各国の最高級の調度品や美しい生け花が贅沢に飾られている。広間の中央には、世界を統べる四人の皇帝たちのために用意された、純白のクロスが掛けられた長大な特別円卓が据えられていた。
その円卓の周囲には、各国の重臣や護衛、そして『風花亭』の仲居たちが緊張の面持ちで控えている。
厨房での慌ただしい仕込みを終えた私もまた、一品目の料理が載った銀のトレイをしっかりと両手で持ち、広間の隅で今か今かと自分の出番を待っていた。
心臓が、バクバクと激しいリズムで胸壁を叩いている。
いよいよだ。あの朱姫様との不穏な出会いはあったけれど、今はもう迷いはない。私たちが作り上げた最高の料理を、この世界の頂点に立つ四人の皇帝たちに届けるんだ。
その時、広間の前方中央に設けられた一段高い高覧台から、凛とした、広間全体を優しく包み込むような落ち着いた声が響きわたった。
「皆様、本日はよくぞお集まりいただいた」
視線を向けると、そこに立っていたのは、東の地を統べる竜の皇族の長であり、私たちが日頃から親しみを込めて「蒼さん」と呼んできたあの青年──蒼龍皇・蒼琳様だった。
今日の彼は、普段の穏やかな和服姿とは異なり、皇国の最高位を示す絢爛豪華な蒼き竜鱗の意匠が施された正装を纏い、ただそこに立っているだけで周囲の空気が神聖に引き締まるような、圧倒的な気品と威厳を放っている。
蒼琳様は集まった要人たちに穏やかに一礼したあと、ふっとその端正な顔立ちに温かな笑みを浮かべ、始まりの言葉を紡いだ。
「長きにわたる四神御会の会談、皆様、本当にご苦労だった。世界の均衡と平和を守るための議論は時に険しくとも、こうして同じ卓を囲み、互いの労をねぎらう時間こそが何よりも大切であると私は信じている。そして、今宵のこの晩餐会において、皆様の常識を覆すような、心身を芯から温める特別なおもてなしをご用意させてもらった」
蒼琳様がわずかに視線を私の方へと向け、優しい眼差しでうなずいてくれた。
そのアイコンタクトを合図に、私は深呼吸を一つし、そっと一歩前へと歩み出た。
「本日は、私自ら、四皇の皆様方に、どのようなお料理をご用意したのかを直接ご説明させていただくことになっております……!」
私の緊張を孕んだ声が、静まり返った広間にクリアに響いた。
世界を動かす四人の皇帝たちの視線が、一斉に私へと突き刺さる。その重圧に足がすくみそうになりながらも、私はしっかりと背筋を伸ばし、円卓に座る四人の御許へと近づいていった。
純白の円卓を囲むようにして座る、世界の頂点に君臨する四人の四皇。
私は緊張に震える手をおさえながら、右側の席に座る人物から順に、目を合わせ、丁寧に頭を下げて挨拶していった。
「西の地を治める霊虎のあやかしである、白虎皇の凱様。よろしくお願いいたします」
凱様は、短髪を精悍に逆立て、野性味あふれる堂々とした体躯を包み込むような豪奢な戦装束を纏った青年だ。
いかにも豪快そうで細かいことは気に留めなそうな、けれど底抜けに明るい太陽のような笑みを浮かべながら、大柄な身体を椅子にドカッと預けて私を見据える。
「おう! あんたが噂の料理人だな! 他の連中がやたらと騒いでたからよ、俺も腹の虫が鳴りっぱなしだったんだ。期待してるぜ!」
凱様のその気さくで力強い声援に、私の緊張が少しだけほぐれるのを感じた。
「ありがとうございます、凱様。ご期待に添えるよう、精一杯おもてなしさせていただきます」
続いて、その隣に座る女性へと視線を移す。
「南の地を治める朱雀のあやかしである、鳳凰皇の朱姫様。よろしくお願いいたします」
先ほど厨房にまでやってきて私を値踏みしていった、あの朱姫様だ。
彼女は真紅と黄金色の絢爛豪華なドレスを纏い、優雅に脚を組んでワイングラスを傾けている。その口元には美しくもどこか冷ややかな笑みが張り付いており、向けられる瞳の奥には、やはりなにか計り知れない黒いものが宿っているような、不穏な影がチラついていた。
「ふん……。厨房で会ったときは威勢のいいことを言っていたけれど、実際にこの席でどんなものを出してくれるのかしらね。まさか、ただの珍奇な見世物じゃないでしょうね?」
開口一番、朱姫様はチクリと刺すようなトゲのある言葉を投げかけてきた。
私は負けじと笑顔を張り付けながら、「ご安心ください、朱姫様のお眼鏡にかなう一品をご用意しております」と静かに答えた。
そして、円卓の反対側へと視線を移す。
「北の地を治める亀と蛇のあやかしである、玄武皇の八雲様。よろしくお願いいたします」
そこに座っているのは、夜空のような深い藍色の長髪を美しく束ね、常に穏やかな笑みをたたえている男性だ。彼はその目を細め、物腰柔らかく上品に私へと会釈を返してくれた。その佇まいからは、底知れぬ知性と、すべてを包み込むような思慮深さがひしひしと伝わってくる。
「おや、若いお嬢さんが今日の料理を仕切っておられるのですね。北の地ではなかなかお目にかかれないような芳醇な香りが、ここまで漂ってきておりましたよ。食するのが楽しみです」
八雲様のその包容力のある落ち着いた声に、私は胸をなで下ろす思いで頭を下げた。
「ありがとうございます、八雲様。北の冷涼な気候とはまた違った、身体の芯から温まるお料理をお楽しみください」
最後に、円卓の主であり、我が東の地を治める蒼龍皇・蒼琳様へと視線を向けた。
「東の地を治める龍神のあやかしである、蒼龍皇の蒼琳様。よろしくお願いいたします」
私のその言葉に、蒼さんはふっと、店で見せるのと同じ、あの優しく温かな笑みを浮かべてうなずいてくれた。
「千歳。今日のこの晩餐会が、我が東の地にとっても、そして世界にとっても忘れられない素晴らしい時間になることを、私は心から楽しみにしているよ」
四人の皇帝たちがそれぞれの個性を纏い、目の前で私を見つめている。
これほどまでに強大で、異なる気質を持つ四人を相手に、私の料理は果たしてどのように受け入れられるのだろうか。
けれど、もう迷っている暇はない。
私は大きく息を吸い込み、いよいよ晩餐会のフルコースのプレゼンテーションへと踏み出したのだった。




