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第15話 蒼き竜の告白と、呪われた妻の救済  


 今日は、お店の週に一度の『定休日』だった。


 店内の仕込みや大掃除もおおかた片付き、私はカウンターの隅で、看板娘のミミちゃんや看板狐のコユキと一緒に、束の間の静かなティータイムを楽しんでいた。

 

 ふと、外の石畳の通路から、数人の足音が近づいてくるのが聞こえた。


 営業時間外の、しかも定休日の昼下がりに一体誰だろう。もしかしたら風花亭のスタッフさんか、あるいは新しい食材の卸業者さんかもしれないと思いながら、私はエプロンの裾を軽く整え、藍色の暖簾の向こうへと視線を向けた。

 

 がらり、と控えめに引き戸が開き、姿を現した客の顔を見た瞬間、私は思わずその場で動きを止めてしまった。

 

「……あれ?」

 

 そこに立っていたのは、この前、愛妹の藍那ちゃんを連れてクリームあんみつを食べていった、あの気品あふれる青年の蒼さんだった。


 けれど、今日の彼はいつもの穏やかな和服姿ではなく、どこか重々しい空気を纏った改まった装いをしている。

 

 そして、その蒼さんの後ろにピッタリと従うようにして立っている人物を見て、私はさらに目を丸くした。

 

 それは、数日前にこの店へ怒鳴り込んできた、あの神経質そうな側近の青年──伊織さんだった。


 ただ、今の伊織さんは、あの時の氷のように冷たく威圧的な態度が嘘のように消え失せている。彼はすっかり小さくなり、顔を真っ青に染め、気まずそうに視線を床に落としたまま、まるで処刑台に向かう罪人のような重苦しい表情で蒼さんの斜め後ろに控えていた。

 

 さらにその周囲には、物々しい鎧に身を包んだ屈強な皇国の衛兵たちが数名、警護のように陣取っている。

 

 店内の空気が一瞬でピリリと引き締まり、ミミちゃんは「ひゃっ……!」と小さく身を縮こまらせ、コユキは「ヴーッ……」と低い警戒の唸り声を漏らしながら私の足元にサッと隠れた。

 

「あ、あの……蒼さん? それに伊織さんも……今日はいったい、どうされたんですか……?」

 

 私は戸惑いと緊張を隠せないまま、おずおずと声をかけた。

 

 蒼さんは静かに一歩前へ進み出ると、これまでにないほど真摯で、少し切なさを帯びた瞳で私を真っ直ぐに見据えた。そして、ふうっと深く息をついてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「驚かせてしまってすまないね、千歳。今日は、君に折り入って……どうしても頼みたいことがあって、こうして足を運んだんだ」

 

 蒼さんのその言葉に、背後で控えていた伊織さんがさらにぎゅっと体を縮こまらせ、申し訳なさそうにぎりっと歯を噛み締めた。

 

「頼み、ですか……?」

 

「ああ。だが、その話をする前に……まず、私自身の本当の素性を、君にしっかりと明かさねばならないな」

 

 私はごくりと固唾を呑み、彼の次の言葉を待った。

 

「私は……このかくりよの東の地を統べる、竜の皇族の長──『蒼龍皇(そうりゅうこう)』だ。そして、普段名乗っている『蒼』というのは偽りではないが、私の本当の名は蒼琳(そうりん)という」

 

 そうりゅうこう……?


 この皇都の頂点に君臨する、絶対的な最高権力者……!?

 

「ええっーーーーーー!?」

 

 思わず、私の口から裏返った絶叫が店内に響き渡った。


 カウンターの端で丸くなっていたミミちゃんも、たまらず「ひゃあぁっ!?」とひっくり返りそうになり、コユキもびっくりして「キャウン!」と飛び上がった。

 

「そ、そんな……! 蒼さんが、この東の地のトップである竜皇様だったなんて……!」

 

 私はパニックになりながらも、慌ててカウンターから飛び出し、床に直接額がつきそうなほどの勢いで、その場で盛大に平伏した。

 

「こ、これは蒼龍皇様とは知らずに……っ! 数々の無礼な口を聞いてしまいましたこと、どうぞお許しください……!」

 

 頭の中が真っ白になりながら私が必死に謝罪すると、蒼琳様は、困ったような、けれどどこか温かい笑みを浮かべ、私の肩をそっと優しく手で引き起こしてくれた。

 

「顔を上げてくれ、千歳。私は君に、そんな窮屈な畏まり方を求めてきたわけではないんだ。ここでは、これまで通り、ただの『蒼』として接してほしい。頼む」

 

「は、はい……!」

 

 震える声で返事をしながら立ち上がる。


「そ、それじゃあ、とりあえずお席の方へ」


 私はまだ少し落ち着かない気持ちを抱えながらも、二人にカウンターの席を勧め、自分もその向こう側へと回った。

 

「それで……蒼さん。さっき『折り入って頼みがある』とおっしゃっていましたよね。いったい、何があったんですか?」

 

 私の問いかけに、蒼さんの表情が一気に曇り、その涼しげな瞳の奥に深い憂いと切実な痛みが宿った。

 

 隣に立っていた伊織さんが、震える唇をかみしめながら、か細い声でぽつりと言葉を紡ぎ出した。

 

「……実は、私の……妻が、今、不治の病に冒され、生死の境をさまよっているのです……」

 

「伊織さんの、奥様が……?」

 

 私の胸がキュッと締め付けられた。あの厳格で冷徹に見えた伊織さんが、これほどまでにボロボロになり、怯えている理由がようやく分かった気がした。

 

「そうだ」

 

 蒼さんが静かに、しかし重々しい声で語り始めた。

 

「病の原因は……何者かによって仕掛けられた、非常に悪質な『呪い』だ。その呪いは、伊織の妻の身体を内部から少しずつ、しかし確実に蝕み、自由を奪い、やがてはすべての生命力を根こそぎ奪い去っていく。城に仕える最高峰の医師や神官たちがあらゆる秘薬や解呪の術を試したが……今のところ、その進行をわずかに遅らせるのが精一杯で、根本的な解決には到底至っていない」

 

 蒼さんの言葉に、伊織さんはさらに頭を垂れた。

 

「……そして、その呪いの進行を一時的にでも抑え込むためには、皇国が厳重に管理している特製の『高額な霊薬』を大量に投与し続けなければならなかったのです……! しかし、その薬の価格はあまりにも途方もなく、私の正規の給料や個人の蓄えなど、ほんの数日分ですべて底をついてしまった……!」

 

 伊織さんは目を潤ませ、ボロボロと涙をこぼした。

 

「愛する妻が苦しむ姿を目の前にして、私にはどうすることもできなかった……! 私は、魔が差したのです……。税金から継続的に金員を着服し、その不正な資金で裏市場からその霊薬を買い続け、妻に投与し続けていた……。それが先日の内部監査でついに露見し、今こうして私は、皇国法に基づき、背任と着服の罪人として見張りの兵士たちに監視されている身なのです……」

 

 伊織さんの告白を聞いた瞬間、私はすべてを察した。


 彼があの時ピリピリと張り詰めていた焦りも、すべては愛する家族を救いたいという、行き過ぎた、けれどあまりにも切実な執念と絶望から来ていたものだったのだ。


 不正はもちろん許されることではないけれど、その動機があまりにも痛切で、私は責めることなどとてもできなかった。

 

「伊織……お前の犯した罪の処罰については、後で取り決める。だが、今はそれどころではない」

 

 蒼さんはそう言葉を区切ると、すべての希望を託すような、真剣な瞳で私をまっすぐに見つめた。

 

「千歳。君に頼みがある。……どうか、君のその不思議な料理の力で、伊織の妻を救ってくれないか?」

 

「私の……料理の力で?」

 

「あの日、森で怪我をした管狐に君の作った食べ物を与えた時、その傷が一瞬で綺麗に塞がったのを私はこの目で見た。それに、迅たち常連の者たちも、君の料理には身体の疲れや澱をスッと洗い流す不思議な癒やしの力があると口々に言っている。君の作るその料理なら……あるいは、伊織の妻を蝕む呪いさえも打ち破り、浄化することができるのではないかと思ったのだ……!」

 

 蒼さんのその言葉を聞き、私の脳裏にこれまで自分が作ってきた料理の数々が駆け巡った。


 この『かくりよ』の世界において、私の作る料理には、ただの栄養補給や美味さを超えた、魂に働きかける神秘的なエネルギーが宿っている。

 

 もしそれが、人の命を脅かすほどの強大な『呪い』に対しても通用するのかどうかは、正直なところ分からない。


 けれど……目の前で苦しんでいる大切な人を救いたいと願う、二人の切実な祈りと叫びを、私はどうしても無視することができなかった。

 

 私は迷うことなく、しっかりと背筋を伸ばし、蒼さんの瞳を真っ直ぐに見据えてハッキリと告げた。

 

「蒼さん。私に、その伊織さんの奥様を診させてください。そして、奥様の呪いを打ち破るための、最高の一皿を作ってみせます!」

 

 私のその力強い宣言に、蒼さんは息を呑んだように大きく目を見開き、そしてこれ以上ないほど深い安堵と感謝の笑みを浮かべてくれた。

 

「本当か……! 千歳、受けてくれるのか……!」

 

 隣で聞いていた伊織さんは、ついに堪えきれなくなったように床に崩れ落ち、両手で顔を覆って号泣した。

 

「ありがとうございます……ありがとうございます、千歳殿……! 私の犯した罪の償いはどうなろうとも受け入れます……どうか、我が妻を……お救いください……っ!」

 

「はい! お任せください!」

 

 私は熱い決意を胸に込め、大きく力強く頷いた。

 


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