第15話:森から学ぶ魔法
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
シオンから「魔法は森から学ぶもの」という真理を教わって以来、セレンの毎日は、それまでの絶望が嘘のような、色彩豊かな修行の日々へと変わった。
全身で森を感じ、その力の流れを自分の内側に真似る。 それは、力でねじ伏せる魔術とは対極にある、祈りにも似た同調だった。 修行を繰り返すうちに、セレンの「耳」は、単なる音を拾う器官を超え、世界そのものに触れる指先のようになっていった。季節が巡るごとに、森が持つさまざまな「肌触り」や「体温」を、自分の体の一部のように繊細に感じ取れるようになったのだ。
日々の糧を得るための採取も、今までの「ただ探して採る」という作業から、「森の不快感を取り除いてあげる」という、巨大な生き物を癒やすような対話へと変わっていった。 陽の光を遮るほどに葉が密集した薬草の群生地に行くと、足元からチリチリとした「痒み」のような感覚が伝わってくる。 (ここが痒いのね。……少し、風を通してあげる) セレンが優しく葉を摘み取ると、森が「ふぅ」と心地よさそうに安堵の息を吐く。そのお礼として差し出された果実を受け取る時、セレンの心には、かつて「魔法ができない」と泣いていた自分はもういなかった。それは、自然との完璧な共生だった。
ある秋の夕暮れ、繁殖力の強い野兎が異常に増え、森のバランスが崩れかけたときのことだ。 セレンは、逃げ足の速い獲物を追う役目を担った。 かつてのセレンなら、動くものを魔法で捕らえるなど不可能だった。しかし、今の彼女は焦らない。 そっと地面に片手をつき、土の下に張り巡らされた無数の根の脈動に、自分の五感をそっと繋ぎ合わせた。
(森さん。あの子が少し増えすぎちゃって、土が痛がっているから……あそこで、足を止めてもらえるかな?)
獲物を捕らえたいという自分の「欲」ではなく、森の「熱」を下げるための「願い」を、根の先まで届ける。 すると、森はセレンの意思に呼応した。彼女が地面からそっと指先を跳ね上げた瞬間、獲物の進路に隠れていた太い蔦が、意志を持った蛇のようにしなやかに跳ね上がったのだ。
ピシャンッ!
蔦は一切の無駄なく、獲物の後ろ足に柔らかく、しかし強固に絡みつき、動きを封じた。 植物を操ったのではない。セレンと森が「協力」した結果、魔法が現象として立ち現れたのだ。 「ありがとう、森さん。……ごめんね、痛くしないからね」 セレンは動けなくなった獲物に近づき、その恐怖の震えを慈しむように感じ取りながら、一瞬で苦しみのないトドメを刺した。奪った命の重さを、森がまた吸い込み、次の生命へと繋いでいく感触がした。
無理やり自然をねじ伏せるのではなく、森の感覚に寄り添い、森に助けてもらいながら魔法を紡ぐ。それは「森の代行者」であるシオンの魔法そのものだった。 十一歳の小さな魔法使いは、静かに、けれど誰よりも深く、不可侵の森の理と一体になりつつあった。
修行のあとのシオンの館。薄暗い部屋に、パチパチと暖炉の爆ぜる音だけが響いている。 セレンはお茶を一口啜り、窓の外の深い闇を見つめながら呟いた。 「……シオンさん。私、魔法がずっと苦手だったけど。最近、みんなと私の魔法は、根本的に『違う』んだなって思うようになりました」 シオンは穏やかに微笑み、琥珀色のお茶を揺らした。 「どんなふうに、違うんだい?」 「上手な人は、自分の力を外に出すのが上手なんです。でも私は、外にある力の中に自分を溶け込ませることしかできない。……これは、魔法使いとしては、やっぱりどこか壊れているんでしょうか」
シオンは少しだけ目を見開き、それから愛おしいものを見るように目を細めた。 「その『違い』を、君が誇らしいと思えたとき。君は本当の意味での魔法使いになるよ」
シオンの言葉の意味が、セレンにはまだ完全には分からなかった。 けれど、暖炉の火が「そうだね」と爆ぜたような気がして、セレンは静かに頷いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




