表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の声が聴こえる私は、魔法だけが下手だった  作者: 紡木 綸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/19

第1話:世界で一番、うるさくて静かな落ちこぼれ

はじめまして。


『神耳の落ちこぼれ

〜世界の声が聴こえる少女は、魔法だけが下手だった〜』


を読んでいただきありがとうございます。


自然の声を聴く力が魔法の才能に直結する世界で、主人公セレンだけは誰よりも世界の声が聴こえるのに、魔法だけが上手く使えません。


これはそんな落ちこぼれ少女が、自分だけのやり方で世界と向き合い、仲間と出会いながら成長していく物語です。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

 チリン、と。

 朝霧の向こうで、目覚めたばかりの若葉が背伸びをする音がした。

 足元の土の下では、冷たい水脈が「おはよう」と囁きながら、ゆったりと流れていく。

 一キロ先の蟻が石を運ぶ足音。地中深くで岩が数ミリずれる、重い息。西の山の斜面で、苔がゆっくりと水を飲む、湿った満足感。

 それらが全部、同時に。

 九歳の少女・セレンの耳には、世界が奏でるそんな声が、いつも痛いほど鮮明に聴こえていた。


 鬱蒼と茂る木々に抱かれた魔族の集落。セレンは頭上の葉に乗った朝露を狙い、両手の人差し指を天へ突き出した。風の魔力でそっと包み込み、手元の硝子瓶にぽとんと落とすだけの、子供でもできる基礎魔法だ。

 ただし問題があった。

 魔力を集めようとした瞬間、足元の土の中で、小さな幼虫が「引っ張らないで」と訴えてくる声が聴こえてしまった。それから気を取られた次の刹那、枝の上でバランスを崩しかけた雀の『落ちちゃう!』という焦った声が鼓膜に飛び込んできて、そして――

 ――ボフンッ。

 気の抜けた音と共に、セレンの指先から飛び出したのは爽やかな風ではなく、なぜか少量の「土」だった。それが頭上の葉っぱに直撃し、弾かれた朝露と泥が混ざって、顔面にビシャッと降り注ぐ。

「ぶふっ! げほっ、また間違えたぁ……!」

 顔を真っ黒にしてむせるセレンを見て、広場で朝の作業をしていた大人たちが、クスクスと笑い声を漏らした。

「ふふふ。セレンちゃん、また風と土の魔力を混同したのね」

「耳ばっかり良くて、魔法の腕はからっきしだな」

 悪意のない、けれど確かな「落ちこぼれ」を見る目が、セレンの胸をチクリと刺す。

(……ごめんね、無理やり引っ張って痛かったよね)

 セレンは泥だらけの手で、足元の土をそっと撫でた。

 大人たちは知らないのだ。魔族にとって「自然の声が深く聴こえる者ほど、強く美しい魔法を使える」のが絶対の常識であるこの世界で、セレンだけがその常識から外れていることを。誰よりも鮮明に世界の声が聴こえるのに、それを魔力として出力する回路だけが、壊れているということを。

 完璧な絶対音感を持ちながら、自分の喉からは雑音しか出せない。

 そのもどかしさと共に生きることが、セレンにとっての「当たり前」だった。

「セレンちゃんには、誰にも負けない耳があるじゃないか。学校で基礎を学べば、きっとすごい使い手になれるさ」

 近所のおじさんが大きな手でセレンの頭を撫でてくれる。

 セレンは「ありがとう」と笑った。きっとなれる、という言葉の優しさと、でも今は何もできないという静かな痛みを、両方抱えたまま。


 今日も平和で、美しい朝が始まる。そう、誰もが信じて疑わなかった。

 ――その時だった。


『――――ギィィィィン……ッ!!!』

 音ではなかった。

 鼓膜を通り越して、魂の底を直接引き裂くような何かが、セレンの頭蓋骨の内側に叩き込まれた。

「っ……!?」

 セレンは耳を塞ぎ、その場の土の上にへたり込んだ。

 痛い。痛い。痛い。

 今まで聴いたことのある森の声とは、何もかもが違った。土の下で虫が泣く声でも、岩が割れる声でも、嵐で枝が折れる声でもない。自然界には存在しないはずの、無機質で冷たい「刃」が、生きた命を噛みちぎっていく音。何百年も、何千年もそこに立ち続けてきた古木が、正しい死のサイクルとは全く関係のない「暴力」によって、根ごと引き裂かれていく絶望だった。

『痛いっ! やめて、体を切らないでっ!!』

『熱いっ……わけのわからない煙が、苦しいっ!』

 方角は西。人間たちの国との境界を隔てる「不可侵の森」の奥深く。

「森が……! 森が、噛みちぎられてる……っ!!」

 セレンは耳から手を離し、痛みに歪んだ顔を上げて絶叫した。

 しかし、広場の大人たちは誰一人として気づいていない。ただ、突然うずくまって泣き叫び始めた九歳の少女を、きょとんとした顔で見つめているだけだった。

「セレンちゃん? どうしたんだい、急に」

 村で一番の魔法の使い手である長老のオルバスすら、困惑したようにお茶のカップを置いている。

 この未曾有の悲鳴を聴き取ったのは、世界でただ一人。

 一番魔法のヘタクソな、セレンだけだった。


 走った。

 家に飛び込んで、両親に訴えた。息を切らして、冷たい汗を拭うのも忘れて。でも両親の目に浮かんでいたのは、深い愛情と、それゆえの「哀れみ」だった。

「セレン。不可侵の森には強固な結界がある。人間ごときが立ち入ることは絶対に不可能だ」

「熱でもあるんじゃないの? 少し横になっていなさい」

「違う……違うの! 本当に聴こえてるの!」

「大丈夫よ、セレン。さあ横になって」

 ベッドに寝かされ、毛布を掛けられ、部屋が暗くなった。

 今もずっと、聴こえる。ジリジリと膨れ上がる巨大な悲鳴が。

 このまま眠ってしまえば、きっと森は死ぬ。

 セレンは天井を見上げながら、決定的な事実を理解した。

 ――言葉では信じてもらえない。どれだけ必死に訴えても「魔法が下手な子供の勘違い」として押しつぶされる。大人たちの「常識」が分厚い壁になっている。

(証拠が必要だ。絶対に目を背けられないような、決定的な証拠が……)

 その時、セレンの脳裏に一つの記憶が閃いた。

 幼馴染のカイが、得意げにこっそり見せてくれたあの道具。黒い鉄と革でできた四角い箱に、分厚いガラスの「目」がついた機械。カイはそれを「カメラ」と呼んでいた。

『このガラスの目で見た風景を、そのままガラス板に閉じ込めることができるんだ。魔法なんか使わなくてもね』

(そうだ。あのカメラで「鉄の牙」の姿を写し取ってくれば――)

 ――大人が動かないなら、私がやる。

 怒られたっていい。森が死んでしまうより、ずっといい。

 セレンは毛布を力強く跳ね除け、音を立てずにベッドから抜け出した。窓枠に手をかけ、外へと身軽に抜け出す。

 九歳の少女は、村の掟と親の愛を背中に振り切り、小さな一歩を踏み出した。


第1話を読んでいただきありがとうございました。


セレンが聴いた「森の悲鳴」とは何なのか。

なぜ大人たちは異変に気づけないのか。


次回から物語が大きく動き始めます。


面白いと思っていただけましたら、

ブックマークや評価、感想をいただけると今後の励みになります。


また次話でお会いできれば嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ