第7話「許されない回避」
わずかな選択の違いが、距離を変えていきます。
それは小さなズレですが、確実な変化です。
避けるべきだ。
結論は、出ている。
ルーカス・フェルナー。
その名前と関わることは——
避けなければならない。
(……問題ありません)
そう結論づける。
思考を固定する。
業務は、問題なく進んでいる。
書類も。
判断も。
すべて、いつも通り。
乱れはない。
そのはずだ。
「グレイフォード」
名を呼ばれる。
反応は、遅れない。
「この案件だが」
差し出される書類。
既に確認済みのもの。
騎士団再編。
補助職再配置。
そして——
「……担当から外していただけますか」
言葉は、自然に出た。
止める前に。
アルベルトの視線が、止まる。
「理由は」
短い問い。
逃げ場はない。
「適任ではありません」
即答する。
感情を排除する。
論理だけで構成する。
「なぜだ」
「他の者の方が効率的です」
成立する理屈。
間違ってはいない。
「嘘だな」
迷いなく。
余地がない。
「……業務です」
繰り返す。
それしか言えない。
「その名前が理由か」
核心。
避けていたものに、踏み込まれる。
「——」
否定できない。
否定する意味がない。
「外す理由にはならない」
淡々と告げられる。
正論で。
逃げ道を潰される。
「……」
言葉が出ない。
出せない。
(……避けるべきです)
思考は繰り返す。
現実は、動かない。
「グレイフォード」
再び呼ばれる。
「逃げているだけだろう」
淡々と。
断定的に。
刺さる。
「……否定はしません」
答えていた。
気づけば。
それが事実だからだ。
「なら問題ない」
意味が分からない。
「業務だ」
それだけ。
逃げ場は、完全に消えた。
***
廊下は静かだった。
人の気配はない。
——そのはずだった。
「やめてください」
声が出た。
思っていたよりも、強く。
その先に——
「……父上」
エリアスの父。
騎士家系の当主。
「その件には関わるな」
低く言われる。
「……業務です」
繰り返す。
それしか言えない。
「分かっている」
短い返事。
「だからこそだ」
視線が鋭くなる。
「お前はまだ、完全ではない」
「お前は判断を誤るな」
低く。
逃がさない声で。
「一度の判断で、全てが変わる」
その言葉に。
呼吸が、止まる。
「……問題ありません」
反射的に返す。
「ある」
即断。
「分かっているはずだ」
逃げ場がない。
「フェルナーには、こちらから話を通してある」
その一言で。
思考が止まる。
「——」
「会う必要はない」
はっきりと断言される。
守るように。
同時に——
選択肢を閉じ込めるように。
(……違う)
理解する。
これは。
自分のためではない。
逃げを、許されているだけだ。
それを。
正しい形で、肯定されているだけだ。
「……業務です」
繰り返す。
それしかできない。
それしか選べない。
「……そうか」
父はそれ以上言わない。
それで十分だった。
逃げ場は、残されている。
だが——
それを選べば。
自分は。
“正しくない”。
(……選べない)
結論が、固定される。
逃げることも。
向き合うことも。
どちらも、選べない。
選んではいけない。
その状態で。
ただ——
立ち止まることだけが、残る。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
逃げることすら、もう許されなくなった。
一度近づいた距離は、簡単には元に戻りません。
その違和感は、もう消えないものになっています。




