番外編(ルーカス編)⑤「止められなかった理由」
本編で描かれた“あの事故”の、ルーカス視点になります。
止められなかった理由。
そして——止められたという事実。
その両方を、お読みいただければと思います。
おかしいと、最初に思ったのは。
いつからだったか。
分からない。
ただ。
確実に——
増えていた。
(……多い)
魔力が。
制御できないほどではない。
まだ。
だが。
確実に。
重い。
扱いづらい。
(……どうすればいい)
分からない。
教わっていない。
こんな状態は。
初めてだった。
それでも。
訓練は、続く。
いつも通りに。
——そのはずだった。
視線の先。
エリアスがいる。
対戦相手に剣を構える。
動きに、無駄がない。
正確で。
迷いがない。
(……なんで)
同じはずなのに。
自分と。
同じ訓練を受けているはずなのに。
(……違う)
何かが。
決定的に。
違う。
その時。
——刃が走った。
「——っ」
浅い。
だが。
確実に、エリアスの頬に傷が入る。
血が、滲む。
一瞬の出来事。
それだけのはずだった。
なのに。
(……傷ついた)
思考が、止まる。
視界が、そこに固定される。
赤。
ほんのわずかな。
それだけの色が。
異様に、鮮明だった。
(あいつを守らないと)
理由は、ない。
考えていない。
ただ。
そう思った。
その瞬間。
魔力が、弾けた。
「——っ!?」
遅れて、自覚する。
制御が、効かない。
止められない。
溢れる。
外に。
周囲が、ざわめく。
距離が、開く。
人が、離れる。
逃げる。
それでも。
(止めないと)
何を。
どうやって。
分からない。
分からないまま。
膨らむ。
壊れる。
視界が歪む。
音が、遠い。
何も、掴めない。
その中で。
ただ一つ。
はっきりと見えたものがあった。
「ルーカス!」
エリアスの声。
近い。
まっすぐに。
迷いなく。
(……来るな)
そう思った。
同時に。
(……来てくれ)
そうも思った。
矛盾した感情が。
同時に、存在する。
足が、動かない。
魔力が、止まらない。
どうにもならない。
なのに。
エリアスは、止まらない。
近づいてくる。
逃げない。
ただ。
まっすぐに。
こちらを見ている。
(……俺を見てる)
それだけが。
分かる。
次の瞬間。
剣が、振られた。
こちらに向けて。
斬るためではない。
重ねるように。
触れるように。
魔力が、流れ込む。
強引に。
無理やりに。
暴れていた魔力が——
吸い上げられる。
エリアスの中へ。
(……届く)
初めて。
そう思った。
暴れていたものが。
止まる。
形を持つ。
崩れていたものが。
繋がる。
だが——
終わらない。
まだ。
残っている。
吸い切れない。
(……止まらない)
エリアスの表情が、歪む。
流れ込んだ魔力が。
内側で、暴れる。
(……取り込めない)
限界だと。
分かる。
それでも。
止めなければならない。
このままでは。
壊れる。
自分も。
エリアスも。
全部。
だから——
エリアスは、剣を振るった。
魔力を、断ち切るために。
流れを、分断するために。
その軌道に。
ルーカスの腕が、あった。
「——っ」
深い。
予想よりも。
はるかに深く。
血が、溢れる。
だが。
その瞬間。
——すべてが、止まった。
静寂。
何もない。
ただ。
終わったことだけが、分かる。
(……止まった)
遅れて。
理解する。
暴れていたものが。
消えている。
崩れていたものが。
収まっている。
それだけで。
十分だった。
(……関係ない)
傷も。
血も。
全部。
どうでもいい。
ただ——
止まった。
それだけが。
すべてだった。
その時。
別のものに、気づく。
エリアスの手。
力が、抜けていく。
剣が、落ちる。
身体が、傾く。
「——っ」
反応が、遅れる。
受け止める。
軽い。
信じられないほどに。
軽い。
「……エリアス?」
呼ぶ。
返事が、ない。
目が、閉じている。
呼吸はある。
だが。
明らかに、おかしい。
(……なんで)
分からない。
何が起きたのか。
理解できない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
(助けられた)
自分は。
止まった。
壊れなかった。
それだけは。
間違いない。
だから——
(……助けられた)
そう、結論づけた。
⸻
その日。
ルーカス・フェルナーは。
あの出来事を——
“止められた理由”として、
初めて受け入れた。
止められなかったのは、自分です。
それでも——止めてくれたのも、あいつでした。
だから。
あの日の結論は、ずっと変わっていません。




