番外編(アルベルト編)②「選べなかった日」
本編より少し前の出来事になります。
アルベルトが一度“選べなかった”日の話です。
それでも変わらなかったものが、ここにあります。
決めていた。
あの日から。
迷いはなかった。
「父上」
呼ぶ。
書類から視線が上がる。
「……何だ」
短い返答。
無駄がない。
それでいい。
「グレイフォード家の次男」
「エリアスと婚約したい」
沈黙。
空気が止まる。
視線は逸らさない。
「……理由は」
問われる。
当然だ。
「必要だからです」
即答。
それ以外に、言葉はない。
「……そうか」
父はそれ以上言わない。
ただ。
「先方に打診する」
それだけだった。
***
「——今はまだ早い」
それが、返答だった。
グレイフォード家当主。
エリアスの父。
「子供同士の話だ」
穏やかな口調。
だが、
明確な拒否。
「もう少し大きくなってから考えましょう」
遠回しな否定。
つまり——
現時点では、認めない。
「……そうですか」
アルベルトは、それだけ言った。
納得はしていない。
だが、
理解はしている。
(……時間の問題か)
ならば。
早く大人になればいい。
それだけだ。
***
——その前に。
すべてが、崩れた。
騎士団訓練場。
暴走。
魔力の歪み。
止まらない流れ。
そして——
血。
遅れて届く報告。
名前。
ルーカス・フェルナー。
エリアス・グレイフォード。
(……遅れた)
その一言だった。
思考は、冷静だった。
状況も理解できる。
誰が悪いか。
どう処理されるか。
すべて分かる。
だが。
それはどうでもよかった。
(……間に合わなかった)
それだけが残る。
***
「この話は、なかったことにする」
父の声。
静かに。
決定だけが落ちる。
「現状で婚約を結ぶ意味がない」
合理的な判断。
正しい。
間違っていない。
「……そうですか」
アルベルトは答える。
それ以上は言わない。
言う意味がない。
変わらないからだ。
(……選べなかった)
あの日。
決めたはずだった。
なのに、結果はこれだ。
手に入らない。
届かない。
そのまま——
切り捨てられる。
合理的に。
当然のように。
(……なら)
一つだけ。
残る選択肢。
***
「皇女殿下との縁談だ」
父の声。
次の話を持ってくる。
「断ります」
即答だった。
間を置かない。
「理由は」
「必要ないからです」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……まだ、あの子のことか」
初めて、
父の声に感情が混ざる。
わずかに。
探るように。
「関係ありません」
否定する。
即座に。
迷いなく。
「そうか」
父はそれ以上聞かない。
理解している。
答えを。
(……変わらない)
あの日、選んだものは。
今も、変わっていない。
手に入らなくても。
届かなくても。
関係ない。
それでも、選ぶ。
それだけだ。
⸻
その日。
アルベルト・フォン・シュヴァルツは。
“手に入るかどうかではなく、
何を選ぶかだけで決める”と、
初めて明確にした。
選べなかったとしても、
選ばなかったわけではありません。
その違いだけが——
ずっと、残り続けています。




