エピローグ「ありふれた距離」
最終話のその後、二人の“日常”になります。
選ばれた距離が、どのように在り続けるのか。
その一端をお楽しみください。
静かだった。
夜は、すでに深い。
灯りは落とされている。
残っているのは——
わずかな熱だけだ。
「……」
呼吸が、まだ近い。
触れていないはずなのに。
距離は、ほとんどない。
意識するまでもなく。
そこにある。
当たり前のように。
(……近い)
ぼんやりと、思う。
身体の奥に残る感覚。
さっきまであったものが。
完全には消えていない。
静かに、残っている。
拒絶はない。
戸惑いも——
もう、ほとんどない。
ただ。
(……落ち着く)
それだけが、はっきりしている。
「……エリアス」
低く、名前が呼ばれる。
すぐ近くで。
「……はい」
返す。
声は小さい。
それでも。
距離は、変わらない。
動く理由がないからだ。
そのまま——
わずかに、引き寄せられる。
抵抗はしない。
する必要がない。
体温が重なる。
呼吸が混ざる。
それだけで——
思考が、静かに整う。
「……離れる気はないのか」
小さく問われる。
「……ありません」
即答する。
迷いはない。
理由もいらない。
ただ——
そうしたいから。
「……そうか」
短い返事。
それだけ。
だが。
腕の力が、わずかに強くなる。
距離が、さらに消える。
「……」
言葉は続かない。
必要がない。
このままでいい。
それだけで、成立している。
(……選んでいる)
ふと、思う。
理由ではなく。
必要でもなく。
ただ——
ここにいることを。
この距離を。
自分で。
そのまま、目を閉じる。
眠気ではない。
ただ。
この状態を、崩したくなかった。
それだけだ。
触れている。
近い。
離れない。
それでいい。
それが——
今の、当たり前だった。
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特別なものは、何もない。
ただ。
選んだ距離が、そこにあるだけだ。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
理由ではなく——
その距離に、留まることを選んでいた。




