最終話「その先の距離」
ここまでのすべてが、静かに繋がります。
答えはもう出ています。
あとは、それを受け入れるだけです。
静かだった。
夜。
窓の外は暗く、灯りだけが部屋を照らしている。
会話は、途切れている。
続ける理由がない。
必要なことは、もう終わっているからだ。
それでも——
距離だけが、残る。
近いまま。
触れていた余韻が、消えない。
「……」
ふと。
体が、わずかに傾く。
意識する前に。
自然に。
支えられる。
引き寄せられる。
そのまま——
座っていた。
アルベルトの膝の上に。
抵抗はない。
違和感もない。
むしろ——
(……落ち着く)
理由は、もう考えない。
最初に感じた安定とは違う。
もっと柔らかくて。
もっと曖昧で。
それでいて。
確かに満たされている。
(……選んでいる)
ふと、そう思う。
理由ではなく。
必要でもなく。
ただ——
ここにいたいから。
「……重くないですか」
小さく問う。
意味のない確認だと分かっている。
「問題ない」
即答。
「むしろ軽い」
「……そうですか」
少しだけ視線を逸らす。
理解している。
それでも。
まだ、慣れきってはいない。
「エリアス」
低く呼ばれる。
すぐ近くで。
「はい」
返す。
それだけで——
距離が、さらに縮まる。
腕が回される。
逃げ場を作らない形で。
それでも。
拒否はしない。
したくない。
「……前より、近いな」
小さく落ちる声。
「……そうですね」
素直に認める。
隠す理由は、もうない。
「嫌ではないのか」
問い。
軽くはない。
だが——
答えは、決まっている。
「……はい」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
それでも。
「むしろ」
止めない。
「この方が、いいです」
はっきりと。
その瞬間。
腕の力が、わずかに強くなる。
引き寄せられる。
距離が消える。
呼吸が触れる。
「……そうか」
わずかに、間があった。
それだけで——
十分だった。
視線が合う。
逸らさない。
そのまま——
自然に、触れる。
唇が重なる。
短く。
柔らかく。
確かめるように。
迷いはない。
躊躇もない。
ただ。
そこにある距離を、そのままなぞる。
「……」
離れる。
ほんの少しだけ。
それでも。
近いまま。
変わらない。
「……慣れました」
小さく呟く。
「何にだ」
「全部です」
曖昧な言葉。
それでも——
十分だった。
距離も。
関係も。
触れることも。
この空気も。
全部。
「……そうか」
短く返される。
それ以上はいらない。
もう——
確認は終わっている。
言葉にする必要もない。
ただ。
ここにある。
選んだ距離が。
そのまま。
当たり前になっている。
それだけで——
十分だった。
⸻
その先の距離は。
もう、測る必要はなかった。
その日。
エリアス・グレイフォードは。
初めて、理由ではなく——
自分の意思で、その距離にいた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、“距離”を測っていた二人が、
やがてそれをやめるまでの話でした。
選んだ距離は、もう揺らぎません。
もしこの関係を、少しでも好きだと思っていただけたなら、
とても嬉しいです。
本当にありがとうございました。




