第21話「選択の偏り」
ここから“選択”がはっきり現れます。
無意識だったものが、形として表に出始めます。
中庭は、静かだった。
昼の喧騒が、少しだけ遠い。
風が抜ける。
音が軽い。
それだけで、呼吸が整う。
「……珍しいな」
声がする。
振り向くまでもない。
分かっている。
「ここにいるの」
ルーカスが歩み寄ってくる。
変わらない足取り。
変わらない距離感。
それが——
わずかに、遠く感じる。
「業務の合間です」
短く答える。
「ふーん」
軽い返事。
それ以上は追わない。
横に並ぶ。
以前と同じ位置。
同じ距離。
同じ空気。
それなのに。
(……違う)
何かが、ずれている。
わずかに。
だが、確実に。
「顔色は悪くないな」
「問題はありません」
言い切る。
今は、本当だ。
「ならいい」
それで終わる。
沈黙が落ちる。
不自然ではない。
むしろ、慣れている。
この距離。
この空気。
それでも。
どこか——
足りない。
「……なあ」
ルーカスが口を開く。
「その“外部干渉”ってやつ」
軽く言う。
深刻さを消すように。
「必要なんだろ」
「……はい」
短く答える。
事実だ。
「じゃあさ」
一歩、距離が詰まる。
自然に。
昔と同じように。
「俺でもいいのか?」
さらりと言う。
冗談のように。
だが、
視線だけが、真剣だった。
「——」
思考が止まる。
一瞬。
本当に、僅かに。
その瞬間——
「……いや」
言葉が零れる。
反射的に。
それが、自分でも分かる。
「……いえ」
すぐに修正する。
だが、遅い。
もう、出ている。
「それは違う」
短く、言い切る。
理由を探すより先に。
答えが出ている。
「……適切ではありません」
遅れて付け足す。
整えるように。
それが後付けだと。
自分でも分かる。
「……そっか」
ルーカスは少しだけ笑う。
否定しない。
問い詰めない。
踏み込まない。
「じゃあ、やめとく」
あっさりと引く。
軽く。
何でもないことのように。
それが——
一番、きつい。
(……違う)
思考が否定する。
今のは正しい。
合理的だ。
問題はない。
それなのに。
残る。
わずかな違和感が。
言葉ではなく。
反応として。
さっきの一瞬。
考える前に。
拒否した。
理由ではなく。
感覚で。
(……なぜ)
分かっている。
認めていないだけだ。
その時。
足音が一つ。
背後から。
「グレイフォード」
低い声。
振り向く。
アルベルト。
距離は、一定。
触れない位置。
それなのに。
(……近い)
錯覚ではない。
明確に。
そう感じる。
「確認事項がある」
「はい」
応じる。
同時に。
足が動く。
意識より先に。
一歩。
自然に。
距離を詰める。
触れる。
迷いなく。
その瞬間。
思考が整う。
乱れが消える。
それだけではない。
——落ち着く。
はっきりと。
違いが分かる。
先ほどまでの感覚と。
今の感覚が。
比較するまでもなく。
別物だと。
「……」
言葉が出ない。
必要がない。
すべて理解している。
今の反応も。
さっきの拒否も。
全部。
繋がっている。
「……そういうことか」
背後で、ルーカスが呟く。
小さく。
だが、確かに届く。
振り向かない。
振り向けない。
その必要もない。
もう。
分かっている。
自分が。
何を選んでいるのかを。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
無意識の選択を——
初めて、否定しなかった。
迷いはありませんでした。
考える前に、選んでいます。
それが——答えです。




