第20話「正当化」
ここで関係が“理屈として確立”されます。
同時に、それでは足りないことも明確になります。
医務室は、静かだった。
薬品の匂い。
白い壁。
余計な音がない。
「……座ってください」
医務官が淡々と告げる。
年配の男だ。
視線は冷静で、感情が薄い。
指示に従い、椅子に腰を下ろす。
「状態は聞いています」
書類をめくりながら続ける。
「魔力回路の損傷。完全な修復は済んでいない」
分かっている。
今さら確認するまでもない。
それでも。
言葉として提示されると、重い。
「日常動作には支障はないでしょう」
「はい」
短く返す。
「ただし——」
手が止まる。
視線が上がる。
「安定しているとは言い難い」
断言。
逃げ場はない。
「外部からの干渉で、一時的に整っている状態です」
思考が、わずかに止まる。
(……干渉)
理解している。
「特定の対象に依存している可能性が高い」
淡々と。
事実だけを並べる。
「その対象と接触することで、回路の乱れが収束している」
明確だった。
否定の余地はない。
「……改善方法は」
言葉が出る。
「いくつかあります」
「だが、即効性はない」
「現状を維持するなら——」
「同様の干渉を継続するのが最も合理的です」
結論。
それ以上は不要だった。
「……分かりました」
頷く。
それで終わる。
結論は出ている。
——そう、思った。
「随分と、都合のいい理屈だな」
背後から声。
振り向く。
ルーカス・フェルナー。
「……聞いていたのか」
「全部じゃないがな」
軽く笑う。
だが、視線は鋭い。
「外部干渉、か」
「便利な言葉だな」
責めない。
ただ——逃がさない。
「……事実だ」
短く返す。
「そうか」
あっさりと。
否定もしない。
肯定もしない。
「他の方法もあるんだろ」
「ある」
「だが時間がかかる」
「だろうな」
ルーカスは息を吐く。
そして。
こちらを見る。
「無理はするな」
その一言。
優しい。
昔と同じ。
それが——一番きつい。
「……業務の範囲だ」
絞り出す。
「そうか」
それ以上は踏み込まない。
逃げ道を残す。
(……違う)
思考が否定する。
これは逃げではない。
合理的な判断だ。
必要だから。
それだけだ。
そうでなければ——
「終わったか」
低い声。
振り向く。
アルベルト。
触れない距離。
変わらない位置。
「……はい」
「結果は」
「維持を優先するべきだと」
事実だけを返す。
「そうか」
短く。
理解している声。
そして——
「……なら」
一歩。
距離が、わずかに動く。
触れないまま。
止まる。
選択を委ねる距離。
(……必要)
思考が整理する。
理由はある。
正当性もある。
問題はない。
そう結論づける。
それでも。
胸の奥が、わずかに熱を持つ。
理由では説明できないもの。
それを——
切り捨てる。
できるはずだ。
今までは、そうしてきた。
それでも。
身体が動く。
一歩。
距離を詰める。
触れる。
自然に。
迷いなく。
その瞬間。
思考が整う。
乱れが消える。
すべてが揃う。
だが——
(……違う)
分かっている。
これは。
それだけではない。
理由がなくても。
同じことをしたいと思っている。
その事実を。
もう——否定しきれない。
「……」
言葉は出ない。
必要がない。
すべて理解している。
自分で。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
“必要だから”という理由で——
選ぶことをやめた。
理由は揃いました。
正当性もあります。
それでも——それだけでは説明できません。




