外伝35 異世界の人々
外伝35 異世界の人々
バンダースナッチとジャバウォックが街を襲った日から、2日が過ぎた。
モンスター……いや、異世界の危険生物をだいたい倒した後。緊急時に『迷子』になった自分と、管理不行き届きという事で教授、そして影山さんは自衛隊の偉い人に滅茶苦茶怒られる事になった。
2人と、自衛隊の皆さんにはとても申し訳ない事をしたと反省している。
ただ、お説教だけで済んだ辺り、自衛隊の人達も今回の一件に対して思う所があったのかもしれない。
閑話休題。何はともあれ、流石に避難した翌日は異世界に行くわけにもいかず、1日置いてからとなったのである。
ミノタウロスのダンジョンへと向かう船の上で、イヤリング越しにアイラさんの声が聞こえて来た。
『ド変態スケベ脳みそ真っピンク直結厨の京ちゃん君よ。体調はどうだね』
「謂れのない誹謗中傷はさておき、体は万全です」
『そうかね。私は疲労困憊だがな……!』
『昨夜はお楽しみでしたね!』
恨みと疲労が混ざったアイラさんの声とは逆に、元気にあふれたミーアさんの声が聞こえてくる。
まあ……はい。確かに楽しかったというか、気持ち良かったです。
『固有スキルの影響で疲れ知らずな京ちゃん君は兎も角、なんでミーアまでこんなに元気なんだ……』
『分からない。たぶん忍術の1つだと思う』
「それはない」
『なんと!』
エリナさんも混ざっていつもの様に喋っていると、隣にいる教授がそっと顔を寄せてくる。
潮風に紛れて、ふわりと花の香りがした。
「ふっふっふ……仲がよろしくて大変結構です、婿殿」
『はっ!?お婆様がまたスケベオーラを出している気がします!いけない、このままでは逮捕されてしまいます!』
『ミーアよ。逮捕されるとしたら君だと思うぞ……?』
『え……!?』
「はあ、まあ……その、はい。お孫さん達とは、仲良くさせて頂いております」
残念女子大生2号の妄言に引きつりそうになる頬を抑え、どうにか笑みを浮かべる。
そんな自分に対し、有栖川教授は100点満点の営業スマイルを浮かべた。
「して。私はいつになったらひ孫を抱っこ出来るのでしょうか?」
「いや。僕ら学生ですので。まだそういうのは早いかなって」
「はっはっは。社会経験も貯蓄も、既に並みの大人を凌駕しているはず。それに、妊娠や子育てに関して、私が全力でサポートしますとも」
『めっ!お婆ちゃま、めっだよ!そういうのは焦ると本当に大変な事になっちゃうからね!』
教授もイヤリング型の鏡を付けている事もあり、念話が通じているのだろう。眉を『八』の字にする。
「そんな殺生な……私も随分と歳を取りました。どうか死ぬ前に、ささやかな願いを叶えてくれませんか……?」
『いやババ様。どう考えてもババ様あと数百年は生きるだろう。京ちゃん君が大学を卒業するまで10年もないのだから、それぐらい待ちたまえ。留年とか浪人したら知らんが』
「良いですか、アイラ。人生に『当たり前』などないのです。一瞬一瞬を慈しみ、今という時間をかけがえのないものとして考える事こそ、人が生きていく上で大切なのですよ?」
もの凄く良い事を言っている風だが、中身はまだ学生の孫婿と孫達に『子供作れ』と言っているだけである。
やばいな。あの有栖川教授が、アイラさん並みに駄目な大人になっているぞ。
『京ちゃん君。今理不尽に私をディスらなかったか?』
『大丈夫だよパイセン!きっと理不尽じゃないよ!』
『ほなええかー』
ええんか。いや本人が良いのなら良いけども。
『あのー、お婆様』
「ミーア。貴女ならきっと暴そ……私の気持ちを分かってくれるはずです。どうか、この老い先短い老婆に、ひ孫を抱っこさせてくれませんか……?」
『いえ。私も親子間の色々で苦労した身ですので、ちょっとこの辺は賛同できません』
とんでもなく重いボディブローが教授とこの場の空気に……!?
異父姉妹と突如発覚、からの母親が浮気相手と心中。現在の両親と上手くいっていないという経歴を持つ孫の言葉に、教授の綺麗な顔が梅干し並みに皺皺となった。
「その……すみませんでした」
『はい。この話は、これぐらいにしましょう』
何とも言えない沈黙が、自分達の間で広がる。
いや、本当に……これに関しては、何も言えねぇ。
『……でぇい!徹夜明けにこんな空気でいられるか!京ちゃん君かエリナ君、なんか頼んだ!』
「無茶ぶり!?」
『任せろパイセン!京ちゃん、船と言えば歌!ここはデュエットの時間だぜぃ!』
「歌ぁ!?いやいや、無理、無理だよ!?」
『無理というのはね、嘘つきの言葉なんだよ』
「黙ってろ残念1号!」
『それでは聞いてください。忍里の里歌。忍者魂は永遠に』
「本当に無理な曲きちゃったよ……」
この後、何もかもが滅茶苦茶な音程を響かせるエリナさんを、向こう側で残念1号2号が頑張って止める戦いが始まった。
1号の方は技も力もなかったので、早々に脱落したのは言うまでもない。
* * *
そんな騒がしい道のりを経て、自分達は再び大使館の一室に立った。
丸井さんから事前に大使館は無事だった旨を教えてもらっていたが、あれだけの事があって、本当によく崩壊しなかったものである。
彼や影山さん、そしてカタリナさんへの挨拶を済ませると、自分はすぐに着替えてリーシャさんの所へ向かう事にした。
異世界の服に着替えて廊下を歩きながら、影山さんに何度目かの謝罪をする。
「色々とすみませんでした、影山さん。本当にご迷惑を……」
「いえいえ。あの後、何故か……本当に何故か、私もお咎めなしだったので。……逆に恐い事に」
笑顔で手を横に振っていた彼女だが、途中から遠い目をしながら頬を引きつらせた。
まあ、たぶん自衛隊としてはそもそも今回の不祥事を、『なかった事』にしたいのだろう。自分が迷子になったどうこうも、記録ではせいぜい数分の出来事として扱われるに違いない。
その辺は、気にしたら負けだと思う。
「今度、必ず埋め合わせをしますので……」
「ははは……職務中の事ですので。お気持ちだけ受け取ります」
確かに、自衛隊の人に仕事中の事で何かを渡すのは少しまずいか……。
本当に申し訳ないし、ありがたくもあったので、恩返しはしたい所だが。まあ、その内何か考えるとしよう。
そんな事を考えながら、サナさんに魔力を送り通訳をオンにしながら、カタリナさんへ首だけ振り返った。
「カタリナさんも、無事で良かったです。口裏合わせの件、ありがとうございました」
『……いえ。某は大した事をしていません。それでも御身のお役に立てたのであれば、これ程嬉しい事はございません』
相変わらず、翻訳の正しさを疑いたくなる堅苦しさである。
苦笑を浮かべて誤魔化しながら歩いていれば、当然ながら大使館の出入口に辿り着いた。
この先にある景色を思うと、正直憂鬱になる。
ダンジョンの氾濫は、何度も経験してきた。だからこそ、死体の山が、燃えた街が、鮮明に浮かんでくる。
だが、こんな所で立ち止まっている暇はない。弟子の様子を確認したら、復興作業を手伝うつもりだ。こういう時こそ、錬金術師の出番だろう。
未熟者とは言え、師匠なんて呼ばれているのだ。それに相応しい姿で、いなければ。
先に扉を開けようとしてくれたカタリナさんを手で制し、自らの手で扉を開ける。
そこには────。
『おい、そこの板材持って来てくれ!』
『おーし、持ち上げるぞ!1、2の、3!』
『えっほ!えっほ!わけぇの、遅れてんぞ!』
『向こうの方で教会が医療品を配っているぞー!怪我人がいる家はそっちに向かえー!』
何とも、賑やかな光景が広がっていた。
あちこち倒壊した家や、骨組みしか残っていない家がある。通路には煤や瓦礫に混ざって、赤茶けた血痕が残っていた。
だと言うのに、街の人々は元気よく声を上げ、それぞれがやるべき事をやっている。
思わず面食らった自分の背を、教授が軽く叩いた。
「婿殿。貴方が思っているより、彼らは弱くありません。この程度で驚いていては、もちませんよ?」
どこかいたずらっ子みたいな顔でそう告げる彼女に、再び驚いて固まってしまうも。
「はい……!」
苦笑を浮かべて、頷いた。
石畳の上を、行きかう街の人々の間を縫って歩いていく。目指す先は、当然弟子の家。
大通りから外れた、人通りの少ない道。そこも、今だけは多くの人々が動き回っている。
その中で、錬金術を使い壊れたドアノブを直している小さな影を見つけた。
広めのおでこをキラリと日光で輝かせ、少女は顔を上げる。その瞳と、視線があった。
『先生!』
「お待たせしました。手伝いに来ましたよ」
満面の笑みを浮かべるリーシャさんに頷きながら、腕まくりをしてポーチから錬成陣が詰まったメモ帳サイズのカードバインダーを取り出す。
「霊薬はまだ異世界の人に使えませんし、私は力仕事でも手伝いましょうか」
「では、私のサポートをお願いできますか、教授。これでも、『復興作業』には詳しいので」
視界の端で教授が小さく肩をすくめ、影山さんが苦笑まじりに力こぶをつくってみせる。
『…………』
そんな様子をどこか興味深そうに見つめるカタリナさんだが、彼女は自分の斜め後ろをついて来てくれている。折角だから、カタリナさんの力も時々借りるとするか。
「とりあえず……街の人達に、紹介してもらって良いですか?リーシャさん。お祖母さん」
『うん!』
笑顔のリーシャさんと、それを見守るお祖母さんと共に、街の人達に向き合う。
やっぱり、知らない人達に対しては緊張してしまうが、今だけは、しっかりしなくては。
なんせ。
『皆!この人はね、凄腕の錬金術師さんなんだよ!』
この小さな弟子の、師匠なのだから。
* * *
『そう言えば京ちゃん君』
「はい?」
錬金術で、崩れた家を建て直しながらアイラさんの声に耳を傾ける。
何やら周囲が騒がしいので、軽く出来栄えを目で確認しながら右手をイヤリングに添えた。
『気になっていたのだが、君が『迷子』になっていた間、返り血とかで汚れなかったのかね。いくら透明とは言え、目立ってしまいそうだが』
「ああ、それですか。別に返り血とか砂埃とか、全部避ければ良いだけですし。大丈夫でしたよ」
何なら、人の目がなければ風で弾く事も出来るし。
『さらっと言うな、君ぃ』
「それぐらい出来なきゃ、生き残れない事ばっかりでしたからねー」
呆れまじりの声のアイラさんに、苦笑を浮かべながら答える。
あ、影山さんの方からもの凄い歯ぎしりの音が……。
そそくさと彼女から距離をとり、次の崩れた家に向かう。
『錬金術師さん!錬金術師さん!こっち、こっちだ!うちの家も頼む!』
『その次はうちを!頼む、この通りだ!』
「魔力は十分あるので、大丈夫ですよ。順番に向かいます」
全力の営業スマイルを維持し、街の人達に答える。これは、錬金術の発動より表情筋の維持の方が大変かもしれない。
そんな風にちょっと大股で歩いていると、何やら遠くが騒がしい事に気づく。
何かあったのかと視線を向けると、大きな声が聞こえて来た。
『おい!クソ領主が街に帰ってきたらしいぞ!縄で縛られた状態で!』
「……えっ」
なんか、とんでもない言葉が聞こえた気がした。
サナさん、翻訳……ミスってないよね?
翻訳の魔道具に触れるも、当然の様に異常はない。
……大丈夫かな、この街。
読んで頂きありがとうございます
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。
なんか途中、微妙に最終回っぽい雰囲気が出ていますが、第1章が終わったぐらいのノリです。ですので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
『雑種と未来人の現代ダンジョン』も投稿しておりますので、そちらも読んで頂ければ幸いです。




