閑話 カタリナから見た世界
閑話 カタリナから見た世界
サイド なし
『カタリナ』
それは、もう何年も前の話。
とある集落にて、とある老婆がまだ幼い少女に告げたのだ。
『この世は弱肉強食。強き者が、世界の中心なのだ』
今はもうない、とある隠れ里での一幕であった。
* * *
時は流れ、現在……よりも、少しだけ前の頃。
「ぐわっ!?」
大柄な冒険者の男が、建物から殴り飛ばされる。
数メートル先までゴロゴロと転がり、仲間達に助け起こされた。その鼻はへし折れ、だらだらと血が流れている。
ギッギッと音をたてて揺れる、スイングドア。それを手で軽く押さえ、出てくる人物が1人。
「て、てめぇ……!」
「黙れ。口が臭い」
体重100キロを超える大男を殴り飛ばしたのは、華奢な体格の少女だった。
女性にしては上背があるが、その体格は筋骨隆々とは程遠い。むしろ、見た目だけなら剣を振るう事すら出来ない細腕だ。
だが、この世界において見た目に反した強さをもつ存在というのは、珍しくはあっても驚く事ではない。
特に、『獣人』においては。
「私に関わるなと、最初に言ったぞ。人語すら分からないのか?」
水色の髪をなびかせ、イヌ科の耳を前に倒した少女。名は、カタリナ。
片目を長い前髪で隠し、露出している方の目で殴り飛ばした男を睨みつける。
「何度言われようと、誰かと組むつもりはない。ましてや、お前らの様な雑魚は邪魔なだけだ」
「このっ、言わせておけば……!」
「おい、やめろって!」
「やべーよ、それは……!」
彼女の言葉に激昂した、鼻の折れた男。彼が腰の片手剣に手を伸ばすが、他の仲間達が必死に止める。
それを冷ややかな目で眺めたカタリナは、さらりとした髪を揺らし淡々と問いかけた。
「やるのか?であれば、私も剣を抜く。安心しろ。『魔装』は使わないでやる」
冒険者としては一般的な革鎧姿の彼女の手が、腰に下げた護身用の片手剣に添えられた。
その瞬間、鼻の折れた男を含め相対する冒険者達の顔が青白くなる。
「……わ、分かった。もう、勧誘はしない」
「そうしろ。ついでに、もう話しかけるな」
「……ああ。誰がてめぇみてぇな奴に関わるか。乳だけのクソ女」
「おいって……!」
未だ喧嘩腰の男に、彼の仲間達の顔はどんどん青くなっていく。
それを、カタリナが哀れに思う事はない。彼らの中で、先程殴られた男が最も強いのだ。であれば、その『群れ』にいるそれ以下の者達が何かを口出しする権利などない。
まあ、提言の類であれば別だが。そう思い、カタリナは少しだけ慈悲をかけてやる事にした。
「10秒やろう」
「は?」
「それ以内に、消えろ」
「っ……!?」
「10、9、8」
「ちくしょう!」
「ひぃいい!?」
ゆっくりと数えだしたカタリナに、男達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
賢い選択だと、彼女は無言で背後の建物、宿屋の中に戻っていく。
宿屋の1階は、宿泊客用の食堂になっており、他の客も食事をとっている最中だった。
しかし皆、一様に彼女とは目を合わせず、そそくさと食べ終わって離れていく。宿屋の娘でありウエイトレスの少女は、泣きそうな顔でカタリナを見て震えていた。
カタリナは、冒険者界隈においてそこその名の知れた冒険者である。良くも、悪くも。
この世界でも希少な、アトランティス帝国の遺産……『覚醒者』。
王族や貴族に多額の報酬で雇われ、血筋に加えられる事もあれば、危険分子として暗殺者が向けられる事もある。
その中でも獣人の異能者は、高い身体能力で有名だ。
だからこそ、冒険者や傭兵団は『はぐれ』の覚醒者を見ると熱心に勧誘する。時には、詐欺や脅迫まがいの事をする輩もいた。
しかし、忘れてはいけない。覚醒者の強さもピンキリが激しいが……彼女の様に力ある覚醒者は、単独で数十の兵士を鏖殺できるという事を。
複数の呼び名はあるが、カタリナの最も有名な呼び名は『一匹狼』。それを知らずに熱心過ぎる勧誘をした冒険者は、運が良くて骨折等の重傷。最悪、首を落とされる。
殺人は罪であるが、冒険者になる奴は、盗賊一歩手前か、ただの社会の落伍者だ。衛兵も、死体が裏路地に転がっていた所で『掃除どうすんだよ』以上の事は気にしない。
いいや、覚醒者を指名手配しなければならないよりは、衛兵達も平民の数人程度こっそり死んだ所で、見て見ぬふりをするだろう。
不機嫌な彼女に関わって自分がそうなるかもと考え、周囲の者達は生きた心地がしなかった。
じろりと、カタリナは食堂の様子を見回した後、手早く途中だった食事を済ませる。
「おい」
「ひゃい!?」
スープを飲み干したカタリナの声に、宿の娘が悲鳴じみた返事をする。
それを気にした様子もなく、彼女は財布から銅貨を数枚机に置いた。
「勘定。ここに置いておくぞ」
「は、はいぃ……!」
「釣りはいらん。迷惑代だ」
そう告げて、出入口に歩いていくカタリナ。
彼女の言葉に安心しかけた宿屋の娘だが、水色の髪を揺らして件の人物が振り返る。
「それと。今夜もこの宿に泊まる。部屋はそのままにしておけ」
「……か、かしこまりましたぁ」
涙を流して笑みを浮かべる宿屋の娘に、カタリナは一切気にする事なく出入口から出て行った。
活気のある港街を、彼女は肩で風を切って歩いていく。
獣人の、冒険者らしき女。それだけで、周囲の者達は自然と道を開けた。彼女が有名なのは冒険者界隈だけだが、それでも獣人の恐ろしさは子供でも知っている。
そんな中、カタリナの鋭敏な聴覚に行きかう人々の噂話が聞こえて来た。
「なあなあ、知っているか?例の『ニッポン』って所、とんでもなくでけぇ鉄の船を持っているって話だぜ?」
「ああ、俺も港で見た。どうやって浮いてんだ、アレ」
「そりゃあ、魔法だろうよ。もしくは、アトランティスの遺産じゃねぇか?」
「だよなぁ。噂じゃ、鉄の竜も飼っているって話だぜ?」
「もしも戦争になったら、どうすんのかねぇ……」
「さあなぁ。でも、威張ってばかりの兵隊や騎士様達で、勝てると思えねぇし。いざとなったら、逃げるしかないだろう」
「ま、今は気前の良いお客さんだしな。稼ぐだけ稼いだら、逃げる準備でもするか」
「いやー。でもあいつら、けっこう親切っつうか、お人好しな所あるぜ?逆に、仲良くなっときゃ良い事が───」
そんな街の人々の会話に、カタリナは内心で鼻を鳴らした。
強者の顔色を窺うのは弱者の処世術とは言え、商人達は切り替えが良すぎる。戦士とは生き方も価値観も違うと分かってはいるが……と。彼女は、小さく首を横に振った。
そこで、もしも自分が以前港から目撃した、鉄の竜と戦ったらどうなるかを考える。
……勝てない。
その結論に少しだけ不機嫌になり、彼女の眉間に皺が出来る。ついでに、不安から耳が後ろにぐっと傾いた。
だが、すぐにそれも元に戻る。
────弱肉強食。ニッポンの『軍隊』が、強いだけ。
後は、どうそれを受け入れるか。
商人達程切り替えは早くないが、最終的な結論は同じになるだろう。そうカタリナは心の内で答えを出し、気持ち少しだけ歩くペースを速めた。
自分が弱者である事を受け入れたのなら、やる事は2つ。
死なない様にする事。そして、強くなる事。
彼女は、冒険者の酒場へと向かっている。食い扶持の為でもあるが、それ以上に力を得る為だ。
覚醒者は、生物を殺める程強くなる。常人をいくら斬ってもすぐに成長速度が落ちるが、この世界に『強者』は多い。
それこそ、鉄の竜を容易く叩き落す怪物も、未開の地に向かえばいるだろう。
カタリナは、別に求道者ではない。強き者に抗うだけではなく、従う道も視野に入っていた。
────もっとも、鉄の竜もいずれは倒すが。
そんな事を内心で考えている内に、彼女は冒険者の酒場に到着する。
何か良い依頼があるかと期待しながら、カタリナはスイングドアに手をかけ、中に入った。
この街は人と船の往来が激しい為、仕事には困らない。そう思いながら入った彼女だが、すぐ目の前に誰かの背中があった。
カタリナはそれに怒るでもなく、淡々と『スキル』を発動する。
長い前髪で隠れた、色の違う瞳。それで、相手の力量を探ろうとした。
自分より弱ければ、蹴ってどかす。同格がそれ以上なら、それから考えよう。
そんな思考のもと、彼女は眼前の者達を視て────心に、大きな罅が入った。
この世のものでは、ない。
酒場の中には、幾人もの冒険者がいる。眼前の者達も、4人組だ。だが、カタリナの視界にはたった『2体』しか映らなかった。
片方は、時と空間を支配する魔人。
その存在の周囲で、世界がバラバラに切り刻まれ、違う時を刻み、そして巻き戻っていく姿を幻視する。
片方は、分解と再構築を繰り返す魔人。
世界が分解され、分析され、戻される。その過程で、好き勝手に空間が組み替えられ、全く別物にされていく光景を幻視する。
すぐに『スキル』を停止させようとするカタリナだが、遅かった。
彼女の脳が、現実を拒絶する。だが本能が既に理解してしまっていた。
眼前に立つ、この2体は、自分がどれだけ修練を重ねようと。どれだけ修羅場を超えようと。たどり着けない位置にいる。
いいや、そもそも。生物としてのステージが違うのだ。
死ぬ事は、恐くない。だが、はたして『死ぬ』だけで済むのだろうか?死ぬ事すら出来ない、本当の地獄を。この怪物どもは、簡単に自分へ……。
これまでの人生で、最大の恐怖。失禁しなかったのは、ただの偶然に過ぎない。
今すぐ逃げ出そうとするカタリナだが……動揺から、僅かに反応が遅れた。
世界を分析し、再構築し、全てを作り変えてしまう者が、振り返る。
目が、合ってしまった。そして、ぎこちない笑みを浮かべる。まるで、必死に『普通の人間』を演じている様に。
認識されてしまった。その事実に、カタリナは足元が崩壊していく様な感覚を味わう。悲鳴すら上げる事が出来ないでいる彼女に、怪物は道を譲ってきた。
荒事には、するつもりがないのか。人間を観察して、楽しんでいるのか。だが、もしも矮小なる存在が自身に道を譲らせた事を『アレ』が不遜と捉えたら……。
心と一緒に、耳も折れる。尻尾は足の間にいつの間にか挟まり、恐怖に震えて歩く事を阻害していた。
進むのが正解か、逃げるのが正解か、立ち尽くすのが正解か。それすらも、分からない。
気づけば、もう1体の視線もカタリナに向けられていた。片方だけでも、どうする事も出来ないというのに、2体。
呼吸が、止まる。はたして、自分は今までどうやって息をしていたのだろうかと、カタリナは疑問に思った。
その様子に、しびれを切らしたのか。はたまた、そんな人間じみた感情はないのか。
『作り変える者』が、歪な笑顔のまま口を開く。
『えっと……?』
未知の言語。声色から、困惑しているのかもしれない。そう理解するより速く、カタリナは動いた。
戦う?論外。勝てる勝てない以前の話だ。
逃げる?無理だ。世界の果てすら、奴らの庭だ。
では、どうするか。
カタリナは、迷う事なく地面に転がった。背中も長い髪も汚れた床板に投げ出し、ただの獣畜生の様に腹を上に向ける。
獣人にとって、通常の獣と同じ様に扱われるのは相手を殺すしかない程の侮辱であり、屈辱的な事だ。
しかし、それがどうしたと、彼女は内心で叫ぶ。他に、最上級の『服従』を示す行為を、カタリナは知らない。
望まれたのなら、靴裏でも尻の穴でも何でも舐めよう。ただの犬以下の扱いも受け入れよう。だからせめて、命だけは……いいや。死ぬ事だけは、許してほしい。
『────?────────!』
『違うんです。これは誤解です』
何かを、イヤリングに喋る『作り変える者』。そして、困った様な顔をしている『時と空間を操る者』。
自分はこれからどうなるのか。カタリナにそれは分からない。
だが、せめて安らかな最期だけでもと、彼女は全てを運に任せた。
* * *
そして、現在。
「お願いだ錬金術師様!お、俺の家を……!」
『はーい、今行きまーす!』
力も金もない街の住民の頼みに、『作り変える者』……『キョウタ』は、笑顔で答える。
そして、宮廷魔導士もかくやという腕前の錬金術で、いとも容易く崩れた家を建て直していた。
デザインはやけにシンプルだが、頑丈そうではある。住む分には問題ないだろう。
しきりに感謝する住民だが、彼らが何かを差し出す事はない。頭を下げて、礼を言うだけ。
だというのに、キョウタは笑顔で手を振り、逆に恐縮した様子だった。
それが、カタリナには不思議でならない。
錬金術の異様な精度もさる事ながら、既に50軒は直している。この世界の錬金術師では、1軒直す頃には魔力切れで倒れていてもおかしくはないのに。
全力で人間に擬態しているのかもしれないが、何もかもがおかしい。やはり化け物だと、カタリナは結論を出す。
だからこそ、意味不明だった。なぜ、絶対なる強者が、こうも周囲に気を遣うのだろう、と。
大使館に住んでいる間、そこの職員に彼女はキョウタや『キョウジュ』の事を尋ねていた。
そこから、彼らが『ニッポン』でも有数の実力者だと把握している。
チラリ、と。カタリナはキョウジュの方に視線を向けた。あちらはあちらで、材木を運んだ後に小さな子供の頭を撫でている。
分からない。なぜ、この2体はこうも『甘い』のだ。
強者ゆえの余裕?それにしては、妙である。カタリナの価値観では、どうにもしっくりくる答えが出てこない。
何より不思議だったのは、自分に妙な口裏合わせまでして、無関係な街の者達を守ろうとした事だった。
彼女にニッポンの事情は知らないが、キョウタ達にとってあそこで戦うのは政治的に不都合な事は、察している。だというのに、なぜ?
あげく、その事で礼を言ってくるのも、カタリナには不思議でしょうがなかった。
「おーい、錬金術師さん!すまねぇが、こっちも頼む!」
『あ、ちょっと待ってくださーい!えっと、この建物は……よし。今向かいまーす!』
分からない。全てが分からない。
カタリナは表情にこそ出さないが、頭の中に大量の疑問符を浮かべていた。
だが……不快ではない。
最初に遭遇した時よりも随分と自然な笑みを浮かべる様になったキョウタを、カタリナは興味深そうに観察する。
そこに、情の類はない。彼女は冷徹に、冷静に、必要な情報を取捨選択していく。
好奇心のまま、カタリナは時々荷物運びを手伝いながら、キョウタを見つめ続けた。
「おい!クソ領主が街に帰ってきたらしいぞ!縄で縛られた状態で!」
何か聞こえて来たが、至極どうでも良い情報だったので、彼女はスルーした。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。感想返しは滞っておりますが、全て読ませて頂いております。創作の原動力になっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
『雑種と未来人の現代ダンジョン』も連載中ですので、そちらも見て頂ければ幸いです。




