外伝34 不可視の
外伝34 不可視の
「この道を真っすぐ、家の方に向かってください。ルート上の敵は殲滅しています」
リーシャさんと、彼女のお祖母さんの状態を軽く確認する。大きな怪我は見当たらない。
間に合ったのだと、内心で安堵する。
『せ、先生は?』
「僕は……」
彼女の問いに、少し考える。
だが、まだ終わっていない。弟子を守るという目的は、この街の問題が解決するまでは完了ではないはずだ。
あちこちから聞こえてくる悲鳴に、消える魔力の反応に、眉が寄りそうになる。
それを見せまいと、兜を再構築した。
「───戦いますよ。こっそりと」
『こっそりと?』
「ええ」
口の前で人差し指をたて、少しだけ教授のマネをしてみる。
「バレない様にやらないといけないので」
『は?エッチですか?』
『先輩。今はちょっと黙っていようね』
イヤリングから聞こえてくる残念2号の声は無視する。本当にさぁ……。
呆然とするリーシャさんをお祖母さんに預けた後、マントへと魔力を流し込む。
自分の目には普通に見えているが、彼女らの反応からしてきちんと透明になっている様だ。驚いた顔で、周囲を見回している。
「早く家へ逃げてください。大丈夫、敵は近づかせません」
『先生、どこ!?』
「また今度、会いに行きます」
こちらの言葉に、リーシャさんは一瞬だけ目を見開き。
『うん!』
満面の笑みで、頷いた。
それに背を向け、走り出す。石畳の地面を駆け、勢いのまま跳躍。家屋の屋根へと降り立った。
オレンジ色の瓦を踏みしめ、あちこちで黒煙の上がる街を見回す。
『分かっているとは思うが、人前でスキルは使うなよ京ちゃん君。エリナ君の透明化は、他スキルとの併用ができん。『精霊眼』の様な、常時発動型は例外だがな』
「はい」
先程は加速の為に風を放出したが、極力それは避けるべきだろう。『概念干渉』と合わせた、空中歩行も使えない。
武器は、剣と手足、あとはナイフのみ。
……やれるか?
──やれるさ。
「行きます」
『うむ。ま、道に迷う心配はするな。我々がナビをしてやるとも』
「はい!」
瓦を踏み砕き、跳躍する。
一足で数軒を跳び越え、長い屋根に着地。そのまま疾走し、魔力の発生地点へと向かう。
次第に、人々の声もハッキリと聞こえる様になってきた。
「うわああああ!」
「来るな!来るなぁ!」
「もっと奥に行けよ!」
通路に詰まってしまった避難民と、その最後尾で必死の抵抗をする兵士達。そして、それを狙う数体のバンダースナッチ
獣どもは唸り声をあげ、兵士達の突き出す槍を噛み砕き、爪で引き裂く。あと数秒もしない間に彼らが食い殺されるのは、想像に難くなかった。
それよりも早く、速く、疾く────斬る。
減速することなく飛び降り、バンダースナッチどもの背後へと着地。音に振り返った手近な個体を一刀のもと切り伏せ、更に踏み込む。
音と臭いでこちらの位置を把握しているのか、怪物は振り向き様に爪を叩き込もうとしてきた。
だが、遅い。それよりも先に首を刎ね、続いて他の個体の頭を左手で鷲掴みにする。
『ガァ!?』
「しぃ……!」
そのまま持ち上げ、別のバンダースナッチへと投げつけた。ぐしゃり、と。血肉の爆ぜる音をさせて、通路の向こうへ消えていく。
「え……え?」
呆然とする兵士達に答える事なく、再び走り出す。大通りから路地へ入り、鏡を景色が見やすい様に前方へ構えた。
『予測される避難経路を考えると、そのまま直進後2つ目の十字路で右に曲がれ。そうすれば、逃げる獲物を追いかける怪物の尻を狙える』
「了解」
バンダースナッチは、『狩り』の為にこの街を襲っている。モンスターではない以上、その行動原理は通常の生物とそう変わらない。
であれば、アイラさんが予測をたててくれる。
『ミーア、そっちの地図を』
『はい、姉さん!』
言われた通り2つ目の十字路で右に曲がる。勢いを殺すまいと、壁へ飛んでそれを足場に疾走。重力に引かれ始めた頃に、地面へと跳んでそのまま足を動かした。
彼女の予測通り、大きな道路にて悲鳴が上がっている。そして、血の臭いが鼻腔へ流れ込んできた。
「っ……!」
『冷静さを失うなよ。君がやっているのは、国際問題だという事を忘れるな』
「はい……!」
アイラさんの言葉に頷き、一瞬だけスキルを発動。加速し、直後に透明化。
大通りへと自身を射出して、視界に入った4体のバンダースナッチを横から回転切りで切り刻む。
血飛沫が舞う中、次の獲物へ。こちらへ振り返ろうとした首を刎ね、続いて隣にいた個体の胴を引き裂いた。
止まるな。加速し続けろ。
兵士達の驚愕の声も、怪我人が上げる助けを呼ぶ声も無視し、ひたすら化け物を切り続ける。
自分の存在がバレてはならない。謎の存在が、暴れていった。それ以外は許されない。
バンダースナッチの顔面を袈裟懸けに切り裂き、切っ先を翻すと共に前進。別個体の胴を両断する。
飛び散る返り血を掻い潜り、こちらを探す怪物を殴り飛ばした。吹き飛んでいった巨体が、建物の壁に当たり轟音を上げる。
『ヴヴヴ……!』
『ガァア!』
聴覚と嗅覚でこちらの位置を探る、バンダースナッチども。その牙が、爪が向けられた場所に、もう自分はいない。
無防備な横っ腹を両断し、衝撃で浮き上がった巨体の下を通り抜けてもう1体の首を刎ねた。
「なんだ!?なにが起きて……」
「新手の化け物か!?」
動揺する兵士達を無視し、周囲を見回す。生きているバンダースナッチがいない事を確認し、再び走り始めた。
地面を蹴り、壁を駆け、屋根を飛び移る。
『でぇい、視界が定まらん!この高速ゴリラめ!』
『パイセン、この区画で、今尖塔が見えた!』
『ならば10時の方向に走れ!』
「はい!」
短く答えながら、屋根の上を走る。
上から見れば、住民の避難状況の悪さがよく分かった。馬車があちこちで立ち往生し、それが壁となって人の流れを止めている。
そうして動けない人達の所へ、バンダースナッチの集団が駆けているのを捉えた。方向を変え、屋根を駆けおり、塔の様な建物を蹴りつけ、地面に着地。そのまま走り、馬車の荷台を踏み越えて跳躍する。
「オオオッ!」
空中で身を捻り、勢いのままバンダースナッチを両断。石畳を足裏で削りながら着地し、刀身を地面に突き立てて旋回する。
ギャリギャリと嫌な音を響かせて方向を変え、爪先で石畳を掻く様に蹴った。
仲間が突如真っ二つになった事に驚いたのか、他のバンダースナッチが動きを止めてこちらを見る。
その顔面にナイフを抜きざまに投擲し、首から上を爆ぜさせた。続いて、近くの個体の首を刎ねる。
勢いのまま敵集団の中へ跳び込み、怪物どもが自分を捉える前に剣を振り回した。
鮮血と肉片が、辺りに散らばる。
「次……!」
地面を蹴りつけて、ほぼ真上に跳躍。一瞬だけ風を発生させ、再び屋根の上に。
『んーっと……パイセン、京ちゃんは今地図のこの辺!』
『その位置からなら、次の避難経路よりも敵の親玉の方が近い。先にそいつをやっておけ』
「了解……!」
『油断はするなよ。相手は『Bランク』相当だ。スキルが使えない事を考慮して当たれ』
「はい」
色鮮やかな瓦屋根を駆けて行けば、崩れた城壁の一部が見える。その近くで人間を食らう、魚類と竜種が混ざった様な怪物の姿も。
長い爪を使って城壁に張り付いたそれは、丁寧に、入念に、食べ残しを出すまいと動かなくなった兵士達をつまんでは口に運んでいた。
この地における頂点捕食者であるかの様に、油断しきった様子で食事を続けている。
自分の口から、軋む様な音がした。歯を食いしばっているのだと、遅れて気づく。
「……化け物め……!」
胸に燃えるこの怒りは、お門違いなものなのかもしれない。自分は異世界の者であり、部外者だ。
だが、知った事ではない。自棄を起こした愚者がどれだけ恐ろしいか、あの怪物に分からせてやる。
屋根を疾走する音か、はたまら漏れ出た魔力に反応したのか、邪竜がその長い首をもたげた。
食事を中断したジャバウォックが、巨体に見合わぬ機敏さで城壁をよじ登る。
そして。
『ブブブォォォオ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!』
まるで壊れたラッパの様な声を上げ、城壁の一部を掴んだ。
大剣を彷彿とさせる爪が硬い石材を抉り、手の中に納まる。それを、ジャバウォックが振りかぶった。
竜種にしては、人の様な骨格をしている前足。それを活かして何をするつもりなのかは、明白であった。
「来いよ……!」
『ブブブブァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!』
投擲。
否、それはもはや、投石機の一撃と呼ぶに相応しい。
散弾の様に放たれたそれらは、1つ1つが人の背丈よりも大きな巨石。こちらの正確な位置が分からんと、纏めて吹き飛ばすつもりか……!
「らぁ!」
正面から迫る、一際大きな巨石へと剣を投げつける。回転するそれが対象を粉砕するのを横目に、跳躍。
人のいる方に石を飛ばさせはしない。叩き落す!
飛翔する巨石を蹴りつけ、反動で再度跳躍。次々と蹴り飛ばし、籠手でもって打ち砕く。同時に、それらを足場代わりに加速。
間合いを詰めながら、空中にて剣へと手を伸ばす。
その最中、ジャバウォックと視線が合うのを感じた。巨石への対処で、こちらの位置を把握したらしい。
その口腔に魔力の収束を感じ取る。
「っ……!」
空中で、片手半剣の切っ先を掴む。籠手と刃がギチリと音をたて、しっかりと握った。
住民に時間を知らせる為の、尖塔の様な鐘楼を蹴りつけて更に加速。砲弾の様に屋根へと跳び込み、踏み抜いてしまう前にそれを足場として再度跳んだ。背後で盛大な破砕音がするが、今は無視だ。
勢いのまま眼前に迫る城壁の凹凸を駆け上がり、一息にジャバウォックと同じ高さへ。
奴の左側、数十メートルの位置に着地したこちらへ、怪物はぐるりと首を巡らせる。
音か、魔力か。どちらにせよ完全に捉えられた。だが、
「お前なんぞ……!」
構わない。城壁の上を、真っすぐ疾走する。
「スキル無しでもぉ!」
────キィィィィッ!
空気が焼ける音が奴の口腔から響く。急激に気温が上昇し、周囲の石材がどろりと形を変え始めた。
それに足を捕られるより、素早く。自分の足は城壁を駆け抜け、跳び上がり。
「十分なんだよぉ!」
全力のモードシュラッグを、柄頭を怪物の下顎へと叩き込んだ。
ブレスを放つ直前の、邪竜の顎。それが、轟音と共に閉じられる。刹那、爆音が響き渡る。
『ブァァァァァアアアアアッ!?』
黒煙と共に絶叫がジャバウォックの口から発せられ、その巨体がぐらりと揺れた。
そのまま、奴は真っ逆さまに城壁の外へと落ちていく。
自分も、それに続いた。一も二もなく城壁から飛び降り、壁面を疾走してジャバウォックを追いかける。
地響きと共に着地した怪物は、まだ生きていた。童話において、特殊な武器でしか殺す事の出来ない存在。それと同じく、このジャバウォックもまた、魔力を帯びた攻撃でなければ仕留めきれない。
大地との衝突でも骨1つ折れない邪竜が、一目散に逃げだそうとする。文字通り尻尾を撒いて、走り出したのだ。
「ここまで、好き放題にやって……!」
剣を回転させ、柄を握る。
あの怪物は、人の味を知っていた。生かしておけば、また同じ事をやる。
いや、そうでなくとも。
「逃がすわけ、ないだろう……!」
『ブブブブォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!』
悲鳴を上げる邪竜の首へと、跳ぶ。
両腕で剣を構え、落下の勢いを受けながら回転。そのまま鱗に覆われた怪物へと衝突し、抉り飛ばす。
鱗を砕き、肉を裂き、骨を断ち、そして。
鮮血が、大地を濡らした。
「しぃぃ……!」
地面を足裏で削りながら着地し、背後でジャバウォックの巨体が崩れ落ちる音を聞く。
砂煙が辺りを包み込むが、それから逃れる為に足を動かした。
まだ、この外套を土で汚すわけにはいかない。戦いは終わっていないのだから。
ぐるりと、大きくUターンをして街に戻る。横目でジャバウォックの魔力が消失したのを確認し、跳躍。
城壁の凹凸に爪先を引っ掛けて駆け上がり、再びその上へと着地した。
イヤリング越しに、やる気のない拍手が聞こえてくる。
『大将首の撃破おめでとう。では、掃討戦だ』
「はいっ!」
答えると共に、城壁の内側へと跳び下りる。
ジャバウォックを、群れの長を倒した事が功を奏したのか、バンダースナッチどもが人を襲う事より、自分のいる位置から逃げる様な動きが空から見えた。
逃がしはしない。後顧の憂いは完全に断つ。
剣を肩に担ぐ様に構え、石畳の地面を駆け出した。
────その、約20分後。
あちこちの家屋が燃え、崩れ、その傍に人々の亡骸が横たわり。
死者数に匹敵する怪物どもの死体が、街の各所に積み上がった。
読んで頂きありがとうございます。
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