外伝29 錬金の道
外伝29 錬金の道
シリアスな空気の中、シリアルな空気が1人だけ混入している気がする。
どんな顔をすれば良いのかわからず沈黙する自分の耳、アイラさんの声が聞こえてきた。
『なあなあ京ちゃんくぅん。その子はな、暗い未来しか待っていないんだ。それを救ってあげたいと、君は思わないのかなぁ?』
「……あの。不躾な質問で恐縮ですが、遠くに行くとは……」
まだだ。まだ、この少女に悲劇的な未来が待っていると決まったわけではない。
この街には今、巨大な化け物が迫っているという話がある。きっと、疎開の一種だ。問題が解決すれば、この老婆のもとへ帰ってくるのだろう。
ほんの短い別れだ。きっと大したことではない。
そう、未来には、希望が満ち溢れている!
『えっとね。鉱山に送られるんだって、紹介人のおじさんから聞いたよ』
ノーフューチャー……!圧倒的、ノーフューチャー……!
『……やっぱり、今からでもこの家を売って……』
『ダメだよお婆ちゃん。そんなことしたら、2人揃って冬には凍えて死んじゃうよ。それに……ここは、お父さんとお母さんの思い出が残っているから。なくしたく、ないよ』
気丈に笑顔を浮かべて、リーシャさんは自分の胸を叩いた。
『大丈夫!私、体力にはちょっとだけ自信があるから!向こうでたくさん石を掘って、たくさんお金を稼ぐからね!そしたら、お婆ちゃんの足だってお医者さんに診てもらえるから!』
『……ごめんよ……ごめんよ、リーシャ。せめてアタシの足が、こんなポンコツじゃなけりゃあ……』
お婆さんが、自らの右足を殴る。その腕は弱弱しいが、強い怒りと悔しさが籠められていることが傍目にもわかった。
自身を傷つける老婆の手を、孫の少女は優しく握る。
『心配しないで、お婆ちゃん……その、アレだよ!もしかしたら鉱山で宝石とか採れるかもしれないし!そしたら、すぐに……すぐに……!』
リーシャさんの目に、うるうると涙が溜まっていく。
彼女はすぐに拳で自分の目元を拭い、こちらに笑顔を向けてきた。
『ありがとうございました、錬金術師さん!お姉さん!おかげで、最後の日までお婆ちゃんと過ごせそうです……!』
「…………」
え、なにここ。地獄?
『京ちゃんくぅん』
たぶん地獄だわ。悪魔の囁きが聞こえてくるし。
『君が今この子を見捨てたら、どうなるかなぁ?あくまで地球での話だが、中世での鉱山労働者の死者率……国別に、ここで諳んじてあげようかなぁ』
『姉さんが、もの凄く活き活きとした顔をしています……!』
『これはね?皆が幸せになれる唯一の道なんだよ。少女は錬金術を学んで、食い扶持を得ることができるかもしれない。そこの老婆は、孫と残りの人生を共に過ごせるかもしれない。私やババ様も、この国の文化や歴史について知ることができるかもしれない』
「それ、は……」
『勿論、君の労働には報いるつもりでいるよ。調査協力に対する報酬に、色をつけようじゃないか』
「う、ぐぁ……!」
『京ちゃん、もしかして悩んでる?』
「……いえ。答えは、もう出ています」
精神が耐えられるか不明なだけで。
だがここで回れ右してもメンタルが大いに削られることは確定なので、まだ被害が少ない方に行くべきなのは明白である。
……耐えられるか、僕のコミュ力!
『あ、そうなんだ。京ちゃんの悩んでいる顔、見せてもらおうかなって思ったのに』
「え……嗜虐趣味が……?」
こっわ。この流れで性癖を探求とか、ミーアさんじゃあるまいし。
『ほえ?そういうことじゃないよ?』
『待ってください。こんな状況でエッチな話は、流石にダメだと思います』
『バカな、ミーアがまともなことを!?』
『お口を塞ぎますよ?姉さん』
『HAHAHA!そこは唇じゃなく、手を近づけてほしいな……!』
アイラさんと同じことを考えてしまったが、それは秘密である。
深呼吸を1回挟んで、少女に話しかけた。
「あの、リーシャさん」
『どうしたの、錬金術師さん。なんだか真剣なお顔だけど……』
「よろしければ、錬金術について多少お教えしましょうか……?」
『えっ!?』
少女と老婆が、心底驚いたような顔をする。
お婆さんの方が、不安気な顔で首を横に振った。
『すまないけど、うちには本当にお金がないから。教えてもらっても払えるものなんてないよ……?』
「いえ。ただ、代わりと言ってはなんですが、この街の歴史や宗教。お守りについて教えて頂きたいのです」
仕事モードだ。これは仕事だと割り切るのだ。
少女を救う。情報も集める。どっちもやるのが、今の仕事なのだ。
『本当!本当に錬金術を教えてくれるの、お兄さん!』
だから、この無垢な瞳に耐えろ、僕のメンタル!
圧倒的陽キャオーラ。この子は恐らく、将来とんでもない陽キャギャルとなる。『精霊眼』もそうだそうだと言っている気がした。いいや言っている。戦闘中、ちょっとだけ未来が視えたりするし、間違いない。
これは戦いだ。自分はもうコミュ障ではなく、陽キャ少女からの無邪気な視線やそのハイテンションに負けたりしない。
『えっと、京太君。あんまり張り切り過ぎないよう、気を付けてくださいね?なんだか、変なテンションになっている気がしますが……』
「問題ありません、ミーアさん。僕は極めて冷静です」
『それ言う人、大抵冷静じゃない気が……』
まあ、そもそも自分に教えられることなど大した内容ではないのだが。
『そんなことで良いのかい?その……あとで、魂とか、要求されないかい?』
このお婆さんの中で、錬金術師ってどんな存在なのだろうか……。
地球における錬金術師と言えば変態の集まりなので、やはり文化が違うらしい。
自分のような、ごく普通の術師は少数派である。その分、腕はさほど良くないが……なんにせよ、警戒すべきは魂ではなく貞操なのが常識だ。
『錬金同好会』は生身の女性に興味はあんまりないが、嫁ゴーレム作成の為に参考資料としてヌード写真を要求してくるかもしれない。そういう方向で、注意すべきである。
「実は、我々はここから遠い所から来た学者さんの下で働いているのです。その人はこの辺りの歴史に強い興味を抱いており、街の方々から話を聞きたいとおっしゃっていました。それに協力して頂けるだけで、十分なのです」
『そう、なのかい……?』
『もしかして、その学者さんが錬金術師さんのお師匠様なの!?』
「うーん。勉強をみてもらうことはありますけど、錬金術自体は独学ですね」
『どくがく?』
コテン、と。リーシャさんが首を傾げる。
「自分で勉強して覚えること……ですかね。だから、少し癖があるかもしれません」
『すごい!錬金術師さん、自分だけで術を覚えちゃったの!?』
「え、いや。大した腕ではありませんので……」
『それでもすごいよ!天才さんだよ!』
瞳をキラキラとさせるリーシャさんに、背中を冷たい汗が伝う。
尊敬の眼差しが痛い。違うんです。本当に、謙遜でもなく言葉通り大した腕は持っていないのです。
この瞳が失望に変わった時のことを想像し、胃が痛くなってきた。心臓がキュッとする。
まず、自分は子供との正しい接し方を知らない。『お前も子供じゃん』と、日本なら言われてしまうかもしれないが。
子供だから子供との付き合い方に詳しいのなら、同性の友達が1人2人いるはずである。
やばい。ちょっと泣けてきた。
「そ、それでは、今日はこの辺りで失礼します。勉強に必要なものを揃えてから、明日またお伺いしますね。その際、こちらのお守りについて詳しくお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
『アタシは勿論構わないけどねぇ……』
『はいはーい!私も!私も色々知ってます!お父さん達から沢山聞いたから!錬金術師さんに、一杯教えられるよ!』
元気よく手を挙げるリーシャさんに、曖昧な笑顔で頷いておく。
……よし。お守りや歴史について直接聞くのは、教授を連れてきて彼女に任せよう!
元々、あの人の研究だ。色々と、尋ねながらのインタビューの方が捗るはず。
そう考えると、少しだけ心が軽くなった。有栖川教授は、教育者としても優秀だと聞く。きっと、万事彼女が何とかしてくれるはずだ。
心に余裕ができたので、視線を店の方に向ける。
「そういえばアイラさん。研究資料として、ここでお守りをもう幾つか購入していった方が良いと思うのですが……」
教授から預けられた、こちらの世界のお金が入った布袋に触れる。
『うむ。とりあえず全種類、1個……いいや2個ずつ買ってきてくれたまえ』
片手で収まる程度の個数を想定していたので、彼女の言葉に少し驚いた。
「え、多くないですか?お金、大丈夫なんですか……?」
『あらかじめ、ババ様……もとい教授が丸井氏と交渉していてね。そちら側で手に入れた魔道具や歴史資料等の研究を合同するということで、予算の方はどうにかしてある。正確には、限定的な両替の成立だが。何にせよ、その店のお守りを全て買い占めることも可能だ』
「は、はあ……」
何というか、やる気に満ち溢れているな、この人達。
お婆さんにお守りの購入を伝えると、大層驚いた様子であった。普通こんなに買っていくものではないので、当たり前と言えば当たり前である。
泥棒を捕まえた件や錬金術を教える件で安くしようとするお婆さんに、元々の値段で購入したいとどうにか交渉することになった。
逆じゃね、とは思うものの。このままリーシャさんが鉱山にドナドナされては、自分のメンタルが耐えられない。
きちんと元々の値段でお守りを購入し、大使館へと帰還した。
* * *
「よくやりました、婿殿!」
がっしりと、華奢な指がこちらの手を包み込む。
瞳をキラキラとさせる教授が、興奮からか頬を少し赤くさせ、エルフ耳をピコピコと動かしていた。
『すぅ……エッチポイント、100点満点……!』
やべぇな、この孫。
「路地裏で御店を経営するご老人。しかも販売だけではなく、製造もしている。これは、非常に興味深い話を聞けるに違いありません!」
「は、はあ」
「お守りの絵に関する逸話。そこから推測される歴史。それに郷土史に関しても期待できますし、そもそもその地における生活について詳しくお話が─────」
何やら熱く語り始めた教授の後ろで、影山さんがげんなりした様子で立っている。
流石は自衛官だけあって、この人は普段凛とした姿勢でいるのだが。今だけは、魂が口から抜けかかっている気がした。
もしかしたら、有栖川教授はずっとこのテンションだったのかもしれない。何と言うか、お疲れ様です……。
「─────ということが……あっ」
興奮した様子で語っていた教授が、慌てて手を離した。
両手を腰の後ろに隠し、彼女は小さく咳払いをする。
「失礼しました。少々、取り乱していたようです。こんなお婆さんに手を握られて、嫌だったでしょう」
「いえ、そんなことは……」
お婆さんと言っても、エルフなので見た目は20代の美女である。彼女の指の感触を思い出すと、少し胸がドキドキした。
もしも大学でもこんな感じなら、とんでもない教授である。男子大学生達の情緒が危ない。
「兎に角。素晴らしい成果です、婿殿。明日からも、よろしくお願いしますね」
「あ、はい。それで、その際には一緒に来て頂きたいのですが……」
ぶんぶんと、影山さんが無言で頷く。
「いえ。このまま二手に別れて調査を進めましょう」
がっくりと、影山さんが無言で俯く。
「婿殿がどの程度この街に馴染めるか不安でしたが、この分なら問題はなさそうですね。貴方の幸運と成長を、非常に嬉しく思います」
「い、いや。教授。ここは、教授自らインタビューした方が、より詳しい話をですね……」
「しかし、あまり大人数で押しかけては御迷惑でしょう。聞きたい内容は、アイラが纏めてくれるはずです。あの子も、そういう所は優秀ですので」
『は~ん?私は全方面に対して優秀かつ天才的なんだが~?クールビューティー選手権1位なんだが~?』
「ふふ。頼りにしていますよ、アイラ。エリナとミーアも、この子が暴走しないようにサポートしてあげてくださいね」
『OKだよ、お婆ちゃま!』
『お任せください、お婆様!』
『え、私妹と高校生の従妹に面倒みてもらう側なの?』
なにを今更。
と、残念女子大生のことを考えている場合ではない。慌てて、教授に対して首を横に振る。
「ま、待ってください!無理ですって!僕にそんな、錬金術を教えながら色々と尋ねるだなんて……!」
「これも花婿修行の一環ですよ、婿殿。上手くできたらきちんとご褒美も用意しますから、楽しみにしてくださいね」
ニッコリと、柔らかな笑みを浮かべる教授。わぁ、美人。
『ご褒美!?それは……エッチなやつですか!?破廉恥な!』
わぁ、変態。
しかし、どうしたものか。どうやら、教授は一緒に来てくれないらしい。
同行するのは、カタリナさんのみ。彼女が交渉事に関して、非常に頼りないことは今日一緒にいてよくわかっている。
この人の、こちらに対する誤解も解かねばならない。自分も教授も、別に化け物ではないのだ。
だが、『花婿修行』と言われては引き下がれない。
不誠実にも、5人の女性と関係を持っているのである。その分、努力しなくては。
アイラさんは『錬金同好会』の公開資料を使うと言っていたが、アレだけでは分かり辛いだろう。色んな国で、偉い学者さん達が理解しようとしても四苦八苦しているらしいし。
ここは、『魔装』の本に頼るとしよう。流石にそのまま読ませるのはまずいので、公開資料の内容を噛み砕いて……となるが。
あの本は、非常に分かり易い。なんせ高校受験しながら片手間に読んだ自分でも、ホムンクルスを作れるぐらいである。
きっと、リーシャさんもある程度の術は覚えられるはずだ。
「わかりました、教授……全力を、尽くします!」
「え、ええ。婿殿。あまり、張り切り過ぎないでくださいね……?」
「はい。勿論です」
石ころを金に錬成できるようにする……のは、流石にまずいだろう。
まずは、石を任意の形に錬成できるようになるのを、目指すべきか。
早速、丸井さんに日本の鉛筆やノートなどを持ち込んで良いか、尋ねに向かった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の原動力にさせて頂いておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.京太の錬金術師としての腕前って、どんなものなの?
A.『錬金術』のスキル持ちからすると『二流』。スキル持ちじゃない人からすると『一級の使い手』ってぐらいですね。作中日本だと。
今の所、ギリギリ金の錬成が『賢者の心核』抜きで出来る。っての腕前です。あんまり描写されていませんが、彼もちょくちょく『魔装』の本で勉強していますので。
Q.京太でそれなら、あの世界のレアメタル事情やばくない?
A.はい。だからこそ、『同好会』の動向に世界中が注目していますし、隙あれば誘拐や規制をしようとしていますね。
なお、その間に彼らは恐ろしい計画を進めていた……!徐々に、しかし確実に、『ZZ計画』は社会に浸透し始めている……!




