外伝 閑話 全ての孤独な者達の為に
外伝 閑話 全ての孤独な者達の為に
サイド なし
千葉県南部某所。
軍事施設と見紛う程の厳重な警備がされた建物がある。
近隣住民がそこに近づかないのは、あまりに強固な警備故……ではない。
そこが、世界で最も有名な『エッチな人形』の製造施設だからである。
『錬金同好会第1工場~ラビュラビュ♡ホムンクルス嫁を作ろう~』
地獄の一丁目でも見ないような、そんな看板が堂々と掲げられていた。
無垢な子供が知的好奇心で近づこうとすれば、親や教師が全力で止め。成人男性が恥的好奇心で近づこうとすれば、周囲から冷たい目が向けられる。
『錬金同好会』の本部は、今日も平和であった。
しかし、その一室にて。非常に重苦しい空気が流れている。
「……これは、非常に由々しき問題だ」
上座に座る、同好会会長が押し殺した声でそう言った。
この場に集う全員が異端審問官のような恰好をしている為、その表情はわからない。
しかし、誰もが頭巾の下で眉間に皺を寄せているのは明白であった。
「とうとう、国連が動きましたな」
会長の隣で、副会長が小さく肩をすくめる。
若手のホープにして、たぶんご両親は絶望しているだろう、小島が机を勢いよく叩いた。
「ちくしょう……!あいつら、好き勝手言いやがって……!」
肩を震わせ、頭巾の下で彼は涙を流す。
会議室に集った他の会員達も、数人が悲しみから嗚咽を漏らした。
「まさか……まさか……!」
血を吐くように、小島は続けた。
「『性的なゴーレムの製造を禁止すべき』だなんて、国連が正式発表するなんて……!」
幹部の1人として潜入している、赤坂勇音は思った。
もう帰って寝たい、と。
「なにが、『性的なゴーレムは性的搾取の一環』だ!なにが、『社会の風紀を乱す』だ!」
「しかもあいつら、『たとえ擬きであっても、ホムンクルスの製造は生命への冒涜』とかぬかしやがって……!」
「希望は……俺達に、希望はねぇのかよ!」
小島の声が引き金となり、会員達が机に突っ伏して叫ぶ。
そんな中、副会長が声を張り上げた。
「皆、落ち着け!国連に我らを縛る程の力はない!奴らは所詮、国際会議の場を管理維持するだけの組織。レンタル会議室の管理人のようなものだ!」
「しかし、副会長……!奴らの影響力は計り知れません!このままでは、我らの活動も……!」
「こうなったら、国連の会議場にスケベゴーレムを放つしか……!」
「待て、早まるな!そんな事をすれば、『エッチなことはいけないと思います』委員会のオッサンとオバサン達が発狂し、攻め込んでくるぞ!」
「奴らだってどうせスケベが大好きな癖に!スケベゴーレムは駄目で、キャバクラやホストクラブは良いのかよ!」
「こっちの方が健全じゃないか!それに、被害者はいない!ねぇんだよぉ!ゴーレムに人権はよぉ!」
「この……バカ野郎!」
「ぐはぁ!?」
副会長が、ゴーレムの人権について叫んだ会員を殴り飛ばす。
「お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか!我らの『夢』を、忘れたのか!」
「それは……!」
「我々はいつか……大手を振って、街の中をホムンクルス彼氏彼女とデートする……誰に後ろ指を指されることもなく、静かで、落ち着いて……そんな世界を実現する為に、頑張ってきたんだろう!」
「っ……!すみません、副会長……!俺、悔しくって……!」
「いいんだ……いいんだ……!」
ひしと、副会長が殴り倒した会員を抱きしめる。
「泣いたって良い。怒ったって良い。でも……自分の夢だけは、否定しないでくれ……!」
「副会長……!」
会議室に響いていた怒号が、消え去る。
未だ、涙を流す者はいた。しかし、それでも我を忘れる者はいない。
自分達の『夢』を、この世から消し去らない為に。
『良い話だけど、これラブドールの話なんだよな……』と、赤坂勇音はちょっと遠い目をする。
彼女は、帰ったら父親にケーキを買ってもらうことを決意した。今は生クリームの甘さに逃げたい気分であった。
「……話を戻そう」
会長が、両肘をつき口の前で指を組む。
「彼らが主に問題視しているのは、少年型と少女型のゴーレムだ。最も人気のあるタイプかつ、我らの中にも愛好する者達が多いタイプである」
「……そうですね。たしか、『たとえゴーレムでも、未成年の姿をした物を性的な目的で販売するのは間違いだ』って言っているんでしたっけ」
「……いっそ、性的な機能を外して販売しますか?」
「いいや。それは我らの理念に反する。ただの家事お手伝いロボなど、性癖に……いやわりと萌えるな」
「しかし、やっぱりエッチできるか、エッチできないかは重要でしょう。ゴーレムの性的機能の排除は、性癖の固定化を招きかねません。何より、『ホムンクルス嫁を持つのは普通』という価値観から遠ざかる可能性があります」
「それに、奴らは未成年型のゴーレム以外だけではなく、成人型のスケベゴーレムまで規制すべきだと主張しています」
「我々と敵対する団体が、これ幸いと国連の発言を広めていますね……」
「しかし、奴らは『ホムンクルス擬きと言えどホムンクルスの創造は生命への冒涜』とか言っているのは、逆にチャンスなのでは?」
「たしかに。いっそ、ホムンクルスをきちんとした生命と認めさせ、『ZZ計画』への足掛かりを……」
「待て。それでは我らの理想とは離れた形に」
「そもそも……この一件は、ただ性的な問題だけではないかもしれない」
「会長?」
同好会の会長が、頭巾の下でギラリと瞳を輝かせた。
「今回の一件は、非常にデリケートな政治的な話になるかもしれない。だが、我々はあくまで叡智の探究者。『ZZ計画』遂行の為に、皆、軽挙妄動は慎み、普段通りに過ごしてくれ」
「はい!」
あ、そろそろ会議終わりそうかなー、と。無意識に返事をしながら赤坂勇音は思った。
彼女はこの後、『錬金同好会』の動向について報告書を纏めなければならない。それが仕事である。
赤坂勇音は決意した。父親にケーキだけではなく、和菓子も買ってもらおうと。
来月、彼女が体重計に乗って絶叫を上げ、友人の3人娘がゲラ笑いしながら運動に付き合うことになったのだが……それはまた、別のお話。
* * *
「大変なことになったぞ、山下君」
「普通に扉から入ってくれません?」
にゅるーん、と。天井の一部を外して下りてきた同好会副会長に、『ウォーカーズ』のギルドマスター、山下は冷たい視線を向けた。
それを完全にスルーして、副会長は来客用のソファーへと優雅に座る。
「君も既に知っているだろう。国連が、我らの活動に大声で苦言を呈してきたことを」
「まあ、そうですね。ゴーレムだし別に良いんじゃ、とは思いましたけど」
「やはり、君もそう思うか」
「でも、教育に悪いとか公序良俗に反するとかは否定できないので、今後は販売するゴーレムを『家事手伝い』や『冒険者のサポート』に絞った方が良いんじゃないですか?」
「見損なったぞ、山下君!君は、我々の同類だと思っていたのに!」
「俺の品性を損なう発言やめてもらえません?」
山下は心底嫌そうな顔をした。当然である。
「くっ……だがな、山下君。君はまだ気づいていないのか?これは、ただ『エッチなことはいけないと思います!』という話ではないのだ」
「なんで若干可愛く言ったんですか?」
「その方がイラっと感が減るからだ」
「爺にそういう口調で言われた人のイラっと感も考えてくださいね?」
「はーい」
山下はイラっとしたものの、どうにかため息を吐いて自分を落ち着かせる。
「それで、何ですか。それ以外の理由って」
「世界には『錬金同好会』を欲している政府も、消えて欲しいと願っている政府も多い。そういうことだ」
「……っ!」
副会長はその長い足を組み、低い声で続ける。
「錬金術によるレアメタルの供給が、可能になりつつある。いいや、理論上は既に可能と言っても良い。この現代社会において、それがどういう意味を持つか……君にもわかるだろう」
「……国連は、そう言った国々からの声で例の発言をしたと?」
「さてね。その確証はない。しかし、全く影響がないとは思えん。21世紀にもう1回三国志をやっていた某国も、最近は急速に力を取り戻し始めている。それは、やはりレアメタルの存在が大きい。まあ、母数が多い分英雄も生まれやすいのかもしれんがね」
山下もこれはいつものおふざけではないと察し、姿勢を正した。
「このままいくと、『錬金同好会』はどうなりますか?」
「我々は全力で、これまでどおりの活動を続けるつもりだ。しかし、こちら側の過失を他の組織が作ることはできる……。そこから、突き崩される可能性はあるだろうね」
山下は想像した。分裂した同好会メンバー達が、誘拐されるか、消される未来を。
ただの変態集団と呼ぶには、彼らは力を持ち過ぎている。錬金術の理解を深め続けている同好会は、その術を現代社会にも適応させつつあった。
普通の覚醒者のように、何も考えずスキルを使っていてはたどり着けない境地。ある意味で、錬金術師らしく研究者であるからこそ、同好会はあらたなる学問を作り出そうとしていた。
たとえそれが、100%性欲からくる探求心であったとしても。
「……今、貴方がたに消えられると困りますね」
「そうだろうな。私達に大きな……おぉきな借りが山のようにある山下くぅん」
頭巾の下で、副会長がニタリと笑ったのが、山下にはわかった。
「……俺に、何をさせるつもりですか?」
「君。英国のアームストロング首相に貸しがあっただろう。少々、彼の力を借りたいのだ」
「ええ……俺、あの人相手に交渉とか出来る気しませんよ?」
「私達も、君のようなにゃんこが英国紳士相手に舌戦で戦えるとは思っていない」
「誰がにゃんこだ」
「山下君は山下君らしくあれば良いさ。なんせ君は、おじさんキラーだからな」
「何ですか、その嫌過ぎる呼び名……」
あきれ顔をする山下の猫耳に、どたどたと足音が聞こえてくる。
数秒後、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ギルマスがおじさん達に迫られ過ぎて夜も眠れないと聞いて!!」
「耳鼻科紹介しようか?」
入ってきた妹の友達兼仕事仲間な喜利子に、山下は笑顔を向けた。
その頬が若干引きつっていたのは、仕方のないことだろう。
やっぱり、働かせ過ぎたかもしれない。疲労とストレスが彼女を壊してしまったのかと、現在2徹目の山下は思った。
未だ、妹とその友達がネットでやっている配信については知らない彼である。もしも知ってしまった場合、尻尾の毛が大量に抜けるかもしれない。
「なんだ、空耳……。あ、副会長さん来ていたんですね」
「うむ。お邪魔しているよ。しかし喜利子君。ナマモノは程々にな?」
「はーい。それと、前に注文した美少年ゴーレム2体って、いつ頃届きますか?」
「来週には発送しよう。注文通り、2体で絡むことを想定した作りにしておいた」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
今までにない、ハキハキとした声を発する喜利子。
そうして去っていく彼女に、副会長は何度も頷く。
「うんうん。性癖はゴーレムで発散するに限るな。将来有望な若者だ」
「俺は……俺は今後、あの子とどんな顔で接すれば良いんだ……?」
妹の友達兼仕事仲間がスケベゴーレムを注文していることを知り、山下は頭もろとも猫耳を抱えた。
顔をしわしわにする彼に、副会長が視線を戻す。
「さて。話を戻そうか」
「そうですね……一旦、一旦このことは忘れたいです……」
山下は、仕事に逃げようとした。
「そう、いかに『スケベゴーレムを守るか』という話だ」
「やだ。こっちの話も忘れたい」
逃げ場などなかった。
「既に、赤坂部長の所へ会長が向かっている。ことは我らだけで片付くものではない。『ウォーカーズ』も自衛隊も、既に『錬金同好会』なしでダンジョン問題へ対処することは不可能だろう」
「……そう、ですね」
「私も君も、行動に移すべきだ」
「────話は、聞かせてもらいました」
「なにやつ!?」
突如聞こえてきた声に、副会長が即座に立ち上がる。
それと同時に、山下も『魔装』を展開。盾を構えつつ、机の下にある緊急用のボタンに指を伸ばした。
彼らの視線が向けられる先。壁の一部が、ぐるりと回転した。
「私も同行しよう」
「『魔女の杖』院……!」
忍者屋敷のように回転した扉から姿を現したのは。白いシルクハットに白い外套、そして白いペストマスク姿の女性。
『錬金同好会』とは対を為す装いの彼女こそ、『魔女の杖』の頭領である。
つまり、とんでもない変態集団の長であった。
「ねえ、ここ俺の部屋なんですけど?なんで俺が知らない侵入ルートが2つもあるんですか?」
「よもや、貴女が来てくれるとは……」
「聞いて?」
部屋の主をガン無視し、副会長と頭領は向かい合う。
「ふっ……いずれは、この性癖の不一致にも決着をつけるべきでしょう。しかし『錬金同好会』が規制されれば、次は我らの番なのは明白ですからね。あえて月並みの言い方をするのはなら、『貴方達を倒すのは我々だ』。というやつです」
「なるほど……貴女の変態力は、この前いただいたBDでよく知っています。大変心強い。好敵手と書いて、友と呼ぶべき御仁だ……!」
「恐縮です。副会長」
「……後で、リフォームしようかな」
山下は遠い目をしつつ、『魔装』を解除。ボタンからも指を離した。
警戒を解いている彼だが、変態が不法侵入しているので普通に通報案件である。慣れって怖い。
「あの『俺にだけ見える彼女との生活~教室で皆がいるのに~』は、性癖の異なる我らの中にも影響を受ける者が続出する名作でした」
「そういう話、別の所でしてくれません?」
「そう言って頂けて何よりです。あれは、私が脚本の執筆から役者集め、演出にも関わった思い出の作品ですから」
「使うどころか、制作側までいっちゃったの……?」
「同好会さんがくださった『未来から送られてきた美少年ロボット!?彼は私のいけないボディガード』も、素晴らしい作品でしたよ。まさか、無機物ボディにあんな活用法とエロスがあるだなんて……」
「何やってんだあんたらも」
「ふっ……アレは、私と会長が全力で作り上げた作品です。貴女程の人に認められたとなれば、会長も喜ぶでしょう」
「なんでどっちもエッチなビデオ作ってんだよ」
「ふぅ……山下君」
副会長と頭領が、ため息をついて山下を見た。
「そういう発言は、セクハラだぞ?」
「山下会長。もう少し、慎みをもつべきかと」
「OK。お前らそこに並べ」
猫耳の青年はとてもいい笑顔を浮かべながら、ハリセンを机の下から取り出した。
なぜギルマスの机にそんな物が用意されているのか。それだけ奇人と変態が来るということである。
山下の胃はもうボロボロだった。
「おいおい山下君。令和の時代にそんな古典的な物を。まったく、仕方がない。年長者として、甘んじて君の遊びにつきあってあげよう」
「ありがとうございます。じゃ、遠慮なく」
「っ!?避けろ、副会長!」
「え?」
頭領の警告も虚しく、山下の振るったハリセンが副会長の頭に直撃する。
瞬間、『ベーン!』という薄い金属がぶつかる音が室内に響いた。
「おっごぉ……!?」
痛みで悶絶する副会長が床を転がり、頭領は山下の持つハリセンに息を飲んだ。
「馬鹿な……鉄板を仕込んだ、ハリセン……だとぉ!?」
「ふしゃぁぁ……!」
「ひぃ!?」
尻尾を逆立て威嚇の声をあげる山下に、頭領が後退る。
「ま、待ちましょう!話せばわかります!そうだ!『ウォーカーズ』に、特別な『アガシオン』をお渡ししましょう!お代は結構ですから!」
「……一応聞きますが、どんな?」
「勿論、スケベマシマシなやつで、あ゛あ゛!?」
金属音が響き、頭領も床に撃沈した。
「ふぅぅ……で。これからどうするとか、もう決まっているんですか?」
どうにか冷静さを取り戻した山下が、鉄板入りハリセンを肩に乗せる。
未だ床に突っ伏したままの変態2名が、うめくように答えた。
「ま、まずはそれぞれのコネを使って、国内を固めようと思っている……!」
「私の方も、表の権力を全力で使うつもりですよ……!」
「……あの。もしかして、『魔女の杖』の頭領さんも表できちんとしたお仕事を?」
「はい。これでも、議員バッジを頂いておりますので」
「……そっすか」
警察と司法と政治の場にド級の変態が紛れ込んでいる事実に、山下はそっと涙を流した。
この国はもう、駄目かもしれない。
「あんたら……性欲の為にどこまで突っ走るんですか、本当に」
「それは違うぞ、山下君」
ゆっくりと、変態2匹が立ち上がる。
「自分の為だけなら、とっくにゴールしているさ」
「我々は、己の性欲を最優先にしている。それは認めます。ですが、それだけじゃない」
副会長と頭領は、体に固い棒でも通っているかのように。
凛と、背筋を伸ばす。
鋼よりよりも硬い、芯が彼らにはあった。
「この世の、全ての孤独な者達の為に」
「私達は、戦い続けます」
覚悟を決める、彼らに。
「あ、はい」
山下は、死んだ目で頷いた。
彼の抜け毛がちょっと増えたのは、言うまでもない。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。感想返しが遅れてしまっていますが、全部読ませて頂いております。創作の励みになっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
新連載の『雑種と未来人の現代ダンジョン』も見て頂けると幸いです。




