外伝28 木彫り売りの少女
外伝28 木彫り売りの少女
一瞬辺りが騒然とするも、すぐに人々は何事もなかったようにそれぞれの活動を再開する。
顔面を変形させて倒れている男性を一瞥する者もいるが、すぐに興味を失くした様子で歩き去っていく人ばかりだ。
そのことに文化の違いを感じるが、まずは治療である。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて倒れている男性に駆け寄り、膝をついて肩を軽く叩いた。だが、反応がない。
魔力の流れから見て、生きてはいる。だが、意識は完全に飛んでいるようだ。
血液と魔力は密接に関わるわけだが、どうにも流れがおかしいことを『精霊眼』が伝えてくる。
心核を使っての治療は……申し訳ないが、そこまでしてやる義理はない。しかし、見過ごすこともできなかった。
救急車はこの世界にない以上、助けを呼ぶのも難しい。かといって、素人の応急手当でどうにかなる傷でないのは明らかだった。
ならばと、腰のベルトポーチからメモ帳サイズのカードバインダーを取り出す。
すぐにページをめくって目当ての物を見つけ、引き抜いた。錬成陣が書かれた、ラミネート加工済みの紙切れ。それを押し当てながら、裏面のメモ書きを見る。
医療系錬金術は難しいが、それでも多少の心得はあった。『錬金同好会』のサイトでも、『魔装』の本でも目立つ位置に書いてあるので。
魔力を流し込むと共に、裏に書いてあるメモ書きを頼りにして術を発動した。
一瞬だけ男性の顔を魔力が包んだかと思えば、少しだけ顔の形が元に……たぶん、元に戻った。
「が、げふっ……!?」
呼吸が安定したので、戻ったと言って良いだろう。
なーんか少し歪んでいる気がするが。気のせいということにする。というか、そこまで面倒みられない。
魔力の流れから、脳にもきちんと血液がいっている……はず。医療に詳しいわけではないので、念話でアイラさんに問いかけた。
「アイラさん。この人、大丈夫そうですかね?」
『うむ。今『鑑定』したが、問題ないよ。顔の造形が少々歪んでいる以外は健康だ』
「そうですか。良かった……」
顔の造形については聞き流す。気のせい。きっと気のせい。たぶん元々こんな顔だって。恐らく、メイビー。
しかし、直ちに死にはしないかもしれないが、放っておいたら死ぬかもしれない傷だったと思う。これでも、死体は散々見てきた。
泥棒かもしれないが、流石に裁判もなしに死ぬのは……と、考えるのは、この世界では異端なのだろうか?
『通して!通してくださーい!』
聞こえてきた声に顔を上げれば、1人の少女が人の波を掻き分けてこちらへやってくる。
見た目からして、小学生ぐらいの年齢だろうか?エルフやドワーフではなさそうだし、恐らく合っていると思う。
くりくりとした大きな瞳に、ボブカットの栗色の髪。キラリと日の光でおでこを光らせた少女が、倒れている男性とその傍に落ちている小さな袋を捉えた。
『うちの売り上げ!兵隊さーん!こっちでーす!』
少女が小さい手をぶんぶんと振りながら跳びはねた後、こちらへ向き直る。
『あなた方が捕まえてくれたんですね!ありがとうございます!』
「あ、いえ。捕まえたのは、こっちの……ん?」
慌てて立ち上がり、カタリナさんの方に顔を向ける。
そこには、滂沱の汗を流してこちらを見つめる犬耳の少女がいた。
「か、カタリナさん?」
『そ、その……殴っては、いけない相手だったでしょうか……?』
「え?あー……」
直立不動で焦る彼女に、少し考える。
「えっと、この状況なら相応しい対応だったかと。ただ、できればで良いので、これだけの実力差がある相手なら……手加減というか、狙うのなら頭や胴体じゃなく、手足でお願いしたい……です」
『承知しました。以降はそのようにいたします……!』
「あ、あの、そう畏まらないで。庇ってくれてありがとうございました」
『勿体なきお言葉……!』
必要以上に恐縮した様子のカタリナさんに、こちらの方が焦る。
敬ってくれている……というより、この人は自分のことを『歩く核弾頭』や『人型の巨大怪獣』とでも勘違いしている気がした。こちらが暴れ出さないか、異様に警戒しているっぽい。
『残念でもなく当然だと思うな!』
エリナさん。勝手に人の心を読んで後ろから刺さないでください。
僕は怪獣じゃありません。怪獣じゃないったらないのです。
『……それ』
「はい?」
先程の少女の声に、振り返る。
彼女は大きかった目を更に見開いて、こちらの手元を指さしていた。
『もしかして、魔法陣、ってやつですか……!?』
「え、いや」
『それに変な声!まさか、旅の魔法使いさん!?』
瞳をキラキラとさせた少女が、ずずい、と近づいてくる。
ちょ、近い。圧が、圧が強い……!
体は小さいのに、放たれる『陽の者』オーラでこちらの精神がジリジリと焼かれる感じがした。
カタリナさん。こういう時こそ助けてくださいカタリナさん……!恐縮したまま固まっていないで……!
『ナズェミテルンディス!カタリナサン!』
ふざけんなよ残念女子大生。貴様帰ったら覚えていろ。
絶対に許さない……存分にお仕置きしてやる……!報いを与えるぞ……!
ミーアさんがなぁ!!
貴様の背後には、既に野獣が立っているのだ。口から涎を垂らして、唸り声を上げているぞ……!
『何故でしょう。今、京太君を怒らないといけない気がしてきました』
それはきっと気のせいです。
* * *
あの後、街の衛兵?っぽい人が泥棒を連れて行った。
特に調書とか取り調べとかなかったが、良いのだろうか?なんというか、凄く適当な感じがする。この世界では、これが普通なのかもしれない。
で、泥棒が無事に逮捕されたわけなのだが。
『どうぞ!白湯ですが!』
「あ、どうも……」
少女の自宅兼店舗に、強引に連れて来られていた。
個人的には、もう帰りたかったのである。トラブルが起きたことだし、もうそれを理由に大使館へ戻っても良いかなって。
だが、少女がどうしてもお礼をしたいと言って聞かず、ここまで連行されてしまったのである。
カタリナさんをパージして逃げ出したかったが……無理だった。
ずるいよ……小さい子が目をウルウルさせて『ダメ、ですか……?』は反則じゃん……!
『見損なったぞ京ちゃん君。まさか君がロリコンだったとは……恥を知れ!』
「黙れ、恥の塊」
帰ったらとりあえずこの残念女子大生のデカパイを揉みしだく。絶対にだ。
『お供します、京太君!』
ねえやっぱ読心系の魔道具か何か仕込まれてない?大丈夫?僕の体。
少しガタついている椅子に座っている自分に、少女が大きく頭を下げる。
『改めて、ありがとうございました!おかげで、どうにか晩御飯を抜かずに済みそうです……!』
「いえいえ。あの、本当に僕は何もしていないので。お礼ならこちらのカタリナさんだけに……」
『いえ。某はキョウタ様の従順な犬でございます。我が手柄は全て御身のもの……』
「え、いらない……」
『!?』
咄嗟に素で答えてしまった結果、カタリナさんが目を見開いて再び大量の汗を掻き始めた。
この人、その内脱水で死ぬんじゃなかろうか。
「あの、とりあえずこれ飲んで……」
『……御意』
油の切れたブリキ人形のような動きで、木のコップから白湯を飲むカタリナさん。
彼女を横目に、周囲を軽く見回す。
木と石を組み合わせた一軒家で、道路側が店舗になっているようだ。木彫りの置物を売っているようだが、路地にひっそりと建っていることもあって、人通りは少ない。
そんなことを考えていると、店番をしていたお婆さんがこちらへ短い歩幅で近づいてきた。
『今日はもう、お客さんは来なさそうだねぇ。そちらの人達、お待たせしてごめんなさいねぇ』
「あ、いえ。お構いなく……」
『これ、良かったら持っていっておくれ。旅の安全を願う、お守りだよ』
「あ、ありがとうございます」
『……どうも』
咄嗟に受け取ったそれは、麻紐を通した木の板だった。表面に何かの……絵?だろうか。記号にも見えるものが描かれている。
『ほう……!』
イヤリング越しに、アイラさんが感心したような声を上げた。
どうやら、彼女の知的好奇心を刺激したらしい。
『悪いねぇ。うちでお礼に渡せる物は、それぐらいしかないから。せっかく、泥棒を捕まえてもらったのに』
「え、えっと……」
チラリとカタリナさんを見るが、彼女は特に老婆へ返事をするつもりはないらしい。
彼女を見るこちらを見て、ギョッとした顔で再び固まる。
……駄目だ。この人のコミュニケーション力に、期待してはならない……!
「その、彼女も気にしていない様子ですので。お守り、ありがとうございます。それでは、僕らはこれで……」
『まあまあまあ』
『まあまあまあまあまあ』
一瞬サナさんが通訳を間違えたかと思ったが、どうやら少女とアイラさんが同時に声を出したらしい。
おぼんを置いた少女が、目をキラキラさせながら顔を寄せてくる。
『魔法使いさん、魔法使いさん!どんな魔法を使えるんですか!?どこで魔法を習ったんですか!?私も魔法使いになれますか!?』
『これ、リーシャ。あまりそういうことを聞いちゃダメだよ』
『でもお婆ちゃん……!あ、そうだ!私まだ名乗っていませんでした!リーシャです!10歳です!よろしくお願いします!』
「あ、はい。どうも……京太です。こっちはカタリナさんです」
『……どうも』
『キョウタさんに、カタリナさん!覚えました!』
元気溌剌とした様子の少女……『リーシャ』さんに、引きつりそうになる頬を気合で抑える。
この少女、既に陽キャのオーラをここまで……!
『京ちゃん君!これは思わぬ幸運だぞ京ちゃん君!』
イヤリングから、ハイテンションでアイラさんが喋る。
『そのお守りを作ったのはそこのお婆さんかな?旅の安全をと言ったが、他のお守りは?言い伝えは?デザインの由来は?おいおいおいおい。聞かねばならないことが山ほどあるぞ!』
「いや……それは、教授に……」
『京ちゃん君!君は何をしにここへ来た!』
「教授の護衛に……」
『異世界の文化を調査する為だろう!』
いや、それは今だけというか。異世界に来た目的は違うというか。
護衛対象から切り離されて行動しているので、あまり強く言い返せない。
『盗人を捕まえたお礼として、根掘り葉掘りインタビューするのだ!今!ここで!』
「そ、そう言われましても……」
ぼそぼそと、サナさんの翻訳なしで返答する。
すると、少女がこちらの顔を覗き込んできた。いや、見ているのは喉か?
『不思議な言葉!もしかして呪文ですか!?魔法使いさんだけの言語ですか!?教えてください!』
「え、いや。そもそも僕は、魔法使いではなく。どちらかと言えば、錬金術師の端くれといいますか」
『錬金術師さん!?凄いです!初めて見ました!』
『ほう、初めて。そこも聞かねばなるまい。全てを!』
せめてどっちかだけ喋ってくれません???
こちらの膝に乗ってきそうな勢いのリーシャさんを、お婆さんが引き戻す。
『およし、リーシャ。魔法使いさん達に何かを教わるのはね、凄くお金がかかるんだよ。それ以上は、やめなさい』
『うっ……ごめんなさい』
良かった。どうにか引いてくれたらしい。
『つまり魔法関連の知識は高く売れる!?よし、『錬金同好会』の公開資料を読み上げる。それを伝えて恩を売れ!そして情報を得るのだ京ちゃん君!』
良くなかった。こっちが全然引かない。
助けて……心を読んでいるのなら、助けて、エリナさん……!
『どうしたの京ちゃん?オッパイ揉みたいの?』
……否定はしないけど今じゃない!
『ごめんなさい、錬金術師さん。恩人なのに、失礼なことばかり……』
「え、いえ。お気になさらず……」
悲しそうに眉を『八』の字にするリーシャさんに、慌てて手を左右に振る。
『もう少ししたら、私遠くに行くから、その前に色んなことが知りたくって……』
『リーシャ……』
薄っすらと目に涙を浮かべた少女を、お婆さんが悲しそうにそっと抱きしめる。
……えっと……。
『はっ!?これは身売り!遠方への奉公!弱みだ!つけ込め京ちゃん君!今彼女らの心は弱っている!情報を得るのなら今がチャンスだ!』
『忍者ウェイに反する発言を感知!自動的にお仕置きだよ☆歯を食いしばれ!』
『はうぁ!?ケツに打撃が!』
『いけません!私が撫でてあげますしょう!手で、いいえ顔でなでなでします!』
『おぉう!?ケツに変態が!』
すみません。今シリアスっぽいので、静かにしてもらえません?
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。リアルの都合で感想の返信が遅れてしまっていますが、楽しく読ませて頂いております。創作の原動力になっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。




