第7話 罪状
「金の少女の王子様を探せ?それが任務って?気持ち悪いったらありゃしない。」
「金の少女ってのが君のことだと思うんだけど。」
「気持ち悪いのは王子様って表現だ。私は気持ち悪くないし、王子様は必要ないし、待つのも性に合わない。」
冴里は空知要の耳元に顔を寄せてささやく。
「この子、自分から捕まえに行きそうだしな。」
「名前だけは冴えてる冴えない方、なにか言った?」
王原と名乗った少女の妙な威圧に冴里君一は肩を跳ね上がらせた。
目が左右へと泳ぎまくり、両手の指は不安げに小刻みに動いている。
(こいつ…王原のことを怖がりすぎだろう…)
恐ろしい王原から視線を逃した先には、水面をさざ波立たせる小さな水たまりがあった。
淀んだ曇天が映るはずの水たまりには、紅の空と高層の木造建築が聳え立っていた。“すべてが開いた”日から、空知要の視界には執拗なほどに不死国が入り込んでくる。今までは見せるだけだった行為は徐々にエスカレートし、まるで空知要を招くかのように甘く高価な花の香りまで漂わせてくる始末だ。
「不死国なんて、あまり見るもんじゃない。」
「…やっぱり見ないほうがいいのか。」
「人外との一線は引いておくに越したことはない。人の基準で図れるような執着なんて可愛いもんだ。神に執着されても幸せにはならないよ。まあ、こんな忠告なんてお前には既に遅いかもしれないけど…。」
重々しい声音は空知要の腹の底を震わせた。
視線を上げた先にいる王原は、純度100%の憐れみを空知要に向けていた。空知要は彼女の瞳を負けじと見つめ返す。覗き込むほど、彼女の感情は憐憫だけではないことに気づく。一掴みの憐憫と一摘みの後悔、後者に関しては彼女の内に秘められた感情に違いない。時間に換算すれば数十秒見つめ合い、先に根負けしたように目をそらしたのは王原だった。
「この瞳がそんなにお気に入りですか、冥。」
空知要は首を傾げた。
「冥さんと王原は知り合いなのか。」
「知り合いも何も、導師が唯一携わった奉神なんだ。」
冥の奉神の低く耳障りの良い声が耳朶を打つ。
「携わった?関わったとかじゃないのか。それと奉神名は…」
冥の奉神は、質問を重ねようとする空知要を手で制す。
現国に紛れ込んでいること、奉神なのに人名を名乗っていることなど聞きたいことは様々あるが、
王原と会話したいのだと言外に示された空知要は大人しく口を閉ざした。
「本人の前で確かめようとするなんて、会わないうちに随分歪んだようだ。」
「まだ敬語を使っているんだから良しとしてほしいですね。…歪んでいるのはどっちだ。まったく。」
小さく吐き捨てた言葉が王原の本心だろう。
空知要からも、冥の奉神からも目をそらした王原は、先ほどまでの威勢は彼方へ消えていた。澄んだ金の髪が胸元へと流れ落ち、彼女の細い項が垣間見える。美しい様相に苦悩は映えるものだ。しかし、空知要の目には王原の姿が「家族にパチンコで勝ってくると意気揚々と宣言したものの、摺りまくって消沈しているおっさん」のように映っていた。空知要と冴里に居丈高と振舞えるが、冥の奉神の前では同じように振舞うことはできないらしい。
冥は退屈気に番傘を回している。空知要も傘に入るようにさしているものだから、番傘の裏側がよく見えるが、如何せん冥が傘を回すものだから花の特定が難しい。あくまで予想ではあるが、白いポピーが咲き誇っている。メジャーではあるが品種によっては取り扱いが非常に厳しい花、王原とポピーは度合いは異なるものの「取り扱い注意」という共通点はあるだろう。空知要は興味本位で、春先でも血色の悪い指先を伸ばす。冷たい指先に花弁の儚い柔らかさは感じない。唯一感じたのは親骨の硬質さだけだった。
空知要の興味の先が傘に向いていることに気づいた冥は、やれやれと口元に笑みを浮かべた。先ほどまで王原の全てを知ろうと開いていた灰の瞳は、今では無邪気な色を浮かべて傘の花を追っている。数週間の付き合いで気づいたことだが、空知要は興味の対象が移り変わりやすい。彼の世界は『知りたいこと』に溢れているのだろう。時が経てば『知らなければならない』ことだらけの世界へと変わるのである。今は、いずれ来る義務ではなく、彼自身の興味に委ねさせてあげたい。
「誰かに何かをしてあげたい」という気持ちが久しく芽生えた。神の道理しか知り得ない冥は、芽生えた気持ちを「歪み」と考えたが、人間はどのように評するのだろうか。仮に「歪み」が正しいのであれば、完成された存在であるはずの神を歪ませたのは空知要である。同様に、王原も他者を歪ませたことがある元人間だ。
「空知要と同じで君は歪ませる側だからね。先ほどの言葉は正しくない、撤回しよう。」
「すぐに自身の言葉を撤回する奴ほど、信じられないやつはいない…と思っています。」
「苦手なら敬語はやめていいのにと何度か伝えたんだけどな。」
「一線引きたい気持ちを理解してください。」
王原のはっきりとした物言いは、話題を戻すいい機会だった。
「理解したから、話を元に戻そうか。
君、そろそろ自分の罪に向き合う気はないのかい。」
「常に向き合っています。ただし、貴方達に罪状を晒すとなれば話は別だ。さようなら。」
王原の消沈していた瞳に、小さな火がともっている。自身の心情と反する場合には、他者を飲み込むことも厭わない火種だ。
空気の変化に気づいたのか、それとも一人放置していた冴里の存在を思い出したのか。空知要は冥の元から抜け出して、冴里を庇うように立った。
幸福の奉神の矛先は揺れ動いている。
王原に向けるか、冥にむけるか。
邪魔者と認識した空知要に、矛先が向いてもおかしくはない。
空知要より任務の内容を聞いたときから、易くはない任務であり、今の空知要には最適だと思った。しかし、命の危機が伴うならば話は別である。あいにくと冥が後進の育成に携わった記憶は存在しないが…先達というものは後進育成のために最低限命の保証はするべきだろう。
言葉に迷い思考に浸る冥の奉神の視界に空知要が映りこんだ。空知要は冥の奉神が次に発する言葉に興味を向けたらしい。冥の奉神の口元を灰の瞳がじっと見つめている。
期待に応えるべく、冥の奉神は厳かに口を開いた。
「戻らない主を待ち続けるのは酷だと思わないか。主なら戻ってやらなきゃ。
それが道理ってものだろう?」
するどく息を飲む声が静かな路地に響く。
空知要は一切表情を変えず、冴里は阿呆面である。
王原の青ざめた顔と後悔一色に塗りつぶされた瞳が、冥が投げかけた言葉が凶器であったのだと明示していた。




