第6話 再会
路地裏は、陽光が入らないため湿った土と各店から排出される雑多な臭いに満ちている。
中途半端に舗装された路地裏は、微かに土埃が舞っている。再会の舞台に相応しくない場所で、金色の少女と幸福の奉神が対峙していた。
「お前の気配を私は知っているぞ。」
金の少女は腰を落とし、左足を引いた体勢で幸福の奉神を警戒している。空知要は武芸には素人だが、少女の警戒態勢は歴戦の狩人のように堂に入っている。対する幸福の奉神は、以前よりも薄汚れており、獣のように他者を容易に信用しない瞳をしている。空知要がスプーンで突いた左目は、右目と比べて視力が落ちているようだ。幸福の奉神は、温かみのない笑みを浮かべた。
「よく知っているだろうさ。」
「だが、お前の顔は見たことがない。」
「お前は帰ってこなかったからな。俺の顔なんざ、知ってるわけがない。…ところで、なんで冥の稚児がここにいる。」
以前会った時には所持していなかった、奉神特有の持ち手の長い提灯を揺らす。
空知要はいざという時には少女を庇えるようにして立つ。奉神の前ではいささか心もとない壁であるが、無よりは有である。金の少女が邪魔と言いたげに視線を向けてきている。おとなしく後ろにいてほしい。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。あんた、冥さんに捕まってたんじゃないのか。」
幸福の奉神はひょいと肩をすくめる。
「その話は長くなる。君の灰の瞳を見つめて俺が受けた仕打ちをじっくりと話してやりたいもんだが、今は優先事項が他にあってね。」
幸福の奉神は、提灯の持ち手の先端を少女に向ける。
「俺は武器を使うのが苦手なんだが…今のあんたになら使っても問題ないだろう。
いい練習台になってくれよ。」
提灯の中の灯があふれだして、持ち手ごと包み込んだ。火の形が徐々に変形し、槍の形をとった。
金の少女の麗美な面立ちは路地裏に差し込む夕日により赤く照らされている。口元が皮肉気に吊り上がるさまは鬼女を想起させる。
「あんたの顔は知らないけど、優先されるような関係じゃないと思うよ。
練習台もお断り。」
「やっと会えたんだ。つれないことを言わないでくれよ。」
「会った記憶のない相手に再会を喜ばれる側がすごく恐怖を覚えてるってこと、
あんたは知ったほうが良いと思う。」
「あいかわらず口が減らない。強気なところも変わらない。懐かしい匂いだ。俺はもっとあんたとお話したいんだ。だから、力づくでも連れていくぞ。」
浴室での出来事を思い出す低い声音だ。空知要はそっと折られた左腕を撫でる。
陽気な面と酷薄な面、一柱で禍福を司っているような男である。薄汚れた着流しの裾をさばいて前傾姿勢になり、右足で鋭く踏み込み仕掛けてくる。
迎え撃とうとした金の少女を押し倒し、幸福の奉神の攻撃を回避する。
「ちょっと、どき…あんた腕っ」
「痛いよ。だから大人しくしててくれよ。人間が神に単純な武力で勝てると思うなよ。」
「人間でって…あんたは神?」
「単なる区別で言っただけで、俺は人間だ。」
「でも不死国のことは知ってるクチか。」
「ああ…でも今はそんなこと言ってる場合じゃないだろっ!!!!」
再度仕掛けられた攻撃を死に物狂いで躱す。
そろそろ来てもいい頃だろうにと痺れを切らしたとき、通りの方向から人の足音が聞こえた。
「あー!!!あそこです!!友達が襲われてるんです!強そうなお兄さん、助けてくださいー!!」
常日頃はどこか間延びしている声音を張りつめさせて、精一杯に叫ぶ姿を見て感動を覚える。感動を覚えたところで、冴里君一が連れてきた人影を見て目を見張った。
「この子、冴えてるな。」
妙に感心した声音で、番傘を差した冥の奉神が現れた。
呑気に自身の背後に現れた因縁の相手に、幸福の奉神は臭い物でも嗅いだかのような形相をしている。
「お前…まだ5分経っていないだろう。」
「今回はこの子が連れてきてくれたからね。訳が違う。」
「抜け穴ばっかり見つけやがって…。」
緑の瞳に憎しみとも怒りとも判別のつかない感情を浮かべて、幸福の奉神は天を仰いだ。
「前回とは違う。今の俺は完全に自由だからな。お前と違って時間は腐るほどある。」
「導師が見逃してやったから外に出れているのだとは思わないのかい。」
「お前はもう昔とは違うだろう。じゃあな。狩人ってのは狙い時を間違えたりはしないのさ。」
幸福の奉神は、野を支配する獣の如くしなやかな筋肉をバネにして路地の壁を越えて走り去った。空知要は会話の内容を理解すべく冥の奉神の表情に着目していたが、彼が鼈甲の瞳に感情の色を浮かべることはなかった。
冴里も会話の内容を理解できずに目を白黒させていたが、自身が連れてきた“強そうな男性”が事態を解決させてくれたのだと喜色を浮かべた。手をたたいて冥の奉神を囃し立てる。
「お兄さんほんとうに凄いですね!友達を助けてくれてありがとうございます。」
「とんでもない。でも人間の揉め事は警察に任せたほうが良いと思うよ。」
「そうですよね!?焦って近くにいた強そうなお兄さんを引っ張ってきちゃいました…。
すみませんでした…。」
笑顔を浮かべた冥の奉神は、顔の横で数度手を振る。もう気にするなという素振りに安堵した少年は、あらためて友人の元に駆け寄った。
「空知~!よかったよ~腕以外で怪我はないよな。」
「ああ、お前のおかげだ。ありがとう。」
「走っていくお前と目が合ったから追いかけたら、不穏なことになってたんだぞ!焦っちゃったよ…。」
「まあ…ナイスな人選だったよ。いや神選?」
「辺り見渡してたら、ぴんとくる人がいてさ。連れてきちゃったのさ。」
胸を撫でおろす君一の肩に手を置いて労う。肩が上下し、制服越しにも熱を感じることから、冗談ではなく本心で心配してくれていたことが伺える。
「ほんとうにありがとう。」
「友情を深めるのは後にしてくれないかな。」
高いが耳障りの良い通る声に友人との会話は遮られた。
金の少女が、鹿のように優美な筋肉を纏う脚を広げて仁王立ちしていた。
「私の名前は王原千、人間二人も名乗りなさい。」




