第32話 ヤレヤレだねぇ
アザが全身に広がりきり身体の所々から黒いススのような物が立ちのぼっている。
”意識はあるが、オレの身体ではない”
そんな感覚だ。ただ、無闇矢鱈に気分が悪い。喉が渇いて込み上げてくる胃液の臭いで吐きそうになる。
気を晴らすために何かを破壊したい!!それが例え、物であろうが、生き物であろが・・・!!
今は全てがどうでもいい。
「ルイ!ルイ!!・・・お願い!!返事して!?ね?ボクの声、聞こえてる!?・・・お願いだから返事してよ!!」
リンは目一杯クチに貯めた青い焔をルイに向かい放ってみる。多少浄化されてはいるみたいだが、その箇所は直ぐに煤に呑み込まれ元に戻ってしまう。
“・・・あぁ、リンか。何か言ってるみてぇだな。ま、関係ねぇ。とにかくオレは今、気分が悪い!吐き気がヒデェんだ。
・・・そうだ!ゲロでもひっかけてやるか!!当たりゃあしねぇだろうが、嫌がる顔くらいは見れるだろうぜ”
飲み過ぎて食ったものを全部もどしたその後の、胃液しか出ない時の味のするドス黒いゲロをリンに向かって吐き掛けてやった。
“ハハハッ!ザマァ・・・??ちっ、誰だあ?余計な事しやがって!!引っかからなかったじゃねぇかよ!クソ忌々しいな!!”
「それに触るでないよ?そいつは悪意の塊だ。生命の在るものがそれに触れると腐っちまうからねぇ・・・恐らく例え竜であろうと只ではすまないだろうよぃ」
リンを突き飛ばした者・・・。それは巫女の装束を纏った饅頭屋の店主、モモであった。
「・・・はあ、魔人・・・ねぇ。大戦末期に1度見かけたっけね・・・しっかし、まぁケルベロスに魔人・・・ここは地獄なのかい?おかしいねぇ?アタシゃ、まだ死んではおらんハズなんだけどねぇ」
「モモさん!無事だったんだね!!それに、アレ??え??セッちゃん、さっきぶっ飛んで動かなくって、アレ??」
「うん!このおばぁちゃん、スッゲエぞ!?
ワタシも“あ、これは死んだかな”って思てたら、ワタシの周りでおばあちゃんがシャン、シャン、って踊りはじめてさ!そしたらパ~って光って、グィ~ンって力が溢れて来て、パッと治っちゃったんだ!!びっくりだよ!!スッゲエよな!!うん!ホントスッゲエおばああちゃんだよ!?」
少女が宝ものでも見つけたかのような、キラキラした目で興奮気味に語るその姿を見て、オイデは、まるで我が子が助かったかのような気持ちでいっぱいになった。
「ンバァ~。ぼんと、あびばとうな~。」
「オイデ、もう大丈夫だからさ!とりあえず、鼻水拭こうな」
「・・・で、こっち見てるあの黒い奴、アホンダラのルイなんだろ!?」
オイデの鼻を拭いてやりながらセリセリが聞く。
「うん。そうなの・・・」
リンは振り返りながらそう答え、ふたたびルイの元へ向かおうとした瞬間、両前脚を失ったケルベロスがずるずると地を這い、唸り声を上げ跳びかかったかと思うとルイをひと呑みにした。
「いやぁぁぁ!!!」
リンは絶叫しながら竜の姿に戻り、ケルベロスを切り刻もうとしたがそれは出来なかった。呑まれたルイが何処に居るのか判らない為に攻撃を仕掛けられなかったのだ。
“五月蝿いコバエだな”
そう言わんばかりにケルベロスが火焰を吐くが、リンに攻撃が効くはずもなく、すり抜けた火焰はあたりに巻き散らかされ被害が広がる。
ケルベロスが何度目かの火焰を吹いた後、突然まるで掃除されていない煙突の煙のようなものを口から立ち上らせはじめた。
「焦げた!?」
自身の分泌物だ、そんなわけは無いが様子がおかしい。
その場にとどまり“ちんちん”のポーズをとると、先の無い右前脚で顔を拭いぺろりと脚の傷を舐める仕草をする。反対の脚も舐めようとしたが二度程痙攣を起こし腹の中程が割れ!腐って酷い臭いのする臓腑をドロリと流すとそのままドチャッと倒れ息絶えた・・・更に黒く煙る影を空中に残して。
ソイツはただ、目と口だけがニタリと光っていた。
「ヤレヤレだねぇ。・・・あのアホンダラ、いよいよ魔人化しちまったのかい!まあ、ウチの饅頭のファンだからね、なんとかしてみましょうかねぃ」
シュッと装束にたすき掛けすると腰を二度、トントンと叩いた。
「・・・!!モモさん、ルイを戻せるの!?お願い!!なんとかして!!じゃない。お願いします!!」
「ホッ、ホッ。こう見えても昔はチョットは名の知れた巫女だったんだよ?あたしゃ」
ニヤリと笑いそう言うと、腰の帯から”神楽鈴”と呼ばれる法具を抜き取りシャランとひと鳴らしすると厳かに舞い始めた。その舞に呼応するかのように魔人が揺らぎ始めたかと思うと、その身体から大量の煙を噴き出す。
「グヲオオオッ・・・・!!」
苦しみ始めた魔人のルイが右手をモモに向かって差し出し、黒い煤を放った。舞によって結界が貼られていたが、膨大な量の煤の前に避けきれず僅かに煤を浴びてよろけた。
「モモさん!!」
「大丈夫だよ!それより、アンタら離れておいで!今、あのアホンダラは心にカセが無いからね、感情の赴くままなのさ。アンタらでも殺そうと思いついたら、即。来るよ!」
しゃん。
舞踊りながら鈴を鳴らす。その音に煤が苦しむかのようにルイの身体からちぎれて離れていく。
だが、ちぎれた煤は消えずにその場に漂って先に吹き出していた煙と合わさり、やがて針の雨となりモモに向かい一気に降り注いだ。
初めのうちこそ、舞に合わせて避けられてはいたが、次第に強くなる“針”をその身に1本、また1本と躱しきれず受け始めてしまい、やがてヤマアラシのような姿へと変わり果てた。




