第33話 ここで下ろしとくれ
「おばあちゃん!!」
黒い針の雨によって地面に縫いつけられたモモは、倒れることなくそのままの姿勢で項垂れていた。あと一歩間に合わなかったセリセリが両こぶしを堅く握り、魔人となったルイをキッと睨みつける。
「・・・んナァ・・・」
トボトボと近寄ったオイデがモモをそっと見上げた。惨たらしい姿とは裏腹に実に穏やかな顔で目を閉じている。
「ナァ・・・。・・・?」
いや、変だ。血色が良すぎる気がする・・・。
「・・・ヒッ・・・ヒヒッ」
少しだけ意地の悪い、喉の奥でくぐもったような笑い声が聞こえた気がしてさらに顔を覗き込むようにして見上げると、突然モモがカッと目を見開きオイデを凝視した。
「うひゃ~~!!んナァ!んナァ!んナァ~~!!」
ギョッとして変な叫び声をあげながら、只でさえ丸い目を更に丸くし腰を抜かして仰け反った。
「ヒッヒヒッ♪いいびっくりの仕方だねぇ。やっぱりアタシャ、驚く顔を見るのが一番好きだねぇ!ヒヒッ♪たまらないねぇ」
鈴をチリン、チリンと指で弾くと煤は針の形を保てずにハラハラと消え去っていく。
「ナムナムブツブツブツ・・・」
オイデとともに、セリセリが両手を合わせて拝んでいる。
「こりぁ!まだお迎えは来とらん!縁起でもないよ、まったく!アタシャねぇ、あの店を客でいっぱいにするまでは死んでも死にきれないのさね」
二人が口をポカンとあけ呆気にとられている間、モモを“殺した”と勘違いしたリンは、何か叫びながらルイの側を飛び回っていた。
「ヒヒッ。不思議かえ?言ったろ?名の知れた巫女だったって。不浄の類いのものはアタシにゃあ通じないね。・・・それにねぇ、むかぁし昔余計なことしてくれた奴が居てねぇ・・・。ちょいとばかし頑丈で長生きに為っちまっているのさ」
「それにしても間抜けな竜も居たもんだね。気配で生きとるか死んどるのか判らんもんかねぃ」
少し乱れた装束を正しながら、リンを指差しヒヒッと笑う。嫌みからでは無く純粋に“面白い奴”という思いから込み上げたものだった。
笑われたリン自身もそれに気が付き、ちょっと照れくさそうに「よかった」と下へ降りてきた。
「さて・・・やっぱり生半可では効かないようだねぇい。どれ。舞の型を変えてみるかねぇ」
モモは息をひとつ深く吐く。神楽鈴を前に構え目をつむるとふたたび舞いはじめた。
(・・・しっかし、まあ、あのコンコンチキ、こうなることが判っていたな?まあったく、してやられたねぇ)
舞踊りながら、そう心で呟いた。
「シャン」
鈴の音が淡く灯る。
ひらり、とまるでホタルのような光がひとつ漂うとやがてモモを中心として無数の桃色が乱舞し始めた。
鈴を高く掲げくるりくるりと回し無数の光を空に放つと、ルイの周りに漂せた。
「シャン」
再び鈴を鳴らすと光達はルイの身体に一斉に付着し始めた。光が貼り付いた箇所から肌色が覗く。アザが抑えられ浄化されているのだ!ルイは顔を歪め必死に光達を払うが、その手にも張り付く。もがけばもがく程光達がよけいに纏わり付き、やがて完全に光に包まれた。
「ホレ!竜!さっきの焔あびせてやんな!今ならば効くはずだよ!・・・アタシだって疲れるんだ。さっさとおし!!」
「わかった!!やってみる!・・・お願い、ルイ!!」
ありったけの想いを乗せて青い焔を吹きかける。
「グォッ!・・・ガアァあぁあ・・・!!」
焔に包まれ、苦しみながら空を転げ回る。その度にルイの身体から剥がれるように少しずつ、アザが煙となり引いていく。
「効いてるね?さぁ!もうひと息だよ!」
モモの舞も最高潮に達しルイを取り巻く光の粒は結晶化して彼を封じた。
辺りは静まり返り、パチパチと燃える街の音だけが悲しく響く。
「シャン」
とても清らかな一振りだった。
鈴の音に呼応して「カシャン」と結晶が砕けると、アザの治まったルイが中から落ちて来る。セリセリがそれを受けとめるのが先か、リンが飛び付くのが先か。
「ワァ!」と歓声が上がる。セリセリがそっと彼を降ろすと、リンがワンワンうれし泣きし、オイデが歓喜のステップを踏む。疲れ切った顔のモモが「ヤレヤレだねぇ」と襷をほどくと、安堵の空気が漂った。・・・その時だった。
「ドッッ!!」
悪意は密かに、剥がれ落ちてなお息衝いていた。煤に成り果て消えてゆくだけの存在が息絶えたはずのケルベロスに僅かながら、尻尾をほんの一振りするだけの力を与えたのだ。だが、それで十分だった。
尻尾の直撃を受けたモモは弾き飛ばされ、転がり、仰向けに突っ伏して止まった。
「モモさん!!」「おばあちゃん!!」
セリセリ達が駆け寄ると、四肢こそ無事だが虫の息であった。不浄のものは防げど物理的な攻撃にその老人の体は耐えられなかった。
「おばあちゃん!!嘘でしょう?!また、嘘なんでしょう?さっきみたいに、笑って目を覚ましてよ!!」
「モモさん!ボクイヤだよ!セッちゃん治した時みたいに、自分も治してさ、起き上がってよ!!ボク、ルイのお礼もしたいんだ!また、いっぱいお饅頭食べたいんだ。死んじゃやだよ!!」
「・・・ヤレヤレだねぇ・・・。そろいも揃って、情けない顔だねぇ・・・リンと言ったかえ、竜よ・・・綺麗な色だねぇ・・・」
そう言うと、リンを撫でようと震える手を差し伸べる。リンはそれを受け入れて、背中を撫でさせてあげた。
「ありがとうよぉ・・・。ホントに綺麗だねぇ・・・。背中の金色は特に、素敵だねぇ・・・」
「うん、うん。ボクもそう思うよ。ずっと撫でててもいいよ?だからモモさん・・・死なないで!!」
リンの背中の金色の鱗が、モモが触れる度に柔らかく光る。まるで、命を与えているかのように。
「・・・すまんがねぇ。アタシを・・・店の側まで連れて行っておくれでないかい?店の事が心配で・・・ならないのさね」
「分かったよ、おばあちゃん!ワタシがおぶってやるよ!うん、すぐに着くよ!そしたら、お店着いたら、ゆっくり休もうね?すぐだからさ!もうちょっとだけ、頑張って!!」
セリセリはそう言うとモモをおぶり店が在った方へ向かった。なるべく速く、揺れによる負担をかけないよう注意を払いながら。
だがそこに、店は、無かった・・・。何処からが街かさえも判らないほど破壊されていて、セリセリは戸惑った。
「・・・あの・・・おばあちゃん・・・その・・・」
どうしようかと尋ねるため振り返ったが、背中におぶったモモの目を見て涙が流れた。彼女の目にはもはや、精気は無かったからだ・・・。
「・・・あぁ!ここで下ろしとくれ・・・アタシの店は、無事だったんだねぇ!おぉう、おう。入り口であんなにたくさんのお客が待っとるよ!こりゃあ、早く支度しないとねぇ」
セリセリは両手で口を押さえ嗚咽が洩れないように努めるが、溢れ出る涙は止められない。
店の引き戸を開ける仕草のまま、モモは静かに倒れた。




