第3話「銀髪の旅人」
彼女が村に来たのは、クロウハウンドの夜から五日後だった。
銀色の髪が目を引いた。旅装は質素だったが、荷物を持つ手のひらに荷運びの人間には見られないほど細かい傷がなかった。歩き方が違う。姿勢が違う。それと、靴が良かった。どれだけ泥が付いていても、底の縫い目の細さがわかる。
あれは貴族の靴だ。
アレンは薪を抱えたまま観察した。
少女はグランのところへ行き、何かを話した。グランが笑顔でうなずいて、村の中に通した。宿屋に案内されていく後ろ姿を見送った。
その夜の夕食で、少女は隣に座った。
「エリアといいます。旅の者です」
銀髪を結んで、青い目がまっすぐこちらを見ていた。
「アレン。同じく旅の者だ」
「どちらから?」
「王都の方から」
「奇遇ですね。私も」
そこで会話が止まった。エリアが自分の皿を見た。アレンも自分の皿を見た。
気まずくはなかった。互いに聞かない方がいいことがあると、暗黙でわかっていた。
翌朝、エリアはアレンの薪割りを手伝い始めた。
「手伝わなくていい」
「ええ、でも暇なので」
「怪我するぞ」
「しません」
させてみると、本当にしなかった。斧の扱いが妙に手慣れていた。
「やったことあるのか」
「旅先で色々と」
答えになっていなかったが、アレンはそれ以上聞かなかった。
三日後には、エリアは当然のようにアレンの隣で作業していた。
問題が起きたのは、その日の午後だった。
村の南側の山から、一人の男が転がり込んできた。猟師のダンと呼ばれている老人で、足を引きずっていた。
「魔物がいる!山の入口に!でかいやつが一頭!」
村の人間が色めき立った。猟師が何人か手に武器を持って集まってきたが、顔を見れば怯えているのがわかった。クロウハウンドの群れを一人で追い返したアレンを、みんなが見た。
「アレン、頼めるか」とグランが言った。
アレンはうなずいて立ち上がった。
エリアが後ろについてきた。
「来なくていい」
「あなたが心配なんです」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫な人ほど、一人で抱えすぎます」
アレンは少し考えて、「わかった」と言った。
山の入口に、それはいた。
大型の猪型魔物「鉄牙」。Aランク相当の魔物だった。全長三メートルを超え、牙が金属のように光っていた。近くの木が二本、根元から折れていた。
エリアが息を呑むのが聞こえた。
アレンは前に出た。鉄牙が低く唸った。蹄が地面を掻いた。
突進が来た。
アレンはその場を動かなかった。手のひらを向けた。
今度も制圧だ、そう思った瞬間、鉄牙の突進が三歩手前で止まった。巨体が地面に伏した。唸り声が消えた。大きな目から光がなくなり、ただ伏せた状態で微動だにしなくなった。
完全な制圧だった。
しばらくして、鉄牙はゆっくりと立ち上がり、山の奥へと消えていった。
エリアが、アレンの隣に立っていた。
震えていない。怯えている様子もない。ただ、じっとアレンを見ていた。
「スキルですか」
「そうだ」
「名前は?」
アレンは少し迷った。グランにも教えなかった。だが、この人間には言ってもいい気がした。理由はうまく説明できなかった。
「【調停者】だ。争いを終わらせる」
「終わらせる、というのは」
「消す場合もある」
エリアは黙った。それから、ゆっくりと言った。
「消したくなかったから、制圧にしたんですね」
アレンは答えなかった。エリアも追及しなかった。
二人は村へと歩いた。夕日が山の向こうに沈んでいく。長い影が道に伸びた。
「アレンさん」とエリアが言った。「私は、あなたのそばにいてもいいですか」
「旅の方向が違うなら困る」
「どこへ行くかは決めていません。あなたは?」
「同じく」
エリアが笑った。初めて見る、素の笑顔だった。
「では、問題ないですね」
アレンは前を向いたまま歩いた。否定する理由が、特になかった。




