2.もふもふなしっぽは正義だった
朝、顔に何かが当たっている感覚で目が覚めた。
柔らかくて、少し重い。
……いや、重いというよりは、乗っている。
「……なんだこれ」
目を開けると、視界のほとんどが白かった。
ふわふわしている。というか、もふもふしている。
少し動くと、それも一緒に揺れた。
ゆっくりと。
一定じゃない、独特の動きで。
「……ユラ」
名前を呼ぶと、白い塊――しっぽが、ぴくりと動いた。
少しだけ持ち上がって、俺の顔から離れる。
その向こうで、ユラがこちらを見ていた。
いつの間にか、すぐ横で丸くなって寝ていたらしい。
そして、しっぽだけが顔の上に乗っていたと。
「……自由すぎるだろ」
文句を言っても、特に気にした様子はない。
しっぽが一度だけ、ゆらりと揺れる。
機嫌は悪くなさそうだ。
というか――もう一度、そっと触れてみる。
やっぱり、柔らかい。
軽くて、暖かくて、妙に落ち着く。
……これは、ちょっと危険かもしれない。
ずっと触っていられる。
「……起きるか」
名残惜しさを感じつつ、体を起こす。
ユラもそれに合わせて起き上がる。
大きく伸びをして、それから一度体をぶるっと震わせた。
毛並みがふわっと広がる。
……やっぱり、しっぽだけ白いな。
昨日も思ったけど、違和感がある。
でも嫌な感じじゃない。むしろ――
「目立つな、それ」
そう言うと、ユラは少しだけしっぽを持ち上げた。
見せているのか、ただの偶然かは分からない。
でも、悪い気はしていないように見える。
外に出て、簡単に朝の準備をする。
水を汲んで、火を起こして。
その間、ユラは少し離れた場所から見ていた。
近すぎず、遠すぎず。一定の距離を保ったまま。
……と思ったら。
気づけば、すぐ後ろにいる。
「……いつの間に来た」
振り返ると、何でもないような顔で座っている。
呼んだ覚えはない。足音も聞こえなかった。
ただ、いる。
それだけ。
なんとなく、笑いそうになる。
「まあいいけど」
適当に言って、作業に戻る。
すると、今度はしっぽが背中に当たった。
軽く、ぽん、と。
「……邪魔するな」
言いながらも、手は止めない。
しっぽはもう一度、今度は少しだけ長く当たる。
意図的だな、これ。
ちらっと見ると、ユラはこっちを見ている。
何も言わない。
でも、なんとなく分かる。
――かまって、って顔だ。
「……はいはい」
少しだけしゃがんで、手を伸ばす。
ユラは待っていたみたいに、一歩だけ近づいてくる。
しっぽを差し出すように。
そのまま軽く撫でると、ゆっくりと揺れた。
満足そうに。
これでいいらしい。
朝食の準備をしていると、今度は足元に来た。
じっと鍋を見ている。
「……お前の分はないぞ」
言っても動かない。
視線だけが、ゆっくりとこちらに向く。
それからまた鍋へ。
しっぽが、トン、と床を叩いた。
……分かりやすいな。
「少しくらいならいいか」
適当に分けてやると、ようやく満足したらしい。
静かに食べ始める。
音も立てず、落ち着いた動きで。
食べ終わると、当然のようにこちらを見る。
……足りないって顔だ。
「それ以上はない」
はっきり言うと、今度はしっぽで床をトン、トンと叩く。
それから、すっと視線を逸らした。
背中を向ける。
前足で、床をカリカリと引っかく。
いじけてるな、これ。
「……分かりやすいな」
苦笑しながら、少し近づく。
ユラは振り向かない。
でも、耳だけがこっちを向いている。
完全には無視していない。
隣に座って、何も言わずに手を伸ばす。
しっぽの付け根に触れる。
少しだけ間があって――
しっぽが、ゆっくり揺れた。
それから、体ごと少しだけ寄ってくる。
許した、ってことらしい。
「……単純だな」
そう言うと、今度は軽くしっぽで叩かれた。
不満らしい。
でも、さっきよりは柔らかい。
「ふぅ……」
食事も終わって、ひと息つく。
外は静かで、風も穏やかだ。
特にやらなきゃいけないこともない。
いつも通りの、のんびりした時間。
ユラは隣で丸くなっている。
ときどき、しっぽがゆらりと揺れる。
一定じゃない、あの動きで。
見ているだけで、なんとなく落ち着く。
「……まあ、悪くないな」
昨日と同じ言葉が、自然と口から出た。
少しだけ違うのは――
隣に、もふもふがいること。
それだけで、なんとなく満足感が増えている。
ユラが、少しだけ体を寄せてくる。
しっぽが、また触れた。
当たり前みたいに。
……これはもう、あれだな。
「しっぽは正義だな」
ぽつりと呟く。
意味はない。
ただ、そう思っただけだ。
ユラは特に反応しなかったけど、
しっぽの動きが、少しだけ大きくなった気がした。
たぶん、気のせいじゃない。
そのまま、ゆっくりと時間が過ぎていく。
静かで、穏やかで。
少しだけ満たされたような、そんな時間。
――たぶん、こういうのを。悪くない、って言うんだと思う。




