東京へ
陽菜は成人式(成人のつどい)に参加する為、東京に一時戻ることにした。俊介と和香が晴れ着と美容室の手配をしてくれているのだという。和香の家に一泊して長野に戻る予定でいる。陽菜は長野に来て以来、一度も東京には帰ることはできなかった。大学の講義や実習が主な理由だけれども、アルバイトをしたりりんご園や美佐子の手伝いに時間を取られ帰る事が出来なかった、という表現がつまるところ正直な理由だろう。美佐子を置いて正直東京に一旦帰る、とも言い出しにくかった。何となく父親と和香の所へ行くといいだせなかったが、今回は成人式を理由にした。本当は父親や和香にも会いたい気持ちもあったが、やはり大輝に会いたい。長野でこんなに頑張っているんだと報告したい。そう、長野でも色んな事があった。大学で友達も出来、咲苗は学生結婚して母親になった。信司の消防団姿を目の当たりにもした。運転免許も取得したり。大学の先生も厳しいけけど何とか授業には付いて行ってる。こんなに頑張れたのは大輝が東京で待っていてくれているから。それだけを胸に信じて。先生、会いたい。でも⋯お守りをなくしてしまった。どうしよう。先生に謝らなくちゃ。
実際のところ、大輝とはごくたまにLINEのメッセージをポツポツやり取りをしただけだった。長野に旅立つ日、漸く教えて貰ったLINEのID。電話もしてない。大学のクラスメイト達は彼氏とはしょっ中電話し会っているというのに。それか普通の恋愛関係の男女で、もしかしたら陽菜からの一方通行で大輝はそんなに思っていないのかもと考え勘ぐったり。若い陽菜を安心させる材料が乏しかった。
陽菜は隣にいたモカを撫でてみる。
「モカ、東京行ってくるから、お留守番宜しくね。ママのこともお願い。」
モカは返事をするかのようにクゥーンと鳴いた。
長野駅までは信司が送ってくれた。あの軽トラで。
「皆、そんなに東京行きたがるんだな。」
信司が呟いた。
「俺、小さいときは東京にいたんだ。本当だよ。世田谷区。親父がりんご継ぐからって家族で長野に来たんだ。親父と母ちゃんと俺と眞奈美。あ、眞奈美ってのは俺の妹。でも母ちゃん段々元気なくなって、婆ちゃんと上手くいかなかったみたいで。離婚して俺と眞奈美連れて東京戻るってなって⋯」
信司の身の上話は初めてだった。陽菜は少し驚いた。
「そうだったんだ。初めて教えてくれたね。」
「うん。あんまりこういう話できないしな。こんな時に⋯ごめん。」
「ううん。話してくれてありがとう。続き、聞かせて。 」
陽菜は傾聴に徹した。
「俺は長野に来て嬉しかったから。デパートでしか見たことないカブトムシがここじゃ自分ちの網戸にくっついてる。全然珍しいことじゃなくてこれが日常ってことに興奮したよな。駆けずり回って遊んでも怒られないし。眞奈美の喘息だって良くなってたんだ。でもやっぱり家族って上手くいかないこともあるよな。母ちゃんは俺と眞奈美を連れて出てくって言ったけど、俺は長野の生活が好きだったし、何となく婆ちゃんや親父を置いて母ちゃんと眞奈美とで俺も東京に戻るって言えなかった。眞奈美はまだ小さいから母ちゃんに付いていきたかったみたいだし。俺は長野にいるって言って今現在この状態、あ、中学の修学旅行で上野行ったな。って感じかな。」
アハハ、と信司と陽菜は淋しく笑う。
「俺は長野好きだからここでやっていこうって思ってる。陽菜は学校卒業したら東京戻るのか?」
信司のその問いに東京に戻ると即答したらいけない気がしてしまった。
「まだ進路はわからない。まだ先だから悩んでる。」
何となく、言葉を濁した、信司に本当は東京に戻るつもりと言い出せずに。




