俺だけ
「あのお守りはね、大輝先生が受験の時にわざわざ湯島天神まで行ってくれて、貰ってきてくれたの。大事なものなの。」
陽菜の泣きそうな吐露を目の前にして、何とか力になってやりたいと信司は思った。
「大輝先生ってそんなにいい先生なんだ?」
生徒と恩師。そんな崇高な思い出のあるお守りなのだろうか。自分の知らない、出会う前の高校生の陽菜を知っている人物。その大輝先生とやらが陽菜を指導した、熱血教師なのだろうか。
「うん。日本史の先生でね。お母さんは和香さんっていうんだけど、パパと入籍して私と大輝先生が婚姻届の保証人になったの。」
複雑な人間関係が網目模様の様に思え、信司は直ぐには理解出来なかった。
「えっ?お母さん?保証人?⋯ってことはその大輝先生と陽菜は義理の兄妹になるってわけ?」
信司は義理といえども兄から貰った大切なお守りなのだな、と悟った。純粋に一人っ子だった陽菜に兄が出来て、それがたまたま自分の学校の先生だった。純粋な兄弟愛なのだろうと。それで今は長野の看護大に進学したから美佐子の所、本当の母親の所にいるのかと納得した。
「お守りは作業中に気をつけて見ておくから。」
陽菜を安心させてあげようと思った。
「うん。ありがとう。実はね、私の初恋の人なの。大輝先生。それで気持ちが伝わらなくて、自分でも訳分からなくなっちゃって、リストカットしちゃったの。先生の前で。でも先生は逃げずに対応してくれて、学校の皆にはバレないようにしてくれた。その時に和香さんが、あ、大輝先生のお母さんね。その和香さんが交通事故で入院しちゃってお手伝いしていたら大輝先生が、看護大に進学しなさいって。看護師になって立ち直って欲しいって。和香さんも実は切ってたみたいだから、自分の母親も助けて欲しいって。それで僕の事が本当に好きなら看護師になって僕を迎えに来てくれって。そう約束したの⋯。」
驚いた。陽菜はそんな覚悟で看護大に進学していたのは初耳だった。陽菜の過去をこんな形で、そのお守りが無くなったことで知る機会になったとは。それにしても、陽菜はその大輝先生とやらが好き。そして看護大に進学するまでに奮い立たせた人物も大輝先生。義理の兄という立場であっても。でも奴は受け身だ。看護師になって迎えに来い?僕の母親も救って欲しい?陽菜の出方を客観的に俯瞰して見ている様な気がしてならない。寧ろ高校教師という立場を悪用している様にも見受けられる。
そして陽菜は大切な思い出を語る様に付け加えた。
「本当に僕の事が好きで、看護師になって迎えに来てくれるなら、それは愛に変わるって⋯。東京で待ってるって。」
陽菜はそんな事を言われて浮かれ信じているのか。高校生が大人の教師からそんな事を言われたら鵜呑みにし、本気にするだろう。現に陽菜は看護師に向かって邁進している。「愛に変わる」と切り札とも取れる言葉をちらつかせて陽菜を弄んでいるとも取れる。否、そうだ。その「愛」とやらから正面から向かい合わずに逃げているのはそいつの方だ。現に陽菜がファン同士のトラブルに遭った時も救ったのはこの俺で奴じゃない。東京の腰抜けの大輝先生とやらじゃなく、陽菜を本当に守ってやれるのはこの俺なんだ。俺だけ。




