千切れ
りんごバームは好調で業績はうなぎ上りだった。ただ、バームよりも陽菜の話題の方が大きいといった表現の方がいいだろう。ネット販売もさることながら、実際にりんご園の見学や旅行会社からのりんご狩りツアー客も増え、高橋りんご園はパンク状態となり一時は陽菜はおろか引退していた美佐子の両親までも借り出される始末だった。インターネットというものの力を思い知らされる。今も陽菜と一緒に写真を撮ってくれと人だかりまで出来ていた。列を作って待っているファンに割り込んだ別のファンがトラブルとなり、ちょうど通りがかった信司が仲裁し、陽菜を守った場面もあった。
「信司くん⋯ありがと。助けてくれて。怖かった。」
陽菜は信司に礼を言い感謝した。信司は人だかりを解散させる。
「大丈夫か?これから落ち着くまでは大学まで俺が送り迎えするから。」
実際、大学は咲苗の保育所問題で地方紙に注目された上に陽菜のファンもあり見学者という名のやじ馬も散見された。
あの火事の時に信司が子供を助けた勇姿を見てから、陽菜は絶対の信頼を信司に抱きつつあった。否、抱いた。信司なら守ってくれる。⋯その時、陽菜は自分のショルダーバッグの外ファスナーポケットの持ち手に結んでいたはずの湯島天神のお守りが無いことに気づいた。陽菜自身が付けたお守り。大輝から貰った大切なもの。ない。ない。さっきのトラブルでちょっと肩を押された時に無くしてしまったのだろうか。紐が途中で千切れ、ファスナーの取っ手部分に紐だけが無残に取り残されていた。ファスナーには千切れた紐と信司が作ったりんごのキーホルダーだけが虚しく揺れている。どうしよう。大切なものなのに。りんご園でも探すもそれは見当たらなかった。
「先生⋯ごめんなさい⋯」
陽菜は独り言のように呟いた。もうすぐ成人式(成人のつどい)で東京に一時戻れるというのに。大輝に会えるかも知れないのに。長野に来てから初めて東京に戻れるのに。会わせる顔がない。
「俺もお守りは気に掛けておくから。とりあえず今日は家に戻ろう。」
信司の促しで陽菜は帰宅出来た。その日の夜、布団の中で陽菜は泣いた。ファンのトラブルの怖さではなく、大輝からのお守りを無くしたことで。本当に大切にしていたものだったから。




