株式会社ミサコ・アップル・バーム
美佐子はりんごバームがあらかた形になってきた所でパッケージデザインを決めることにした。容器の業者とデザイン会社は農協の金田から紹介をしてもらう。バームは予想を超えた出来栄えだった。少量でもよく馴染み伸びが良い上にしっかり保湿もし、それこそ「見えないヴェール」で肌を守ってくれている感覚。蜜蝋とりんごの種子油の配合加減も絶妙な完璧さ。手前味噌だけど和香が送ってくれたハンドクリームより良いものが出来たと自負している。和香に敵対心がある訳じゃないが。こんなに良いものが出来たのだから広めたい。世の中に。そんな気分になる。小さな容器に入れたのは使い切れる量にするため。添加物を極限まで入れないことで使用期限は短くなる。これは私のこだわり。パッケージのデザインもナチュラルな、素材を活かしたデザインとした。ひとつひとつにこだわった製法のメッセージカードも添えて。大袈裟だけど、これで社会から認められたい気持ちもあった。貯金は底をつき、実際のところ農協から少し借り入れもしてしまった。俊介と離婚し、健太と別れ、結果として長野に逃げてきた自分。懺悔の気持ちもある。陽菜から大学の友達が妊娠し、入籍もしたがその子供の保育所問題があると相談され、署名活動をしたらどうかとアドバイスしたのは私。最近漸く陽菜からの信頼を再び勝ち取った感もある。バームにこれからの人生賭けた。
道の駅と直売所でとりあえずバームを置いてもらうことにする。販売初日は対面販売もした。客に声を掛けるも反応はない。皆興味があるのは地元野菜とりんご⋯。道の駅や直売所の目的は野菜や果物であって得体の知れないバームではない事を痛感する。1個も売れることなく閉店時間は迫る。初日はこんなもんか、と片付ける準備を始めたところ、小学校低学年の女の子とその母親らしき女性が野菜の買い物の帰りに寄ってくれた。子供でも安心して使えると説明した。りんごバームで魔法をかけてあげる。ほら。お姫様になれるよ。その女の子のちょっと赤く荒れた手にバームを塗ってあげる。
「わぁ。ありがとう!」
喜ぶ女の子に母親が
「じゃあ、ひとつ下さい。」
漸くひとつ売れた。
それからというもの、バームは売れなかった。俊介への支払いは終わっていたがバーム開発の借金が今度はのしかかってくる。私の考えは甘かったのだろうか。天狗になりかけた鼻をボキッと根元から折られた気分だ。
そんな折、農協の金田が
「高橋さん、こんな時代ですからネットですよ!インスタとかにあげるんです。ネット販売も視野に入れて下さい。」
そうか!実際に手に塗った画像やりんご園の様子の画像をアップした。陽菜の唇にも塗り顔の近くでバームを持たせモデルを頼む。私は夢中になってりんごバームを推す。私の生きる道はこれなのだから。
ネット上で「この美少女は誰?」「この艶、タダモノじゃない!」と話題になった。陽菜のお陰だった。陽菜をモデルにしたことでうなぎ上りに閲覧数が増え、翌日から問い合わせ件数がパンクし繋がらない状態にまでなった。ネットの力は凄まじい。スマホの通知が鳴り続ける。ネット販売のシステムを構築したことで飛ぶように売れるということはこのことで、陽菜の恩恵も受け、あんなに積まれ残っていた在庫はあっという間にさばかれた。こんなことが実際に目の前に起こり、何が何だか分からないまま追加の発注に金田が奔走し、山田ラボの生産ラインが追いつかなくなった。
それから金田よりりんごバームの販売を法人化したらどうかと助言があり、「株式会社ミサコ・アップル・バーム」を設立し、代表取締役に就任、祐司を取締役に迎えた。このバームは祐司の力で実現したのだから。あぁ。私が作ったものは間違っていなかった。




