りんごバーム
美佐子はこれからのことを考えていた。りんごだけでの収入では食べていくだけで不安定でもあり、余裕もなかった。俊介に立て替えてもらっていた真由美への「返済金」は何とか完済へ漕ぎ着けたけど⋯。陽菜の学費は俊介が支払っているとはいえ、両親もこれから益々老いていく一方で、介護保険を利用しても全てを十分に賄えるものではなく、自己負担の部分もあった。東京ではお洒落なサロンやネイル、洋服も住宅展示場に似合った華やかなものを着用し自分を際立たせ、その先には健太が自信に満ちた笑顔で接客をしていた風景が浮かんだ。今はスカートも、ストッキングすら履いていない。自分で選んだ人生なのだから。そんな事を考え、俊介から陽菜宛の荷物の中に入っていたハンドクリームを手の甲や甘皮の部分に塗ってみた。恐らくあの、俊介のパートナーである「和香さん」が選んでくれたのだろうと予測できた。作業でガサガサの荒れた手。爪は短く切り東京にいた頃に施していたネイルカラーなんてものは跡形もなかった。ハンドクリームは素材を選りすぐり、それらを生かした製法で作られている。パッケージもナチュラルな素朴なデザイン。それももうすぐ無くなりそうで美佐子はチューブを末端から丸め力を込めて押し出して使った。力を込めた手が震えた。もう無くなるな、でも同じ物は買えないな。悔しいけど「和香さん」はそこそこいいものを選んでくれたのだろう。ここ長野には同じものは売っていないしハンドクリームごときにそんなにお金は出せないな⋯ドラッグストアで今度買ってこよう。量販店で売っているものでも十分だし。その時の美佐子はそう思った。
りんご園に行くと台風の影響でりんごの三分の一程度は落下してしまっていた。傷物になったりんごは流通させず加工品にして新たに命を吹き込む。父親の代から付き合いのある業者に今回もジュースにしてもらおうか⋯。落ちたりんごを拾い、一つずつコンテナに入れた。大切に大切に育てた我が子たち。これなんかもう抉れてるわ⋯。酷い傷物もあった。そんな時に祐司が手伝いに来てくれ、コンテナを持ち上げながら
「捨ててしまう部分にこそ肌にいいポリフェノールや植物性セラミドってやつが詰まってるのにな。」
そんな祐司の何気ない一言が引っかかった。傷物のりんごから美肌成分を抽出し、例えば蜜蝋やりんごの種子油みたいな口に入っても安心なものでハンドクリームやリップクリームなんかを⋯そう!「りんごバーム」作れないかしら⋯?自分が納得できる「りんごバーム」を作れば、それは和香からもらったハンドクリーム以上のものになる。しかも落下したりんごから作るなら無駄にならずにSDGsの貢献にもなるだろう。実現させたい。りんごの栽培と並行して「りんごバーム」を実現することを思い立った。




