ヘアドネーション
陽菜は朝自分の長い髪を束ねることから始める。今まで和香がきちんと整え結ってくれたけど今はそんなことを進んでやってくれる和香は側にいない。それに実習が始まったら髪どころではなくなるだろう。美佐子は朝、父親の修治がデイサービスへ行く準備に追われている。夏休み前に短く切ってもいいのかなと思った。これから暑くなるし。長野での初めての美容室。美佐子も通っているという個人経営のサロンは美佐子の中学時代の同級生が経営しているとのことで、陽菜を大歓迎してくれた。陽菜が看護学生だと知ると折角長い髪を切るのだから、「ヘアドネーション」をしたらどうかと勧められた。髪の寄付。髪を失った人へウィッグを作る為の提供。陽菜の若くて艶やかな黒髪は重宝されるだろう。陽菜は賛同し、輪ゴムで4等分に分け束ねた自分の髪に自分で鋏を入れ切った。後は美容師が綺麗にカットし、陽菜の髪はぷっつり耳の下で切られたボブスタイルになった。
「あら。お似合いね。かわいいと、何でも似合うわ!」美容師の褒め言葉に陽菜ははにかんで応えた。
陽菜は大学への往復、自転車で吉田のりんご園の前を通るのが日課になっていた。天気が悪い時は美佐子が軽トラで送ってくれる。今は気候がいいので自転車の往復も苦じゃない。自転車で風を切るのも気持ちがいい。
「陽菜ちゃん!この時間帰り?あれ。髪切ったんだ。」
大学からの帰り、いつも通り吉田のりんご園の前を通ると信司が声を掛けてくれた。
「うん。これから暑くなるから。髪は寄付したの。そんでもって今日も居残って遅くなっちゃった!」
「へぇ。髪って寄付できるんだ。陽菜ちゃん偉いな。ってか居残りを威張っていうなや。面白ぇやつ。送ってってやっから。」
信司は陽菜の自転車をヒョイ、と軽トラの荷台に乗せた。
「信司、彼女か?」
臨時雇いの三浦の婆さんが笑いながらからかう。
「違うわい。高橋さんとこの陽菜ちゃんだよ。」
信司は首の後ろを右手で掻きながら、でも満更でもない様子で。助手席に陽菜を促す。
「今日も居残りなんて、看護師なるのも大変なんだな。」
「私は出来が悪いからね。受かったのも補欠だから。」
本当のこと言っちゃった。
「そっか。そんなに看護師なりたいんだ?」
信司は左右を確認し、軽トラを走らせた。
「うん。約束したの。学校の先生と。ありがと。送ってくれて、助かった。途中坂道あるから。今度夏休み来たらに免許取りに行こうかなって思ってる。教習所近くにある?」
信司は学校の先生とどんな約束したの?とは聞かなかった。数年前に免許を取りに行った教習所の名前を挙げ、今度願書を貰いに行ってあげると約束した。




