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網目模様の途中  作者: 河野 与一
網目模様の解
84/94

普段通り

 陽菜から返信が届いた婚姻届。陽菜も丁寧にサインしてくれていた。パパ、和香さんオメデトウ!!と一言付箋を付けて。和香が送った文房具類の中に忍ばせた猫型の付箋。早速使ってくれたのねと和香は気づいた。

「俊介さん、陽菜ちゃんから返信届いたのよ。」

ほら、と俊介に見せる。

「うん。じゃあ早速役所に行こうか。」

そうだ、今日は天気もいいしバイクに乗って行こうか?と和香は提案した。俊介は二輪免許取得後、バイク本体の購入はしていないものの和香のハンターカブをたまに借りて乗り、バイク感覚を忘れないようにしていた。たまには和香の後ろに乗せて貰ったこともあった。今日は初めて和香を後ろに乗せたタンデム走行で役所まで行くことにした。

「俊介さんの後ろに乗れるなんて。こんな日が来るなんて。そして婚姻届を出すなんて。幸せね。」

僕もだよ。バイクに乗って風を切るちょうどいい季節になってきたね。ギアチェンジがちょっと遅い、なんて和香から小言言われながら。

役所に届けを提出すると

「おめでとうございます。」

と受付の女性が笑顔で受理してくれた。ふたりを祝福してくれた人がここにも。たとえ建て前であったとしても。幸せに包まれたふたり。

帰りも和香をバイクの後ろに乗せて帰路につく。

「ほら。和香、見てごらん。」

バイクを端に停車させる。そこは樹里が運転した車と和香が衝突した、事故った交差点が広がる。事故後に信号機が付いた様だった。

「信号がついたのね⋯。」

和香は俊介の背中に頬を付けぎゅっとしがみつき呟いた。しがみついたのは怖かったのを思い出したのか。

「怖かった?ごめん。」

俊介は顔だけを後ろの和香へ向け気遣った。

「ううん。大丈夫。」


 帰りに俊介が夕飯はどこかで食べようか、と提案するも和香は鶏のウィングがあるから根野菜とダッチオーブンに入れよう、と普段と変わらない提案をした。コンロのグリル部分に入れるダッチオーブン料理が和香のお気に入りで普通にフライパンで調理するよりも格段に柔らかくなるので俊介も好物だった。記念日でも高級なレストランなどで外食はせず、近所のスーパーや直売所、バイクを走らせた時には道の駅で良い食材を買いふたりで調理して家でゆったり過ごすのが俊介と和香流だった。それはどちらかが不満であったり負担が掛かっているものでもなかった。

俊介がダッチオーブンに野菜やウィングを詰めながら和香がローズマリーやハーブ塩を振る。肉を触った手だから和香に触れずにキスをした。

「今日は記念日だから。」

「もう。手が汚れてるでしょ。洗って。」

食材を詰め込んだ後、和香がダッチオーブンの蓋をしてコンロにセットした。じっくり火を通す料理のため出来上がりには30分位かかる。

「出来上がりまでに一緒に風呂に入ろう?」

「もう。いいから手を洗って!」

そんなことを言いながら、和香は俊介の顎の辺りの髭をはむっと甘噛みした。

記念日だからと言ってもいつもの会話のやり取りだった。

風呂にはふたりで入った。いつもと変わらずに髪と体を洗い、そしてダッチオーブンの料理を平らげる。本当に普段通りだった。違いは俊介が国産のシングルモルトウイスキーを出したくらい。

「とっておきだよ。飲み方どうする?」

「えっ!嬉しい。これ、なかなか手に入らないのに。ハイボールじゃ勿体ないかな?」

和香の笑顔が弾けた。

「じゃあ、トワイスアップにする?」

「そうね!」

お腹も満たされ、程よく酔いがふたりを包んだ。

「和香、今日いい?」

俊介はちゃんと和香の目を見て訊いた。和香が嫌がったり、自分に気を遣ったりしているならやめようと思った。実のところ、和香が流産してからふたりは肌を重ねることはできなかった。しよう、と何となく言い出すこともしなかった。でも年月は経ち、お互いに気持ちの整理はついたと思う。

「いいの?ありがとう。ウイスキー飲んだら片付けるから。」

「じゃあ一緒に片付けよう。」

その後、何かが弾け切れたように互いに僕は和香を、和香は僕を求めた。



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