既にもう
陽菜を見送った後、僕たち三人は一緒に帰ることにした。車に乗り込む。後部座席に和香と大輝が隣同士に座った。
和香が
「陽菜ちゃん、長野に行っちゃったね⋯⋯。大輝、陽菜ちゃんが本当に看護師になったらどうするの?ちゃんと受け入れるんでしょうね?」
泣いてるけど半分笑いながら、冗談めかして大輝に言った。
「多分⋯っていうか分からないよ。僕は人を好きになったことがない。湯島天神行ってお守り授かったのも、さっきホームで握手したのも、多分そうやるのが普通で、教え子に対しそうであるべきなんだろうと考えただけ。陽菜さんを好きかどうかってまだ自覚できない。」
大輝の正直な気持ちだろう。
「そうあるべきだと考えて行動するのが相手を想う第一歩なんじゃないかしら?」
和香が、急に母親っぽくみえた。
「寧ろ大輝が行動に移したことは既にもう愛、なんじゃないかしら。なんてね。」
今度は茶目っ気たっぷりに。落ち込んで泣いてばかりの和香だったけど漸く笑顔が戻ってきたようだった。僕もそんな和香の笑顔を見てるのが好きなんだよ。ふたりの、親子の会話を聞きながら車を走らせた。大輝は学校に戻るというので校門からちょっと離れた所で車を停め、別れた。大輝はお礼を言い校舎に吸い込まれて行った。教師も大変なのかな。
それから僕は役所に向かって車を走らせ、駐車場に車を停めた。
「⋯?、何か用事あるの?」
和香はわからないんだね。ついておいで。
役所の窓口でふたりで行き「婚姻届をお願いします。」
と伝えた。
えっ?と戸惑う和香。陽菜のことが落ち着いたら、結構前から入籍しようって話してたのに気づかなかったのかい。役所の担当者は
「おめでとうございます!」
と言って婚姻届を予備を含め2枚渡してくれた。そのたった一言のおめでとうございます、が粋な計らい。和香とふたりでありがとうございますと返事をした。こんな小さいことだけどひとつひとつが和香と経験できることが嬉しかった。車に乗り込むと和香は大事そうに婚姻届を膝の上に乗せて僕たちは帰路についた。いつものように月極の駐車場に車を停め、家まで歩く。ほんの数分。このほんの数分だけど和香が隣にいて、僕の左手の薬指と小指をぎゅっと握って歩いている時が本当に僕にとって幸せを噛み締める時間。その後も家に着いたら一緒にいるのだけど、何故かこの数分の時間が何とも愛おしく、そしてかけがえのない、和香を感じる大切な時間である事に間違いはない。
「あら。見て。可愛いお花。このお花前からずっと好きなのに名前が分からなくて。」
和香は立ち止まり畑の道端にひっそりと、でも力強く咲く花の近くにしゃがむ。胸には真っ白な婚姻届を抱いて。
「これはね⋯姫金魚草だよ。別名はリナリア。」
「姫金魚草⋯。」
僕が初めて和香と会ったときに感じた花だ。しっかりと生命力を感じ、真っ直ぐに可憐な小さな花を幾つも咲かせる。僕は石楠花よりもこの姫金魚草が大好きだ。好きでたまらない位。
「そんなに好きなら今度種を買って蒔いてみようか?」
和香に提案してみる。
「そうね、プランターあったね。」
僕はこの姫金魚草が大好きなんだよ。
「花言葉は、私の恋を知って下さい。」
僕が呟くと和香はあのはにかみで笑顔になった。




