ハニカム構造
りんご園で作業をしていた美佐子は後ろから声を掛けられた。
「高橋さん!こんにちは。今日の作業はどうですか?」
信司だった。こうして気にかけ声を掛けてくれる所は裕司の背中を見て覚えたのか。信司は弾ける笑顔。そして足下にはチャーが元気良くまとわりつく。千切れんばかりに尾を振るチャーに
「よし、作業が終わったらモカも連れてきて遊ぼうね。」
と声を掛けると理解したようにワン!と返事をした。
信司も作業を手伝ってくれ、お礼にお茶をふたりで飲みながらモカとチャーを遊ばせた。
「これ、うちの園に落ちてたんです。陽菜ちゃんが大切にしてた⋯先生から貰ったものらしくて。渡してもらえませんか?」
信司は紐が途中で千切れ、少し汚れたお守りを差し出した。湯島天神の。あのお守り。
「あぁ。陽菜が探してたわ。信司くんのところにあったのね。ありがとう。」
美佐子は礼を言い預かった。信司は陽菜の事が好きなのだろう。陽菜を送ってやったり、色々気に掛けてやってくれている。信司のその真っすぐで純粋な気持ちがありがたく、そして眩しく、擽ったいような、恥ずかしいような、それでいて清々しい。「若い」「青春」と言ってしまえばそれまでだけど、昔の自分と裕司に重なってしまう。陽菜には呼び捨てで呼ぶくせに、私には陽菜ちゃん、と言うところは気を遣っているのか、寧ろこそばゆい。
このお守りを陽菜に戻したら、陽菜は頗る喜び私や信司に礼を言うだろう。そして益々東京に戻ってあの大輝先生のもとに帰りたがるのは目に見えている。俊介の再婚相手、和香さんの息子というだけでどうも疎外感のようなものを覚える。悪い人ではないけれども。否、いい人過ぎるだろう。
東京には大輝先生は勿論、陽菜の高校までの友達や俊介、そして受け入れてくれる和香さんまでもが待っているだろう。看護師資格があれば働く所に困ることもない。ましてや東京なら。でも、陽菜に東京に戻って欲しくないというのが正直な気持ちだった。年頃の娘を手元に置いて置きたいのもある。この今のネット上での熱狂振りもそろそろ翳りが見え始める頃だろう。ネット故の怖さもある。次のヒット作の為にも陽菜に力になってもらいたい。母親のエゴという欲求だろうか。私が健太と不倫した時には陽菜を傷つけてしまった。だから⋯じゃないけどやっぱり長野に留まって欲しい。私の両親もそれを願っているから。
真っすぐな信司なら陽菜を心から愛し、そして守ってもくれる。裕司の息子だという信司の出自までもが余計に拍車をかける。私がかつて好きだった人の息子が自分の娘を好きだなんて。
そして、高橋家と吉田家のりんご園を合わせたら広大な土地になるし、その収益や利幅も単純に増える。もし、結婚となれば両家にもメリットが増える。そんな計算高い目論みまで美佐子の脳内を支配した。
この網目模様は蜂の巣、あのハニカム構造の様に全ての点が全てに繋がっているように思えた。
美佐子はそのお守りをいつも自分が使っているドレッサーの引き出しの奥にそっと仕舞った。




