夢
成人式から数週間が経った頃、大輝は校長に呼ばれた。急がないから事務仕事が片付いてから校長室に来てほしいと。何だろう。とりあえず溜まっている書類の整理を捌いてから校長室に向かった。
校長の速水は神妙な面持ちで応接セットのソファに大輝を座らせた。
「宗像先生、忙しいときに申し訳なかったね。まあ、ここに座ってください。」
何だろう。改まって。訝しげな感じもした。速水は向かいに着座した。
「宗像先生、先日の成人のつどい、出席されましたね?」
成人式?陽菜と一緒に行った成人式。陽菜の手を引いて会場入りした成人式。鮮明に思い出せるし色褪せもしない。
「はい。来賓として招かれましたので出席させて頂きました。⋯それが何か?」
校長が一体何を言わんとしているのか、わからない。
「宗像先生⋯、実は出席者の親御さんから一部クレーム⋯いや、意見があってね。」
クレーム?意見?何か良くない事をしでかしてしまったのだろうか。
「宗像先生、卒業生の宮島陽菜さんと手を繋いで会場に入っていったそうですね。」
あの時、会場入りしたときの場面を一部の保護者に見られていたというのだろうか。
「宗像先生、卒業生の女性と手を繋ぐのは公的な場所でいかがなものかと⋯親御さんから⋯ご意見がありまして。しかもお相手が最近ネット上で注目されている宮島陽菜さんということで、大分目立った様です。」
手を繋ぐというより、あの人だかりの群れから陽菜を守って会場入りしただけなのに。
「手を繋いだ、というのではなく、宮島さんを人だかりから守り、会場入りを促した形です。」
実際問題、現実的にそうだ。
「手を繋いだ、という表現は違います。それに、宮島さんと私は兄妹関係ですから、妹を守っただけです。」
事実を述べた。
「えっ?兄妹?」
びっくりした様子の校長に説明を付け加える。
「私の母親と、宮島さんの父親が再婚しまして、私と宮島さんは義理の兄妹という関係です。それ以上に何もありません。私は義妹を守っただけです。」
正直に述べた。義理の兄妹。それ以上でもそれ以下でもない。
「宗像先生、そうだったのですね。しかし、世の中のご父兄にはそういった偏見の見方をする方々もいらっしゃいます。事情も知らずに。今はネットで拡散という手段も溢れています。」
速水はしばし考えていた。その沈黙がやたら長く感じられた。速水は徐に机上にあるクリアファイルを大輝の前に出し、中身の書類を広げ説明し始めた。
「宗像先生、これは歴博(歴史博物館)の学芸員募集要項と経歴書の雛形です。実は歴博で欠員が出て、採用枠一名あるそうで。ほら、宗像先生学芸員志望だったでしょう。是非受けてみませんか。私から推薦状を書きますから。宗像先生は教員より学芸員の方が向いているかも知れません。」
学芸員は小さいころからの夢だった。そんなチャンスがこのタイミングで降ってくるとは寝耳に水、とはこのことか。しかし速水校長は、もしかしたら教え子と問題になった自分を学芸員へ誘導してこの学校から追い出したいのだろうか。このタイミングが些か不自然なようにも思えてきた。でも学芸員の欠員なんて滅多にないチャンスというのは自分も痛いくらいにわかる。こんなチャンスを逃したらもう一生ありつけないかも知れない。もしかしたら、もしかしたら、陽菜は教員だった自分が好きなのだろうか。教員ではない宗像大輝を知ったらどんな気持ちになるんだろうか。あの信司という男の方が好きになるんだろうか。しかし、陽菜の気持ちよりも学芸員になりたい気持ちの方が勝った。二つ返事で速水に受験する意向を伝え、書類を受け取り校長室を出た。




