第4話「知らないと、言えばよかったのに」
「知りません」
そう答えるつもりだった。けれど口から出たのは、それよりずっと重い沈黙だった。
エドヴァルドの視線が、便箋とミアの顔とを交互に往復する。書斎の暖炉の火が爆ぜて、影が揺れた。
「……ミア」
「見ました。あの部屋の、引き出しの奥にあった箱を」
嘘をつききれる自信がなかった。ミアは白状することにした。どうせ顔に出ている。子供の頃から、隠し事が下手だと姉たちにさんざん笑われてきたのだ。
エドヴァルドは驚いた様子もなく、ただ長く息を吐いた。まるで、いつかこうなると分かっていたかのように。
「勝手に人の部屋を漁って、悪いと思わないのか」
「思います。でも」
ミアは机の便箋にちらりと目をやった。細い筆跡。『レオンハルト様』という宛名。
「アネット様が、誰かのことを想っていたのは分かりました。旦那様のことじゃない、誰かを」
言ってしまってから、しまったと思った。婚約者だった女性の恋文の存在を、その相手である公爵の前で口にするなんて、あまりに無神経だ。ミアは俯いて、次の言葉を待った。
だが返ってきたのは、意外にも静かな声だった。
「知っている」
え、とミアは顔を上げる。
「アネットが誰を想っていたか、私は最初から知っていた。婚約は、家同士の取り決めだ。彼女の気持ちなど、誰も聞かなかった」
エドヴァルドは机の引き出しから、もう一枚、別の紙を取り出した。今度は達筆な男性の筆跡だった。
「レオンハルトは、うちの厩番だ。三年前、アネットの馬の世話をしていた」
厩番。貴族の令嬢と、馬番。その組み合わせの意味するところに、ミアは息を呑んだ。
「彼女が姿を消した日、レオンハルトも同時に姿を消している。私はずっと、二人が駆け落ちしたのだと思っていた」
「思っていた、というのは……」
「昨夜、その報告書が届いた」
エドヴァルドが差し出したのは、隣町の教会からの一枚の書状だった。ミアはそれを受け取り、文字を追う。読み終える前に、指先が冷たくなっていくのが分かった。
『――埋葬者、身元不明の女性一名。所持品より、フォンターナ家関係者と推定』
「アネットは、逃げてなどいなかった」
エドヴァルドの声は、初めて微かに震えていた。
「彼女は、殺されたのかもしれない」
暖炉の火が、また小さく爆ぜた。ミアは書状を握りしめたまま、次に自分が何を言うべきか、まだ見つけられずにいた。




