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【外伝】笑顔を創る魔導具師セレナは、今日も世界を繋いでいる  作者: 八坂 葵


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第9話 変わり始めた剣筋

 高等学校の訓練場に、鋭い金属音が響いた。

 カリウスの剣が、レオンの剣と噛み合う。

 力では押している。

 踏み込みも悪くない。

 だがレオンは眉ひとつ動かさず、剣をわずかに傾けた。

 受け止めるのではなく、流す。

 その瞬間、カリウスの剣は行き場を失い、身体ごと半歩前へ泳がされた。


「っ……!」


 体勢を崩したカリウスの顎の下に、レオンの二本目の剣が鈍く光る。

 獲物を狙うように一瞬だけ鋭くなったレオンの目はいつもの穏やかなものに戻り、軽く一言。


「力みすぎだな」


 バカにしているわけではないのは分かるが、その軽さに少し腹が立つ。

 カリウスはすぐに体勢を立て直し、横薙ぎに切り返した。

 だが、それも読まれていた。

 レオンは大きく動かない。

 足の位置を少し変え、手首を返し、刃を滑らせるだけでカリウスの攻撃を外へ逃がす。


「おっ、いいね。今の狙いは悪くねぇぞ?」

「なら、なぜ当たらない!」

「当たってくれーって顔に書いてあるからだよ」


 ニヤリと笑ったレオンの顔に、カリウスは眉をひそめる。

 卒業課題発表会が終わり、卒業式までの残り日数は少ない。

 学生でいられる時間はもうほとんど残っていなかった。

 マルクスはリディアと一緒に自分の実家の魔導具工房兼店舗へ。

 マリーナは王都の研究機関へ。

 セレナはベーネ工房へ。

 誰もが次の場所へ進もうとしている。

 だからこそ、カリウスも焦っていた。

 自分も冒険者として前に進まなければならない。

 あの日、自分の未熟さを突きつけられたままではいられない。

 せめてどうにか一矢報いたい。

 ただその思いだけが彼を突き動かしている。


「もう一度だ」

「おう」


 レオンは軽く剣を構え直す。

 彼の余裕はどこから来る?

 剣の腕か? それとも貴族としての余裕か?

 それとも恋人の、セレナの……。


 「おおっ!」


 カリウスは地を蹴った。

 今度は真正面ではない。左へ回り込むように踏み込み、レオンの剣の外側を狙う。

 だが、レオンは待っていたように半身を引いた。


「だから素直すぎるっての」


 言葉と同時に、レオンの剣がカリウスの剣の腹を叩く。

 軽い一撃のはずなのに手首が痺れ、剣を落としてしまう。

 次の瞬間、カリウスの喉元に切っ先が突きつけられる。


「はい、おしまいな」


 カリウスは息を吐き、剣を拾い上げた。


「……冒険者の剣は、やはり違うな」

「お前の剣が綺麗すぎるんだ。俺たちの相手は人じゃない、魔物だ。生きて帰りたいなら、いい加減一撃で決めてやるって意識は捨てろ。じゃないと手痛い反撃を食らって命を落としかねないぞ」


 レオンは剣を肩に担ぐ。


「特にお前の剣は、真正面から答えを出そうとしすぎる」

「真正面からでは悪いのか」

「悪かねぇよ。けど真正面にしか出口がねぇと思い込むと、詰むぜ?」


 カリウスの眉が、わずかに動いた。

 レオンはそれを見逃さなかった。


「卒業課題の魔導具もそうだ。目くらましと風圧で逃げる筒だったか?」

「ああ」

「あれは街中で使うには危ねぇ。セレナが怒ったのは当然だ」

「……分かっている」

「でもな」


 レオンは少しだけ口元を緩めた。


「冒険者の現場なら、考え方は悪くねぇ」


 カリウスは目を見開いた。


「悪くない、だと?」

「ああ。追い詰められた時、相手を倒す力より逃げるための一瞬を作る力が必要になることはある。お前の発想はそこに近い」


 ただし、とレオンは続ける。


「問題は、誰が、どこで、どう使うかを詰めきれてねぇことだ。お前は作った。だが、その先の現場が見えてねぇ」


 カリウスは何も言わなかった。

 魔導具としての発想には、自分なりの確信があった。

 生き延びるための道具。

 戦うためだけではない魔導具。

 それは、ルーカスだった頃のレオンの言葉から受け取ったものでもある。

 けれど、それを本当に使う者の現場まで見ていたかと言えば、答えは出なかった。


「セレナならきっと最初にそこから考える。魔導具は人が使って初めて意味があるもんだろ。どんなにすごいことが出来ても、必要な場所で使えないなら役には立たねぇ」


 レオンがふと名前を出した。

 カリウスの肩が、かすかに強張る。


「……たしかにセレナは、そういうやつだな」

「ああ」


 レオンは剣を下ろした。


「あいつは人を見て、困ってることを拾ってそれで魔導具を作る。卒業課題の水筒だって、俺やキアネアから情報を拾って辿り着いてる」

「分かっている」

「本当にか?」


 レオンの声が、少しだけ低くなった。

 カリウスは顔を上げる。

 剣の話ではない。

 そのくらいは分かった。


「何が聞きたい」

「お前の中で、セレナのことはもう決着がついてるのか」


 訓練場に、沈黙が落ちた。

 窓から差し込む光が、二人の剣に細く反射している。

 カリウスはすぐには答えなかった。

 答えられなかった、という方が正しい。

 セレナを好きだった。

 その事実まで消えたわけではない。

 自分の言葉を待ってほしいと思ったことも、隣に立ちたいと思ったこともある。

 だが、それはもう終わったものだ。

 終わらせた。

 終わらせなければならなかった。

 セレナは自分の足で歩き、自分で選んだ。

 その選択の先にいたのが、レオンだった。

 ならば、それを乱す権利は自分にはない。


「決着がついたかと聞かれれば、完全ではない」


 カリウスは静かに言った。


「今でも、思い出すことはある。あの時こうしていれば、違う言葉を選んでいればと考えることもある。だが、それでセレナを困らせるつもりはない」


 レオンは黙って聞いていた。


「セレナはもうお前を選んだ。ならば俺がするべきことはそこに割り込むことではない」


 カリウスは一度目を伏せ、それから真っ直ぐにレオンを見た。


「俺はセレナに追いつきたかった。だが今は、セレナの隣を奪いたいのではなく、俺自身が胸を張れる魔導具師になりたいと思っている」

「それは、あいつに認められたいからか?」

「それも、ないとは言わない」


 正直な言葉だった。


「だが、それだけではない。俺は俺のために、もう少し人に関われる人間になりたい。セレナや、お前のように」


 レオンは少しだけ目を細めた。


「俺みたいに、ねぇ」

「不満か?」

「いや。見る目がねぇなと思っただけだ」

「謙遜か?」

「事実だよ。俺は大して上等な人間じゃねぇ」


 そう言いながら、レオンは再び剣を構えた。


「けど、いいんじゃねぇか。人と関わることは冒険者にとっても重要な資質だ」


 カリウスは一瞬呆け、それから眉をひそめた。


「お前、まさかそれを確かめるために」

「半分はな」

「半分?」

「残り半分は、お前の魔導具の発想が惜しいと思ったからだ」


 レオンは剣先を軽く揺らした。


「現場を知らねぇなら、知ればいい。冒険者に聞け。実際に使う場所を想像しろ。街中で危ないなら、街中では使えない仕組みにすればいい。使う者を限定してもいい。訓練用を作ってもいい」

「……」

「セレナみたいに全部ひっくり返せとは言わねぇよ。あいつはどこかぶっ飛んでるからな。お前はお前のやり方で詰めればいいのさ」


 カリウスは剣を握り直した。

 胸の奥に残っていた重さが、完全に消えたわけではない。

 それでも、剣を構える腕は先ほどより少しだけ軽かった。


「つまり、綺麗すぎる剣じゃなく、俺なりの剣筋を見つけろということか?」

「飲み込みが早いじゃねぇか」

「お前の説明が雑すぎて、こちらで補っただけだ」

「言うようになったな」


 レオンが笑った。

 その笑みには、先ほどまでの探るような色はもうない。


「よし、もう一回だ。今度は俺を倒すつもりじゃなく、俺に殺されず逃げるつもりで来い」

「訓練で物騒なことを言うな」

「命を守るためには命がけの訓練をするのが冒険者なんだよ」


 レオンが踏み込んだ。

 先ほどまで受ける側だった動きとは違う。

 一瞬で距離が潰れ、銀の刃がカリウスの視界に入る。

 速い。

 カリウスは反射的に剣を上げた。

 真正面から受ければ押し切られる。そう判断した瞬間、身体を斜めにずらし、刃を滑らせる。

 完全ではない。

 だが、受け止めるのではなく流す形にはなった。


「お、今のはいいな。俺の真似っこだけどよ」


 レオンが楽しそうに言った。


「褒めるな。調子が狂う」

「褒めてねぇよ。まだまだこれからだぜ」


 二人の剣がまたぶつかった。

 その後も、レオンは何度もカリウスの剣を崩した。

 踏み込みが浅い。目線が正直すぎる。引く判断が遅い。攻撃に意識が寄りすぎている。

 一つ一つの指摘は遠慮がない。

 それでも、カリウスは逃げなかった。

 言葉を受け止め、剣を直し、また向かっていく。

 やがて、レオンの一撃を避けたカリウスが、ほんの一瞬だけ距離を作った。

 勝つための距離ではない。

 逃げるための距離。

 レオンが口の端を上げる。


「やっとひとつ上達したな」


 その時だった。


「二人とも、何してるの?」


 訓練場の入り口から声がした。

 二人が同時に動きを止める。

 そこに立っていたのはセレナだった。

 赤い髪を揺らし、首を傾げている。その後ろには、呆れたような顔のマリーナもいた。


「……げ」


 レオンが小さく声を漏らす。

 セレナは目を細めた。


「今、げって言った?」

「いや、言ってねぇ」

「言ったよね?」

「気のせいだ」


 その横で、カリウスは剣を下ろし、軽く息を整えた。


「少し、指導を受けていた」

「レオンに?」


 セレナは意外そうに瞬きをする。


「ふぅん。珍しい組み合わせだね」

「カリウスの逃走用魔導具、発想は悪くねぇからな。現場で使うならどう詰めるか、その話をしてただけだ」


 レオンがそう言うと、セレナの表情がふっと変わった。

 嬉しそうで、少しだけ驚いていて、それでいて誇らしそうな顔だった。


「そっか。いいじゃん、そういうの」


 カリウスはその顔を見て、胸の奥がわずかに痛むのを感じた。

 けれど、その痛みは以前のように彼を立ち止まらせるものではなかった。

 ただ、自分の中に確かにあった想いの名残として、静かにそこにあるだけだった。


「セレナ」

「ん?」

「俺は、もう少し人を見るところから始めてみる」


 セレナは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと笑った。


「へー。何があったか知らないけど、いい顔してんじゃん。いいと思うよ。カリウスは素直に言いすぎるところもあるから、そこも気をつけてみたら?」


 その笑顔に、カリウスは小さく息を吐いた。

 欲しかった言葉は、たぶんこれだった。

 恋の答えではなく、魔導具師として前へ進むための小さな灯り。


「ところでレオン」


 セレナの声が少し低くなった。


「はい」

「カリウスに変なこと言ってないでしょうね?」

「言ってねぇよ。なあ、カリウス」


 急に振られ、カリウスは少しだけ考えた。


「セレナとのことについて聞かれた」

「レオン?」


 セレナの笑顔が固まった。

 レオンは二本の剣を下ろし、慌てて片手を上げた。


「待て待て、変な意味じゃねぇ! こいつが今後ちゃんと前に進めるか確認しただけだ!」

「へぇー」


 セレナはかばんの中へ手を入れた。

 そこから取り出されたのは、見慣れたハリセンだった。


「よりによって本人に直接聞くかなぁ、このデリカシーなし冒険者」

「いや、それはお前に言われたくねぇ!」

「言い訳無用!」


 スパーン、と小気味いい音が訓練場に響いた。

 レオンが頭を押さえてうずくまる。

 カリウスは思わず目を瞬いた。

 マリーナが扉のところで肩をすくめる。


「まあ、レオン。今のは仕方ないわね」

「味方がいねぇ……」


 セレナはハリセンをかばんに戻し、改めてカリウスを見る。


「で、続きやるの?」

「ああ。もう少しだけ」

「そっか。怪我しないようにね」


 そう言って、セレナは少しだけ笑った。

 カリウスは頷き、剣を構える。

 レオンも文句を言いながら立ち上がり、剣を握り直した。


「おいカリウス。余計なこと言ってくれたから手加減抜きでいくぞ」

「ま、待て。俺はただ正直にだな……」

「セレナに言わせりゃ、言い訳無用だろ。それはっ!」


 レオンの鋭い斬撃がカリウスを襲う。

 再び剣が交わる。

 手加減抜きと言いながらも、本当に叩き潰す気がないことくらいは分かる。

 けれど、刃筋だけは先ほどよりもずっと鋭かった。


 だが今度のカリウスの剣には、焦りだけではないものが混じっていた。

 迷いを抱えたままでも進むための、ほんの少しだけ柔らかい強さ。

 訓練場の窓から差し込む光の中で、刃と刃が鳴る。

 新しく決めた自分の道。

 カリウスは昨日よりも誇れる自分になるため、今日も剣を振るい続ける。


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